第9話 宝石は迎え入れられる

 さて、そうして実際に移動してみたクラン『シルバーセイヴ』の本拠地。一般的にはクランハウスと呼ばれる、一応は街の中にあるというのにしっかりと厚みのある壁で囲まれた砦のような建物に辿り着いた時の反応は。


「やたらと大歓迎だったわね?」

「まぁ君の噂は皆よく知っているからね」


 と、若干イアリアが困惑を見せる程度には好意的なものだった。散々見た目で怪しいと思われ警戒され、あるいは事情を理解(誤解)されて哀れみや同情を持って接されてきたイアリアとしては、逆に驚きだ。

 もちろん今もしっかり雨の日用の分厚いフード付きマントを着ているし、屋内に入っても脱ぐ事は無い。一通り歓迎の言葉を受けて、今はクラン所属の冒険者に与えられる個室へ案内してもらっているところだ。

 なお当然だが、普通の新人に対する待遇ではない。4人部屋で共同生活が普通だ。そこを個室なのは、宝石持ちである事を加味してノーンズが主要メンバーに提案し、承諾された結果である。


「……。どれだけ話を盛ったの?」

「盛ってないよ。それだけ君の魔薬作りの腕前がすごいって事さ」


 若干違う方向の疑いをイアリアが抱く事にはなったが、それはそれ。個室の方が助かるのは間違いない為、話自体は素直に受けたのだが。

 そして案内された個室に到着し、中の事を簡単に説明。そこそこの宿屋と同じ程度の設備であり、つまり小さな水場がついていて、窓と扉の両方に鍵がかかる。

 ただ『シルバーセイヴ』では、昼食は食堂で好きなものを選んで食べる形式らしい。何が出るかはその日の食材と調理者によるらしく、いい意味で何が出て来るかは分からない、との事だった。


「まぁでも、大体は美味しいよ。大皿から各自でとって食べる形だから、毒の混入もまず無いし」

「で、その食堂に必ず来るようにって言うのはどういう事?」

「一番大人数が集まるのは夕食の時だけど、クランメンバーとして紹介するのはそのタイミングが一番いいからだよ。それなりに人数が集まるからね」

「すっかり外堀を埋められている気がするのだけど」

「イエンスが戻ってきたら解散するクランだから、たぶん大丈夫」


 何故クランを解散するのかというのは、まぁ、アイリシア法国に向かうつもりなんだろう。すなわち、「人間」をやめて「聖人」になるという事だ。

 確かに何らかの影響を受けている現在、身を守るのであればそれが一番確実だろう。もしかしたらクランのリーダーにまで上り詰めた時点でそうするつもりで、イエンスが行方不明になったから続けていただけかもしれないが。

 素直に解散させてくれるのかとか、解散したとしてその後追い回されるのではとか、まぁ色々な可能性がイアリアの脳裏をよぎったが……イエンスが戻ってくるという事は、おおよそ事態が解決した時だ。師匠の話をするか、師匠と合流出来ているなら本人に動いてもらえばいい。と、結論を出したようだ。


「そのたぶんが信用ならないのだけど」

「未来の事と他人の事に関して断言なんてできないからね」


 そういう結論を出しながらでも一応抗議したイアリアだったが、ノーンズはどこ吹く風でまともに取り合わない。取り合う気が無いから当然だろうが。

 じゃあまた昼に。と声をかけてノーンズが去って行ったあと、イアリアがまず手を付けたのは、窓と扉への鍵の追加だった。もちろん後で綺麗に取り外せるように工夫はするが、しっかりとした仕掛け(罠)付きの鍵を追加する。

 そして次に、周囲を確認。異臭騒ぎが起こっては後が面倒なので。流石に爆発騒ぎまでは起こすつもりはないものの、魔薬の調合でどうしてもにおいが出る事はある。


「……。まぁ、近いのは仕方ないわね」


 ただ個室と言っても、部屋がいくつも並んでいる内の1つだ。壁1枚向こうは別の誰かの個室である。なのでイアリアは、素直にちゃんと締め切ってから空気を浄化する魔道具を使う事にした。

 最後にベッドの確認をして、それなりに手が沈み込む事を確認。これなら毛布の追加はいらないわね、と呟いた。

 そこまでしたところで、昼までもう少し時間が余った。だがこの後注目されるのに、外に出て余計に絡まれるのはお断りしたいイアリア。さてどう時間を潰すか、と考える事しばらく。


「一応、人前に出る為の細工はしているけれど。念には念を入れておきましょうか」


 取り掛かったのは、3割ほど壊れていた、ノーンズの髪の毛を使った魔道具の修理だった。どうやらノーンズの鬘は「聖人」に勧誘に来たのとは違う神官から貰ったものであり、結構な強度の空間拡張能力が付与されていたのだ。

 そこに武器をしまったりしているノーンズだが、そもそも鬘を与えられたのは、出来るだけその銀色の髪を切らないでほしいという願いがあったからとの事。なので現在、普通にしていると二度折り返してもまだ地面に着く程の長さがある。

 イアリアは若干、その髪を普通の長さになるまで切れば結構な数の魔道具が出来るのでは、と思ったのだが、一応ノーンズも鬘を貰った以上、あまり髪を短くするつもりは無いらしかった。


「まぁ、代金の事を考えればそうなるわよね。この髪自体の価値もすごそうだけれど」


 よってイアリアの手元にあるのは、長さ1m程だ。魔道具を作る時に使ったのは束の3分の1ほどなので、まだ余裕はある。余裕を持たせる量で魔道具を作った、とも言うが。

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