第11話 宝石は改めて話をする

 狂魔草。

 その単語が兄弟子であるジョシアの口から出た時、イアリアは自分の体が固まったのを自覚した。

 もちろん動きを止めたのは、イアリアを抱え込んでいるナディネにも分かっただろうし。口に出した本人であるジョシアも、話し合いに参加していたハリスも、不自然に動きを止めたのは見えただろう。

 だからきっと、あぁこれはやっぱり何か知っていたな、と。思い当たる節があったのだな、と……そう思ったのは確かだろう。

 が。


「……狂魔草、狂魔草ね……」

「うん」

「……ふ、ふふ、ふふふ……」

「あれ。えっ、と……?」


 動きを止めたイアリアが、まず両手で顔を覆ってその名前を繰り返したのはいい。だが、そこから顔を覆ったまま、笑い始めたのは流石に想定外だった。

 しかし、兄弟子2人はイアリアの性格をよく知っている。特にジョシアはその笑い声に聞き覚えがある事に気付いて、そっと後ろに下がった。


「――――あんの草が!! まだ祟り足りないって言う訳!?」

「わぁ。お弟子元気いっぱいだね~」


 そう。あの笑い声は……イアリアが「キレた」時のものだ。


「うん。知ってるみたいで良かったよ。……というか、まだって事はイアリア」

「既に2回は遭遇してるわね。しかもどっちも徹夜で対処する事になったわ」

「妹弟子が徹夜だと!? そこまで難敵なのか!」

「そうよ。冗談でも何でもなく町と周囲一帯が全滅しかけてたわ」

「それは聞いてないんだが……」


 ジョシアは頭が痛そうにしていたが、ハリスも驚いている。何しろこのイアリアという妹弟子は、自分の事を知っている。徹夜などすれば瞬間は良いかも知れないが、その後の効率が落ちるどころではないと、どんな時でも1人だってさっさと寝てしまうのだ。

 逆に言えば、イアリアが徹夜してでもやるべき、と判断したという事は、それだけ差し迫った事情があるという事でもある。そしてイアリアがそんな判断を下すというのは、大体どう頑張っても厄介事だ。

 なお、イアリアはそもそもそんな切羽詰まった状況にならないように事前に色々片付ける方であり、そんな姿を見たのは自分達が持ち込んだ問題に対処する場合がほとんどである、という事を兄弟子たちは忘れている。


「……。そう言えば、師匠達は私が最初に学園を飛び出してから1年は、どこで何をしているのか知らないんだったかしら」

「聞いてないね。ついでに言うと、その後も何をしていたかは分かっていないよ」

「冒険者になっていたという事すらここにきて初めて知ったぐらいだな!」

「お弟子が冒険者ってちょっと不思議ね~」


 狂魔草、と聞いて、2度の町滅亡の危機とその時の仕事量、そして狂魔草そのものを調べた時のあれこれを思い出して殺気立っていたイアリアだが、そういえば自分が魔法学園を飛び出してからの事を話していない、と気が付いた。

 なぜ今の今までそれを誰も指摘しなかったかというと、それはまぁ、主にイアリアが学園に戻ってすぐにナディネが衝撃的な話をして、その衝撃が抜けない内に研究棟を留守にして、そこからイアリアが転移させられるまで防衛戦をしていたからなのだが。

 後は、冒険者ギルドが「冒険者アリア」をしっかり囲い込むと決めて、がっつり情報統制をしていたのも要因の1つだろう。冒険者ギルド側はその正体を何となく察しつつも、イアリアの方から話をした訳ではない以上「冒険者アリア」と、貴族令嬢イアリア・テレーザ・サルタマレンダは別人だ。


「何も知らないという事ね。分かったわ。ちょっと長くなるけど、とりあえず一旦最後まで聞いて頂戴」


 ……まぁだから、イアリアが冒険者ギルドで師匠であるナディネの迎えを待っていても、それこそイアリアの望む穏便な方法では迎えに来れなかった可能性は高い訳だが。

 とりあえずは説明が先、と、イアリアは気付きかけたその可能性に、蓋をした。

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