第20話 宝石と懸念の話
狂魔草の無毒化に必要なのは、真っ白になるまで精製された塩か砂糖。それが前提である。ただし砂糖はそこに至るまでに大変な手間がかかり、塩は人間が生きていく為に絶対に必要なものだ。
よって、狂魔草を処理する事が出来る上限というものが存在する。無毒化に使った塩と砂糖は、狂魔草の影響を受けている為に通常の市場には流せない。故に無理のない範囲で狂魔草の為に消費する事が出来る塩と砂糖は、限られているからだ。
ところが、今回北の山でイアリアが研究し、見つけた無毒化の方法。これは、その前提を覆した。保存食なら油でも構わず、古く固くなったパンの粉でも良いのであれば調達も容易い。
『何よりも、出来る人間が限られているとはいえ、魔石を詰めた瓶に入れた場合の結果です。魔力を与える効果は、世界を変える事でしょう』
「……だから表に出すつもりは無かったのよ。貧しい人や名もない村の人が、魔力暴走を起こす為だけの爆弾に変えられかねないわ」
イアリアが口に出した最悪の事態に、その場の空気が凍った。だが、それ以上の反応は無い。という事はつまり、それが「十分にあり得る」という事を全員が納得したからだ。
確かに、研究している事をエデュアジーニでは隠していたし、冒険者ギルドに報告している暇も無かった。だがこの研究結果が全く何も問題ないものであれば、ナディネによって魔法学園に連れ戻された時、それこそナディネに研究結果を見せている。
それをしなかったのは、まぁ、あまりにも爆弾過ぎる情報を教えられたからというのも無くは無いが、そういう、絶対に避けなければならない変化が予想されたからだ。
『……そう、ですね。その危険性は、あるでしょう。……乾物、或いは油漬けの食物によって無毒化される。公表するとしても、その部分だけにした方が良さそうですね』
「そうねー。流石に、同じ属性の魔石ばかりを集めて瓶に詰め込んで、そこに狂魔草の生きてる一部を突っ込んで放置する、なんて事を狙わずにできる人はいないでしょうし~」
「魔石は高いからな」
「保存にも特別な入れ物が必要だし」
「そもそも狂魔草は許可なく所有しているだけで厳罰ものだがな!」
……ちなみにイアリアは現在も、まだ無毒化していない(=死んでいない)狂魔草を
まぁその場の総意として、狂魔草の無毒化の方法の内、魔石を使うものに関しては部外秘となった。……喋ってはいけない情報が増えているが、ここまでの話はそのほとんどが部外秘だ。今更1つぐらい増えたところで誤差だろう。
さて、狂魔草の無毒化の方法はイアリアが持っていた。となると、世界を滅ぼさんとする狂魔草を回収する事が出来れば、無毒化する事は出来るという事だ。ならば問題は、その最初の狂魔草がどこに出現するか、という事になる。
『未来予知による狂魔草の群生は、まだ消えていません。既に、アッディル近郊、そしてエデュアジーニ周辺と、二度の爆発的な増殖は阻止されている筈なのですが』
どちらもイアリアが関わった件なので詳細は割愛された。ただ二度阻止されておいて、まだ可能性そのものは消えていない。となると、まだどこかに狂魔草が存在する、という事なのだが。
「……2点ほどいいかしら?」
狂魔草を探す。狂魔草が出現する条件。と考えて、イアリアは思い浮かぶ疑問があった。もちろん邪神とやらも気になるのは間違いない。何しろ、間違いなく「黒き女神」及びモルガナの姿をした「何か」に関わっている。絶対に潰すと決めている以上、情報が欲しい。
だが、それは恐らく狂魔草を何とかしたら教えてもらえる。だからこそまず、狂魔草を全力で何とかする方向で頭を動かしていたイアリアなのだが。
『どうぞ』
「まず1点。アッディルでもエデュアジーニでも、妙な情報が出回っていたわ。癒草に関する事なんだけど、どうも誰かが、「味草が癒草と同じ効果がある」って吹聴していたみたいなのよ。実際は同じ加工をしても、ただの美味しいスープになるだけなのだけど」
「何?」
それにまず反応したのは、イエンスだった。まぁそれはそうだ。魔薬の効かない体質であるノーンズならともかく、イエンスは普通に癒草から作られる、傷を癒す魔薬を使っていただろう。
それがただの美味しいスープになっていたら。冒険者ギルドに納品されたそれを、魔薬だと思って使ったら。きっとそれは、文字通りの意味で……致命的だ。
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