第6話 宝石は巻き込まれかける

 メモに書かれてあった宿屋は普段「ちょっといい」レストランとして営業しているらしく、宿泊した事で出される大変食事が美味しかったので、翌日のイアリアは大満足だった。

 しかも部屋数が少ない分だけ宿泊客を厳選していて、質が良い。すなわち余計な詮索をする事もされる事も無く、静かで穏やかに過ごせたという事だ。

 あの宿を紹介してくれたギルド職員への評価と共に、機嫌がとても上向いた状態で翌朝を迎え、イアリアにしては珍しく朝の早い内……つまり通常の冒険者で賑わうぐらいの時間に冒険者ギルドへ顔を出し


「あっ! あぁほら、俺の彼女はあの子だから! なっ! だから他の女性なんて手を出すはずがないんだって!」


 なんていう、明らかに自分へ向けられた見当違いの言葉に、機嫌が急降下した。

 そのままざっと全体の様子を見ると、どうやらイエンスが複数の冒険者、いや普通の布服を着ているだけの人物も混ざっている為、住民もだろうか。とりあえず、複数人の男性から袋叩きにされていたようだ。

 彼らはイエンスの言葉に、非常に剣呑な視線を向けていたが、住民だと思われる男性はともかく、冒険者たちはすぐにイエンスに視線を戻し、ゴッ! と拳を追加した。


「適当言うんじゃねぇ! 宝石持ちがてめぇみたいな適当野郎の彼女になってやる訳がねぇだろうが!」

「第一昨日てめぇがあの魔薬師さんを探してそこらじゅうをうろついてたのは分かってんだよ!」

「その途中で俺らの彼女や嫁にちょっかいをかけようとしたこともなぁ!」


 この時点で大体事情を察したイアリア。どうやら昨日知り合ったばかりのイエンスという冒険者は、かなり女性に対してだらしない性格をしていたようだ。

 なので、ぱんぱん、と軽く手を叩いて注目を集める。もちろん注目など集めたくはないが、放っておいた方が被害が大きそうだ、と判断した為だ。


「私も巻き込まれたから、はっきり言っておくわね。そこの冒険者とは、完全な他人よ。初対面は昨日だし、ハイノ村からグゼフィン村までの護衛をしただけであって、しかも最前列と最後尾に分かれていたから、出発前の打ち合わせ以外の会話は無いわ」

「そんな!?」

「ほらみろ!」

「これで彼女だっつぅんなら独り身なんぞいねぇな?」

「だから袋叩きにされていても気にしないし、理由があるなら正しく裁かれればいいと思うわ。ただし、今の時間のこの場所でやられると邪魔だから、訓練所に移動するか守役騎士に取調室を借りて、そっちでやってほしいわね」

「なるほど。俺ちょっと行って来る」

「おう、頼むわ」


 きっぱり、とイアリアが断言すると、イエンスは悲鳴のような声を上げ、住民の男性達も納得したようだ。そしてそれに続いた、ある意味ただ単に暴力を振るわれるより容赦ない言葉に、近くで様子見をしていた冒険者が動く。動いた方向は外なので、守役騎士を呼んでくるのだろう。


「な、ちょ、待ってくれ! ほんとに、相手のいる女性に手を出したとかじゃなくて、道を聞いたとか、美味しい飯屋を聞いたとか、そういうあれで!」

「実質他人を勝手に恋人呼びする時点でほぼ黒よね」

「具体的に一晩の誘いをかけられたがあれは誰なんだって言われたんだが?」

「俺の嫁も、初対面なのに手を取って指を絡められたって滅茶苦茶手を洗ってたぞ」

「ちが、違うんだって! 下心は無かったんだ!」

「行動が完全に下半身で動くナンパ男なのよ」


 なおイアリアの言い分に、遠巻きで騒ぎを眺めていた女性冒険者も何度も頷いている。少なくとも、世間的にはイアリア及び周囲の認識の方が正しい。イエンスの本心がどうなのかは分からないが、体目当てで口説いていると見られるのが普通だ。

 しばらくして冒険者に呼ばれた守役騎士……これも本来の人口規模からすれば過剰なのだが……がやって来たので、イエンスが逃げないように一塊になった状態で冒険者+一般住民の男性陣は去っていった。イエンス自身は情けない声で言い訳を叫んでいたが、誰も聞き入れる様子はない。


「というか、わざわざあいつを呼んでくる時点で狙ってただろ」

「違いない。あいつが愛妻家なのは知られてるからな」


 ……なお、その呼ばれてきた守役騎士の妻もイエンスの被害(?)に遭っていたようだ。

 全く本当に、一体何がしたかったのか。ちょっとだけそう思ったイアリアだったが、ずらりと並んだ、主に荒事対策で使う魔薬の納品依頼の数を見て、さっさとその考えをどこかへやったのだった。

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