第14話 宝石は対処する

 残念ながら、と言うべきか、「神官が怪我をした」という情報も「傷が塞がらない」という情報も、イアリアを釣り出す為の嘘ではなかったらしい。

 イアリアが姿を見せるなり案内された先では、左の肘から手首までを切り裂かれたらしい神官が、徐々に顔から血の気を失わせながら、必死の手当てを受けているところだった。

 本人はベッドの上に寝かされて、左腕は持ち上げられている。肘の少し上のところが強く縛られていて、傷口も同じく布を当てて、強く縛られているようだ。


「傷が塞がらないと聞いたけど、血も止まらないの?」

「そのようです。止血を試みて、少しだけ傷から出てくる血の量は減りましたが、まだ止まりません。魔薬を使っても傷を癒す奇跡を願っても、傷を塞ぐには至らず。今は傷を縫う準備をしています……こんな傷は聞いたことが無いので、それで対処が正しいのかは分かりませんが」

「傷は見れるかしら?」

「腕を下げない状態でしたら」

「当たり前ね」


 教会の関係者は、イアリアが「永久とわの魔女」の弟子である事を知っている。だからその知識の幅も量も、一般人より遥かに多いと認識されていた。まぁ、だから魔道具の調査や金属の特定と言った依頼が来ていたのだが。

 そして今回、少なくとも教会関係者は全く原因が分からない傷、という事であっても、イアリアは素直に近寄らせてもらえたのは、その知識を当てにしての事だ。何故なら知識とは無形の財産であり、限られた人間にしか手に入れられない貴重品だからである。

 まぁイアリアの場合、元々が魔法使いを育成する学園での成績優秀者だったことに加えて、在学中に本人が知識という貴重品を、自分の頭にこれでもかと詰め込んでいたのだから、これはこれで特殊なパターンなのだが。


「……。ピンセットと蝋燭を用意して。蝋燭は出来るだけ火の勢いが強いやつがいいわ」

「! すぐに!」

「この後も近くにいる人は、念の為口と鼻、出来れば耳も布で覆って頂戴。私は自分の薬防眼鏡をかけるけれど、似たようなものはある?」

「数は少ないですが、あるだけ持ってきます」


 まぁイアリアが持っている知識の量が膨大、というのは間違いのない事なのだし、重要なのは目の前の問題、傷が塞がらない傷とやらの治療が出来るか否かだ。

 ここまでの様子を見て、一般的な切り傷への対処はほぼ完璧であり、文句をつける場所は無い、と判断したイアリア。自分で持ち込んだ護符も反応が無い事を確認した上で傷口を確認し、そんな指示を出した。

 もちろんイアリア自身も手早く自身の鼻から下を布で覆って、薬防眼鏡を取り出してかける。相変わらずイアリアは分厚い雨の日用のマントを羽織りそのフードを下ろしたままだが、今回は耳まで覆えという指示を出している為、特に反応は無かった。


「かなり痛い可能性があるから、念の為患者に布を噛ませて手足を押さえておいて」

「はい……!」

「ニコラ神官、失礼します」


 だいぶ意識が朦朧としている、と見て、イアリアはそんな追加指示を出した。そして、だらだらと血が止まらない傷口に対して、近くに火のついた蝋燭を置いた上で、ピンセットを伸ばす。

 そして、その血の中にいた・・・・・・細長いものをつまみ上げて、素早く蝋燭の火で炙った。ジュッ、という音がして、生き物が焦げる匂いがする。

 イアリアはそれを気にすることなく、焦げたそれを用意された平皿に落とし、ピンセットを拭い、次の細長いものをつまみ上げた。同じく、素早く蝋燭の火で炙っていく。それを、何度も繰り返した。そして繰り返すたびに、傷口から出ていく血の量が減っていく。


「……とりあえず、もう私には見えないわね。ただし全部駆除できたとは限らないから、すぐに虫下しを作るわ。傷口は閉じてもいいけど、絶対に油断しないで」

「えぇ。分かりました」


 そしてそう言ってイアリアが手を止めた時には、ほとんど血は流れなくなっていた。イアリアは場所を避けて、傷が閉じられ、傷を癒す奇跡が願われる。ふわりと優しい光が傷口のあった場所を包むと、そこにはほとんど傷跡も見えない状態になっていた。

 神の奇跡であれば、多少は失った血も戻るらしい。かなり痛かった筈なのにどうにか暴れ出すのを自力で耐えた神官の顔に、多少だが血の気が戻ってきている。

 ただそれを確認して、しかし、イアリアの指示でピンセットと蝋燭を持って来た神官は、深々と息を吐いた。


「……しかしまさか、ブラッドリーチがこんなにいるとは……」


 それはイアリアが取り出して、蝋燭の火で始末していた細長いものの名前だった。血を吸う特性があるこの生き物は、主に山や川に生息している。人間の肌は当然として、通常の動物であっても皮膚の薄い所に張り付き、血を吸うのだ。

 それだけと言えばそれだけだし、血を吸う量も1匹だけなら大した量ではない。が、衛生的には最悪なので後が酷い事になるし、傷口はしばらく血が止まらなくなるので、しっかりと肌を覆う事が推奨されているし、管理されていない水場に迂闊に入るのは非推奨だ。

 認識の甘い新人冒険者が、川の水を煮沸せず飲んでしまい、体内をこのブラッドリーチに食い荒らされて血を吐く事になった、というのも良く聞く話でよくある症例である。


「普通の状態だと、糸くずほどもないもの。まぁこの数が傷口にいたって事は、何かしらの方法で生きたブラッドリーチを刃にくっつけて切りつけてきた、って事になるのだけど」


 まぁそれはそれとして、こんな、焼け焦げた状態でなおこんもりと山になるような数が、傷の中に入る、という状況は、普通ならあり得ない。そして、狙ってできる事でもない。当たり前だ。どんなに小さくとも、相手は生き物なのだから。

 そのあり得ない事が実際起きている上に、イアリアは推定誘拐されそうになっている(ここに来るまでに捕まえたから見張っておいてほしいとは頼んでおいた)のだから、順当に行くのであれば、邪教の信徒の仕業なのだろうが。

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