第21話 宝石は働く

 エルリスト王国王都、エルリスタで行われる新年祭とは、新たな年を迎えた事を祝う為のお祭りだ。よって主となるのは、年が明けた後の数日となる。

 だが新年祭に参加しようと思うと、その少し前から移動しておく必要がある。そうして人が集まるようになった結果として、こうして1年の終わりから祭りのような状態になり、通常は寝静まっている間に過ぎ去る、1日と定義される時間が変わる瞬間を数えて祝うようになっていった。

 中には新年までの日付を数えて、毎日祝う、と称して飲んだくれている人間もいるが、そういう人間相手に日替わりメニューを用意している店もあったりするので、人間とは雑でたくましく現金で調子の良いものだ。


「まっ、たく!」


 王都にやってくる人の列は途切れるどころかますます長く伸びるばかりで、王都にある宿はその大半が満室。公園や路地に勝手にテントを設置する人間が守役騎士に怒られて、臨時の宿に放り込まれる事も数え切れなくなってきた。

 そのタイミングで、イアリアは教会を離れ、冒険者ギルドの2階にある、依頼を受けた時限定の作業場にいた。


「完全に指名依頼の悪用でしょう、こんなの!」


 何をやっているかというと、傷を癒す魔薬、水無しで汚れを落とす魔薬、虫よけの魔薬、体を温める魔薬、水分補給ついでに血行を良くする魔薬と、喧嘩の怪我から路上泊になった人間、そしてこの寒さの中でそんな事をして風邪を引いた人間が必要とする魔薬の、大量作成だ。

 流石に教会まで冒険者ギルドの職員がやってきて、平身低頭しながら「冒険者アリア」への緊急指名依頼を持ってきたりなんかされれば、いくら対邪教戦線の戦力という意味で冒険者ギルドを切り捨てたイアリアと言えど、従わざるを得ない。

 そしてその数もとんでもない量だった為、素材が依頼価格で買えなければいくらイアリアでも不可能だっただろう。むしろそれでも素材が足りるかどうかは不明なのだが、どうやら冒険者ギルドの本部は、この時期の為に必要な素材を毎年溜め込んでいるらしい。


「というか、普通に魔薬師に依頼すればいいだけの話じゃないの!?」


 と、イアリアは作業の手は進めながら八つ当たり気味に叫ぶが、もちろん冒険者ギルドは全力であちこちに依頼を出し、買い付けに走っている。だが、今イアリアが作っている魔薬は、新年祭の時に毎回必要になるものだ。魔薬師たちにも生活というものがあるので、当然時期価格となる。

 もともと忙しい時期に、フリーの魔薬師で冒険者なんて都合の良い人材がいるなら、まぁそれは、当然、全力で使い倒すだろう。……という裏事情は、まぁ当然、イアリアも分かってはいるのだが。それでも、愚痴るぐらいは許される筈だ、と思っている。

 何故ならイアリアは、光で全く視界が効かない中で襲われた事を許していない。あれは自分が避けなければ、絶対に痛いやつだった、と分かっているからこそ、謝罪の言葉が一言分すらも無かった冒険者ギルドのギルドマスターを、秒で切り捨て対象に入れた。はっきり言えば、ギルドマスターはイアリアの恨みを買ったのだ。


「ほんっっっと、いい度胸と言うか、上等な顔をお持ちよねぇ……!」


 そんな相手に従わざるを得ない、という事で、イアリアの機嫌は大変悪い。今作っている魔薬を必要とするのは間違いなく一般住民で、ここで冒険者ギルドに薬の備蓄がないと後々致命的な事になりかねないと分かっていて、なおかつ指名依頼と言う事でしっかり色々上乗せされた報酬が出る事が分かっているからギリギリ仕事をしているだけだ。

 これがどれか1つでも違ったら、平身低頭なギルド職員には悪いが、イアリアは冒険者カードを押し付けて追い返していただろう。もちろんそれで冒険者を辞められる訳ではないのだが、元々イアリアは名目上の実家から逃げ回る為に冒険者という身分を求めた。

 そこから状況が変わり、逃げ回る必要はほぼ無くなっている。つまりイアリアが冒険者である必要もまた、ほとんど無くなっているのだ。だからイアリア自身は、いつ冒険者を辞めたって、あるいは資格停止されたって、痛くも痒くもない。むしろ望む所ですらある。


「……お金の代わりに、ギルドマスターを一発殴る権利が報酬にならないかしら」


 一応、イエンスの勘にはある程度の信用を置いているイアリア。だから、もしかしたら何か裏というか、思惑があったのかもしれない、とは、思っていなくは無いのだが。

 作業の手は全く止めないまま、そんな事を呟く程度には、イアリアのギルドマスターに対する好感度は低かったし、信用は無かった。

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