第21話 宝石と邪神の話

『……先に、邪神を崇める信者。魔王が唆し作らせた、邪教について説明しておいた方が良さそうですね』


 しばらくの沈黙の後、教皇マルテは、呟くような声でそう切り出した。


『悪しき祈り、そこから生じる悪しき力。これを受け入れ、人間によって倒せる形に変える事で消費させる。その為に神と眷属の一部を用いて神が創られた器。そこから生じた魔王が作らせた信仰。その対象は、当然ながら魔王です』


 これはさっき聞いた事だ。そして誰でも想像できることでもある。何しろ悪しき祈り……自らの欲望を最優先として、それを叶える事を望み願う祈りは、害を成す事にしか使えない力に変わる。

 それを存在の源としている魔王は、その自己中心的な、利己的な祈りが尽きない限り。或いは削られるよりもより多く祈りがささげられる限り、滅びる事は無い。……もっとも、それを理解し唆した魔王は倒されているので、限界はあったようだが。


『信仰を唆した魔王そのものは倒されましたが、残念な事に邪教とその信者は残ってしまいました。信仰が違うとはいえ、人は人です。それに欲を最優先とする彼らは、自らの命と利益を守る事に長けていました』

「あれはいっそすごかったよね~」

『まぁ……能力だけはあったのだと、認めざるを得ませんでしたね』

「たまにいるわよね。どうしてその頭とか腕を真っ当な事に使えないのかって人」

「時々見かけるね。特に小物っぽく動いてる貴族の親戚に多い印象かな」

「貴族こわぁ……」


 それぞれの感想はともかく、邪教、とだけ呼ばれる魔王を信仰し、魔王に私欲を満たす為の祈りを捧げる宗教は生き残った。だからこそ次の魔王が器を取り込む、或いは一体化する形で、邪神、という存在になったようだが。

 だがこの邪神という存在。しっかりと信仰対象になり、神の分霊としての力を使えるようになった代わり、神としての制限に引っかかるようになった、と、魔王討伐の実績を以て教皇になり、そこから今に至るまで教皇で在り続けるマルテは神託を受けたらしい。

 具体的には、直接行動する事が出来なかった。祈りに対して奇跡を起こす形で力を使う。信託という形で相性が良く素質の高い人間に言葉を伝える。それ以外の場合もあれこれと制限が付いているとの事。


『その辺りの制限は、我々の神がどう奇跡を起こされ、お言葉を届けられ、動かれたかを調べれば分かります。その結果、この世界で直接力を振るうには、依り代が必要不可欠だという結論に至りました』

「教会にもいるというか~、確か最初の「聖女」ってそういう事だったのよね~?」

『はい。今もいるかは、秘させて頂きますが』


 ……。つまり、いるって事では? とイアリアは思ったがともかく。


『依り代に宿る事で、宿らせた分だけ神は力を振るう事が可能です。そして依り代の条件とは、まず目の色彩と髪の色彩が神に近いか、同じである事。次に性別が女性である事。そして、身に宿せる力の総量が多い事です』

「魔力って言うのは、神様の力の欠片だからね~。魔物も魔王も使うから、魔力って呼び方が定着してるけど~」

『依り代としての条件に合致していても、当然ながら本人の意志が強ければ依り代として神が降りる事は出来ません。逆に、本人が望んで受け入れるのであれば、神もより多くの力を下ろす事が可能です』


 ちなみに。


『ですが、邪神は元から人に害を成す力しか持ちません。また欲を最優先とする祈りを捧げられている以上、その思考はどこまでも利己に向いていると予想されます。よって恐らく、依り代に適した人間が見つかった場合』


 イアリアは既にこの時点で、嫌な予感がしていた。


『その人間を一度殺し、腐らぬよう、アンデッドに変質せぬよう、人形のように「加工」して、依り代として用いる可能性が高いかと』

「……。ねぇ教皇様。いいかしら」

『なんでしょう』

「もしかして。その邪神って言うの……姿は、黒髪黒目?」


 その質問に、教皇マルテは。

 ただ一言、はい、と、答えた。



 下手をすれば、魔石生みに変じたのとは関係なく。

 イアリアが慕うモルガナは。彼女があんなにも無残な姿に変わったのは。

 そういう事なのだろう。

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