第2話 宝石は騒動を振り返る
さて。現在はエルリスト王国における政治的中心、王が住まう王城を中心に擁する王都エルリスタ。ここに、魔物が大規模な群れとなって襲い掛かってくる現象――スタンピードが、軽やかな鐘の音と共に何故か瓦解して、その朝には全滅が確認、非常事態の解決が宣言された、昼頃である。
教会によって認定された「聖人」である、それぞれ創世の女神と同じ色の目と髪を持つ双子、イエンスとノーンズは、当然ながらエルリスト王国側からしても賓客だ。当然、非常事態が発生すれば避難の対象となる。
一方で邪神と呼ばれる存在に何故か執着されているイアリアは「冒険者アリア」として活動していた訳だが、イアリアが全力で怒られていたのは、そのイアリアと、ノーンズ達が別行動をしていた間の事を説明したからだった。
「というか、そんなやり方で冒険者を辞められる訳ないじゃないか」
「私としてはどっちでもいいのよ。冒険者を辞めさせるなら良し。冒険者カードを何らかの方法で送り付けてきても良し。冒険者カードに細工したりしたら、師匠を引っ張り出して戦争ね」
「イアリアの戦争はシャレにならないから絶対にやめてくれ」
比較的常識がある(と自認している)ノーンズは頭を抱えてしまったが、その双子の兄であるイエンスは、呆れた顔こそしているが悩んでいる様子は無い。もちろんそれは、そんなに上手くいく訳がないと思っている……訳ではなく。
「じゃ、もしかして、あれか? 冒険者ギルドのギルドマスターは長い事行方不明で、生きてるか死んでるかも分からないから、ギルドマスター「代理」が好き勝手してるって噂、マジだったのか?」
という噂を知っていたからだ。
「そんな噂があったの?」
「有名な話だな。ま、酒の席で出てくる与太話の類だから、本当かって言われると9割嘘だから、信じたら痛い目を見るって誰も本気にしちゃいないが」
「でも、割とどこの支部でも聞く話だよねぇ?」
「大体はそこの支部長と予算で揉めたって話とセットでな」
「支部の修理や壊れた機材の交換じゃなかったか?」
「まぁとにかく金の話だよ」
なお、イエンスとノーンズは、現在教会公式の守護騎士となった4人とパーティを組み、冒険者として活動していた過去がある。『シルバーセイヴ』というクランの中核メンバーとなっていたのもあり、冒険者としては割と顔が通っている方だったと言えるだろう。
そしてそんな冒険者ですら真偽不明ながらまことしやかに囁かれている事を知っている噂。と、あの、冒険者ギルドの最高責任者としては、少なくとも表面的に分かる情報だけを見るなら、残念ながらお粗末と言わざるを得ない態度と判断、とイアリアは考え。
「有り得そうね。だってあの
「うーわ……」
「それイアリアの一番嫌いな奴じゃないか。……あぁなるほど、それで戦争まで視野に入れてる訳か」
「えぇ。だって、私は必要でしょう?」
相変わらず雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、フードを下ろしているイアリアだが、主体を省いたその言葉は胸を張って言われたものだった。流石にノーンズも苦笑せざるを得ない。
誰に、あるいは何にイアリアが必要かといえば、当然、教会だ。アイリシア法国を本拠地として、世界中に散らばっている教会。創世の女神を祀るその組織にとっては、確実にイアリア個人だけであっても手放す訳がない価値があるのは、分かり切った事だったからだ。
何故なら、本人が正真正銘の神の眷属である属霊と契約した、魔力の底が無い魔法使い。今は魔石生みに変わってしまっているが、それは邪神の影響だと判明している。そして魔石生みだったとしても、魔道具を作り、魔薬を作り、王都に来てからは教会に1つ、特許という特大の金の生る木を提供している。
そして本人以外はと言えば、西の国境を守るサルタマレンダ辺境伯爵の令嬢(養子)であると同時に、世界最高の魔法使いの呼び名をほしいままにする「
しかもイアリア自身は固辞しているが、今回、王都で邪教が何か企んでいると分かっているところに、邪神に執着されている自分が行けばきっと隙が生まれるという考えで応援としてやって来てくれた上に、大量の魔薬を作り、邪神の影響を打ち消す護符を開発し、古くから伝わる特別な祭具を復元するのに大きく貢献している。
そしてトドメに、知らずに取り壊されようとしていた、王都ないし王国全体を浄化する魔道具の復元と起動に成功している。はっきり言えば、実力、実績、心情という多数の面から、既に「聖女」と認定される条件が揃っている。
そんな人間を相手に、下手に出こそすれ圧をかけるなんて以ての外だろう。どれほどの条件を積み上げられてもストレートで飲むし、どれほど対価が必要であっても「聖女」と認定させてくれるのであれば、諸手を挙げての歓迎になる。
「はっきり言って、俺らよりよほど「聖女」としてふさわしいと思う」
「ほんとにね。実績が文字通り桁で違うし」
「教会の中で大人しく過ごすつもりは無いし、偉い人として傅かれて生活するのは背中がゾワゾワするから、そういう扱いはお断りさせてもらうわ」
そして、教会がそういう扱い、大勢の人が傅いて何もかもを先行して用意してもてなす、という事こそしてないものの、やることなす事反対のはの字も無く全力バックアップしている、というのは、調べればすぐ分かる事で。
そんな事すら分からず、「ちょっと便利な技能を持つ冒険者」として扱ったのが、今回の冒険者ギルドのギルドマスター、という訳だ。
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