第8話 宝石は動き出す

 冒険者ギルドから紹介された宿は一通りの水場と家具が揃った部屋を借りる形態となっていて、それはどうやら小さな家を貸し出すようなものらしい。大家は建物全体の管理と入居者の把握をしているが、部屋の中はどうしようと借りた人物の自由なのだそうだ。

 ただし退去する際には元に戻す事と、他の部屋に影響が出る程の損壊が出た場合は修理費に加えて迷惑料と言う名の罰金を支払う事、家賃と言う名の賃貸料を支払えない場合は強制退去の上部屋の中の物が差し押さえられる事もある、という説明を受けたイアリア。

 まぁ当然よね。有料の寮みたいなものかしら、とあっさり納得し、通りに面した3階建てのその宿の、1階の一番奥にある部屋を借りる事にしたのだった。


「とりあえず窓と扉の鍵は……あら、思ったより頑丈」


 イアリアがまず真っ先に調べたのは、この部屋の防犯だった。窓も扉も結構に丈夫で、そこに掛けられる鍵もしっかりとしたものだった。木を切るような斧や固い魔物の甲殻を砕くハンマーに耐える程ではないが、逆に言えばそれ以下なら大丈夫ということだ。

 壁や床、天井も調べたが、どれもしっかりと丈夫に出来ていて隙間らしい隙間は無い。水回りや備え付けの家具も調べたが、こちらも同じく妙な細工をされるような余地は無さそうだった。まぁ冒険者ギルドが紹介する宿なのだから、その辺りに手抜きがある訳もないか、とイアリアは納得する。

 とりあえず備え付けられていた収納棚に肌着や調合道具を収納していくイアリア。荷物的な意味での旅装を解いたところで、もう一度部屋の中を見回した。


「……流石に足りないものが多すぎるわね。ベッドも硬いから毛布だけだと厳しいし、窓の目隠しも付けたいし、クッションも置きたいし、調理器具と服も買い足したいし、素材を入れておく箱も必要かしら。貴重品も持ち歩くのは限度があるから出来れば金庫も欲しいけど……」


 ここで、財布として使っている革袋の中身を確認するイアリア。もちろん、すぐに閉じた。


「やっぱりお金を稼ぐのは急務ね」


 うん。と1つ頷いて、部屋の鍵をしっかりとかけて大通りへ出て行った。そのまま町を守る高い壁にある、大きな門へと移動する。

 アッディルは穀倉地帯の真ん中にあるだけに、周辺の地形に起伏と言うものはほとんど存在しない。壁の周囲は草の種類による高低差のある草原が広がり、南側から西側にかけては森が、東側から南側にかけてはもう少し深い森が存在し、北側には未踏の地として扱われている非常に深い森が広がっている。

 南から西にかけて広がる森は普通に出入りが可能で、山の恵みを採りに行ったり動物を捕りにいったりする人々が普通に行き来している。逆に東に広がる森は危険な動物が多く、魔物もそれなりに生息している為、冒険者が主に出入りしていた。北側にある門には見張りが立ち、扉も閉められて物々しい空気だ。


「癒草の採取に行きたいのだけど、問題はあるかしら?」

「北の森は非常に危険だから近づいてはいけない。東の森は深入りさえしなければ大丈夫だろうが、初心者なら西の森の近くで行動した方がいいだろうな」

「ありがとう」


 素直に開け放たれている南側の門から町を出たイアリアは、その両脇に立っている門番の片方に貰ったばかりの冒険者カードを見せてそう尋ねた。返って来たのは大体分かっていた内容だったので、お礼を言ってその場を離れる。そのまま、南寄りの西へと移動していった。

 人の往来が多いからか、踏みしめられた土に生える草の丈は低い。その中からにょっきりと頭を出している楕円形の草の葉が1対2枚で茎から生えている事を確認して、その葉をむしって持ってきた布袋に突っ込んだ。

 茎と根も素材として使えるが、今回は傷を治す魔薬を作る為の採取だ。それに根と茎が残っていれば、翌日にはまた同じように葉を茂らせる。生命力と治癒力を高める変異は伊達ではない。

 そのまま葉っぱをむしって集めながら森の方向へ移動していく。流石強靭になった雑草と言うべきか、普段の生活でも便利に使われる筈なのに、相当な数が生えていた。


「(この分だと森に辿り着くまでに袋が一杯になるわね。もうちょっと大きい袋を用意するべきだったかしら。いえ、あの瓶だと1枚で2つ分ぐらいは作れそうだから、やっぱりこれぐらいで丁度いいわ)」


 ……なお、よく晴れているのに雨の日用の分厚いマントにすっぽりと身を包み、フードを深く下ろして顔を隠して、ひたすら黙々と草をむしって集める姿は、一般人からすれば大分不審者で怖がられていたのだが……当然、イアリアは知らない事だ。

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