第12話 宝石は話し終える

 どれほどかいつまんだとしても、1年分。いや、学園から転移させられてからを含めれば1年半ほどか。平穏無事に何事もなく過ごせていてもそれなりに話題が多いというのに、イアリアの旅路はお世辞でも平穏とは言えないものだった。

 となれば当然、イアリアが話を纏める能力に長けていて、話を聞く師匠と兄弟子達が話を理解する能力を持っていたとしても、それなりに時間がかかるものだ。

 幸いというべきか、双子を「聖人」とする儀式は時間のかかるものらしい。教皇を始めとした関係者が戻ってくる事は無く、イアリアにしては長い話は終わった。


「…………ちなみに、イアリア」

「どこから行くことにしたのかしら」

「本当にどこからにしようか迷ったけど、狂魔草って、あの、師匠と一緒に行った、あの町の周りにもあったって事……?」

「少なくとも私はかなりの数を回収したわね」


 まず真っ先に声を出したのはジョシアだったが、頭を抱えてうつむいた状態で絞り出すような調子だったので、相当に聞きたい事が溜まっているのだろう。もちろん、イアリアの方に聞かれてもいない事まで説明するつもりは無い。

 ただ、あまり物事を深く考えない方の兄弟子であるハリスですら眉間にしわを寄せて押し黙っているし、師匠であるナディネも「あら~……」と呟いて何か考えているようなので、やはり相当に状況は悪いようだ。

 というか、と、イアリアは今回答して、思い出した違和感があった。


「あの、師匠達が来た北の村だけどね」

「まだ何かあるのかいイアリア……」

「冒険者ギルドに体調を崩した村人を集めて看病していたのだけど、何故かその村人達と、看病をしていた冒険者ギルドの職員達が、狂魔草に操られた感じで外に出て行ってたのよ」

「何だと!?」

「あっ。あのお弟子が囲まれてた時ね?」


 そう。……あの時は、師匠が助けに来てくれたという安堵、それによって緊張の糸が切れた事と、徹夜と戦闘の疲れが一気に出てきた事。何より、魔法使いも魔石を作れるという特大の爆弾によって気を失ってしまったが。

 あれも、よくよく考えればおかしいのだ。何しろイアリアは魔薬を作っていた。だから看病をしていた最中の様子は見れていない。そして実際に人がいなくなった時は、防壁の上に登って迎撃戦に参加していた。

 だがその後、人がいない事に気付いてイアリアが冒険者ギルド内を見て回った時、どこにも狂魔草は存在しなかった。だが冒険者ギルドにいた人々が受けていた幻覚は、どう考えても狂魔草に都合の良いものだ。


「狂魔草は、推定だけど、花粉が付いた状態で狂魔草の毒で死んだ生き物が狂魔草に変わる事で増えるわ」

「今ものすごく恐ろしい推測が聞こえたんだけどな?」

「でもあの冬がようやく終わったぐらいのタイミングで、花なんて1つも咲いてなかったのだから、花粉なんてどう頑張ってもつく筈がない……」

「イアリア。イアリアせめて反応しておくれ」

「考えに集中しているから無理だろう」


 兄弟子達が何か言っているが、違和感を思い出しているイアリアには届かない。まぁその兄弟子達も、イアリアが考えが口から零れているのを分かっていて、止めないようにしつつそちらに注意を向けているのだが。


「……じゃあ、あの時は何で土にんっ!?」


 ただ。イアリアが考えを口から零しつつ、その結論に手が届きそうなところで、師匠であるナディネがイアリアの口にお菓子を突っ込んだ。


「お弟子は可愛くて賢くて可愛いけど~、それはもうちょっと色々話を聞いてからでいいと思うわ?」


 相変わらずナディネはイアリアを抱え込んでいる。お気に入りのぬいぐるみに対してするように、膝に乗せて抱きかかえている。その状態自体は何というかこう、慣れてしまったイアリアだが、つまりそれは何をされても逃げられないという事だ。

 もちろん、ナディネがイアリアに何かするとしたら溺愛ゆえの甘やかし以外にはまず無い。と、弟子3人が揃って断言できるからこその無反応であり、慣れだった訳だが。


「…………って事は、師匠は何か知ってるって事?」

「知ってるかどうかをこれから話し合うのよ~。私と~、お弟子達と~、マルテちゃんと~、新しく「聖人」になった冒険者の人達で~」

「んむぐ」


 口に物を入れたまま喋ってはいけない。というのはナディネが弟子に教える事だ。まぁ貴族なのだからその辺りは既に教えられているとはいえ、師匠自身から教えられるというのはまた違う。

 だからイアリアは大人しく黙って突っ込まれたお菓子を咀嚼し、飲み込んでから聞き返した訳だが……それに対する返事は、再度のお菓子だった。


「……。そう言えば、イアリア。冒険者ギルドは「冒険者アリア」の正体が「イアリア・テレーザ・サルタマレンダ」だと知っているのかい?」

「……私から喋った事は無いけど、調べてはいるでしょうね。ただ、どれほどの精度で把握しているのか、までは分からないわ」

「まぁそれはそうか」


 こうなったらテコでも何でも話してくれない。それを知っている弟子達は、とりあえず考えるのを止めて、ナディネが口に出した「話し合いの相手」が戻ってくるまで、雑談に戻る事にしたのだった。

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