第7話 宝石は探索を続ける

 さて、恐る恐るといった感じで「百年遺跡」に足を踏み入れたイアリアだったが、話に聞いていた通り、ちょっと拍子抜けするほどに内部は何も無かった。ただただひたすら、淡く白色に光る通路が続いているだけだ。

 淡く光ると言っても光の強さとしては十分なので、イアリアは若干、自分の足元に影が出来ない事に違和感を覚えつつだが、順調に進んでいった。外に脱出するつもりで迷って餓死、何て事態になるのは笑えない為、しっかりと地図を描きながらだが。

 幸いというべきか、それなりに探索する間に部屋を1つ見つける事が出来た。そしてそこには柔らかいベッドと水場、そして、壁に埋め込まれている形だが、時計があった。


「これもロストテクノロジーなのよね。持って帰りたいところだけれど、動力が分からないし、無理に外して動かなくなってしまうと困るし……」


 この真っ白な場所で、時間がはっきり分かるのはとても助かる。部屋を調べた時に、ベッドの近くを触ったらいきなり部屋が暗くなったのは驚いたが、恐らく休む時の為だろう。

 通常の遺跡からすれば非常識な、これら外部の存在を歓迎するような仕掛け。これも「百年遺跡」の特徴の1つだ。或いは長期滞在を支援するような構造になっているのは、この「百年遺跡」が過去の文明における遊びに使われる施設だったのでは、とする説もある。

 ともあれ、休める場所が見つかったのは大きい。なのでイアリアはさっそく、この部屋を起点に周囲の探索を進めていった。地上にこっそり出たいのだから、探すべきは上向きの階段である。次点で他の冒険者だ。どこかの出口を知っているだろうから。


「…………見つからないわね」


 なおその結果は、まぁ、この呟きの通りだが。この呟きが出た時点で、イアリアが「百年遺跡」だろう通路を見つけてから、部屋の時計で5日が経過している。

 床の傾きが無い事は確認してあるので、地下の同じ高さにいる事は間違いない。そして「百年遺跡」では階層がいくつにも重なっていて、それらは階段で行き来する事が出来る。これは話できいたことがあるし、恐らく間違いないだろう。

 その階段も1つの階層に最低5つはあるとか、1つの階層だけでちょっとした町ぐらいなら丸ごと入る大きさがあるとか、「百年遺跡」の広さを語るたとえ話はいくらでもあるが、イアリアはそれが、何の誇張も無いどころか、まだ足りないのでは、と思い始めていた。


「だって、思うじゃない。絶対に誇張してるって思うわよ。いくら遺跡だって言っても、人間が作ったものなのだから、限界ぐらいあるって思うわよ普通……」


 毎日毎日歩き詰めで、流石に足が痛くなってきたイアリア。もういっそ休みとして今日1日は部屋でこの柔らかいベッドを満喫する事にしてしまおうかとも思ったが、それはそのまま脱出までの時間が伸びる事を意味する。

 というか、と、イアリアはふと思った。それは


「……そもそも、師匠にしては、随分と時間がかかっているわね……?」


 師匠こと、「永久とわの魔女」ナディネだ。

 何せイアリアは知っている。ナディネという人物は人類最強の魔法使いであると同時に、自ら選んで弟子とした人間を、それはもう溺れる程に愛を注ぐのだ。文字通りの溺愛である。

 そもそもナディネは用事でエルリスト王国の東部に出向いていた筈だが、その用事というのもイアリアに関する事である。そしてその用事だけで1ヵ月が経過しているところで、イアリアはとある人物の魔力暴走に転移によって行方不明となった。


「本当に魔力暴走だったかはさておいて、研究室の中にいた私が強制的に転移させられているのだから、師匠の結界だって絶対に壊れている筈だし……」


 転移先はハイノ村の近くであり、そこから集団避難の護衛をする事でグゼフィン村に移動した。そこでもまたそれなりの時間を過ごしている為、洞窟探索の時間を含めるとナディネがイアリアに会っていない期間はかなり長い。

 最初の魔法学園からの脱走の時ですら、1年かけてイアリアの行方を突き止め、攫……迎えに来たぐらいだ。こんな異常事態なのが分かっていて、イアリアへの用事もあるのだから、気付かない訳が無いし探さない訳がない。

 正直イアリアは、こと魔法に関してのナディネが本当に人でいいのか疑問に思う程度にはその実力はある。にもかかわらず、音沙汰が全くない。


「いやまぁ、音沙汰がないのはいつもの事だけれど。だからと言って、何かの攻撃を受けて行方不明になった、っていうのが間違いない状況で、師匠がここまで目立った動きをしてないっていうのは……まぁ、おかしいわね」


 はて? と首を傾げるイアリア。それこそ師匠なら、魔力暴走の痕跡を解析して、転移先の座標を割り出すぐらいは出来そうなものだけれど。なんて呟いている。

 実際に出来るかどうかは分からないが、それぐらいはやってもおかしくないのがイアリアから見たナディネという魔法使いだった。だが実際に、何か騒ぎが起こっている気配はない。

 正直イアリアには、想像もつかない。だが現実として、何も騒ぎが起こっていない。それはつまり。


「…………」


 あの「永久とわの魔女」を足止めしうる何かもしくは誰かがいる、という事になるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る