第8話 宝石は引きずり込む
イアリアは、自分の身体能力はさほど高くない、と認識している。
それは授業として受けた護身術の成績という数字や、身体能力に非常に優れた人間の代表例みたいな兄弟子との比較、その兄弟子による向き不向きの診断、そして1年ほど続いた旅でも、大して目に見える筋肉がつかないという結果等による総合評価だ。
なのでイアリアは何か力が必要な際は、魔法によって身体能力を底上げしていた。魔石生みに変わってからも、魔道具の形でその手札が使えるように準備している。魔法の代わりに、魔薬と魔道具を全身に備えて武装しているという訳だ。
そしてもちろん、身体能力が低いのであれば、低いなりの戦い方というものがある。具体的には、絶対に守れない場所への攻撃の仕方と、相手を行動不能にする為の手順だ。
「にゃぺっ!?」
魔道具によって瞬時に身体能力を底上げし、イアリアが全力で拳を叩き込んだのは、イエンスの顎だった。顎に衝撃を与えれば脳が揺れる。そして脳は筋肉ではないので、物理的な衝撃への耐性というのはつけようがない。
イアリアにとっては致命的な事を言おうとして変な声を出し、その場に崩れ落ちかけたイエンスの口に、イアリアは透明な液体が入った瓶を突っ込んだ。中身は、非常に度数が高い蒸留酒だ。イアリアが殺菌の為に持ち歩いているものである。
不意打ちされた上にそんなものを流し込まれれば、いくら腕の良い戦士と言ってもただでは済まない。なおイアリアはこの4日で、イエンスが酒に弱いという噂話を仕入れている。
「な、ん……にゅお……」
「全く本当に酔っぱらいって言うのは性質が悪いわね」
見る間に真っ赤になっていったイエンスの目を改めて見下ろし、若干棒読みで大きめの声を出すイアリア。そこにあった金色が焦げ茶に戻っているのを確認し、まずはイエンスを扉の脇に座らせた。
そして一度宿に入り、店の外で酔い潰れている冒険者がいると説明。流石に放置するのも寝覚めが悪いので、酔い覚ましを飲ませて屋根のある所に押し込みたいと説得して、馬小屋まで運ぶ許可を得る。
そして宣言通り、イエンスを馬小屋まで引きずっていった。今日の来客や宿泊客に馬を持っている人間がいないのか、ガランとした印象を受けるその場所の、ちょっと奥まった場所にある藁の上へと放り込むように寝かせた。
「ふべっ!」
「ほんっっっとに……もう……どこからどう言えばいいのか……」
そこまでやった上で、もう一度周囲の様子を確認する。流石に日が暮れゆく現在、店の裏手に人の気配は全くない。それでもイアリアは懐から、小さなハンドベルのようなものを取り出した。同じく取り出した緑色の魔石をその中に取り付けて、手近なところに吊るす。
これは周囲の音を吸い込む魔道具だった。つまり、この魔道具につけた魔石が無くなるまで、周囲に音が漏れないという訳だ。
「とりあえず、飲んで」
「んぇ……?」
真っ赤になったまま寝かけていたらしいイエンスに、イアリアはコップに水を注ぎ、そこにドロッとした深緑の魔薬を垂らし、よく混ぜてイエンスに差し出した。……反応が鈍かった為、頭を抱えて鼻をつまみ、無理矢理飲ませる。
酔い覚ましの魔薬が相当苦かったのか、イエンスは酷くむせていたが、一応薬と水を吐き出すことは無かった。思い切りしかめている顔からは赤みが失せている。効果覿面だった。
「うー、まだ口ん中苦い……あれ? 何ここ。俺結局何された?」
「ちょっと前後不覚にして馬小屋に押し込んだところよ」
「何がどうしてそんな事に!?」
どうしてかと言えば、それはイアリアのそのまま誘拐にも使えそうな手際の良さな訳だが、それはともかく。
「いくつか聞きたい事があるわ。拒否権は無いから素直に喋りなさい」
「え」
「1つ目。あなたのその目は何? 金色になっているのを見たけれど、絶対に普通の目ではないわね?」
「えっ!? うわマジか、えっと……あー……その、こればっかりは」
まず直球で、間違いなくイエンスが隠すべき、というか、隠さなければならない筈の秘密を聞き出そうとするイアリア。もちろん喋る訳が無い。視線を逸らしながら言葉を濁すイエンス。
が。イアリアはその鼻先に、小さな小瓶を突き付けた。
「これは衝撃を与えると爆発する魔薬よ。この馬小屋ぐらいなら綺麗に吹っ飛ぶわ。……拒否権は無い、と言った筈だけれど?」
「あっ、ハイ」
これも直球の脅しである。……冷静に考えれば、馬小屋が吹っ飛べばイアリアもただでは済まないし、周辺被害も出るだろう。だからやる訳がないのだが、自分がやらかして秘密がバレたと知った直後な上だ。
ここに来るまでの状況の変化が大きかった事もあるだろうし、何より、イアリアの声は本気のそれ……に聞こえるように低められただけなのだが、少なくとも本気のように聞こえたらしい。
顔を引きつらせ、ついでに両手も自分の頭の上に上げつつ、イエンスは素直に質問に答えるのだった。
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