ルージュの過去
俺の目の前には猫の開きが横たわっている。魔神オセの死体だ。外道には相応しい死に様だな。
それにしても、そこまで苦労しなかったな。
俺は自分が思っている以上に強くなることが出来たのだろうか?
意外とオセって弱い部類の魔神だったりして。
しかし、こいつの魔法は厄介だった。一番見たくないものを記憶から掘り出し、強制的に見せられるのだ。
俺の一番思い出したくないもの……
一人でゴソゴソしているところを母さんに見られる思い出だ。
せっかく忘れていたのに、今は鮮明にその光景が蘇る。
うぅ…… 顔が熱い……
でもそれが俺が一番目を背けたくなる思い出だったのか。他にもいっぱい嫌な思い出があると思うのだが。
みんなは未だ目が覚めることはない。もう少し休ませておこう。
ふとルージュの顔を見る。その目には涙の跡が。お父さんって言ってたな。
怒られる思い出だったのだろう。いたずらとかしてこっぴどくお父さんに叱られでもしたのだろうか?
ルージュはぎゅっと目を瞑った後……
「ライト君……?」
目を覚まし、辺りを見回している。
良かった。無事みたいだな。
「おはようございます。大丈夫ですか? オセの精神魔法も食らったんです。みんなが起きるまでゆっくりしていてください」
「オセ……!? あいつはどうなったの!?」
俺は黙って開きになったオセを指さす。ルージュは安堵したような表情を浮かべた。
「そう…… 倒したのね。ありがとう。これで仇を討てた。人族の力を借りたのは癪だけどね」
「すいません、獲物を横取りしちゃったみたいで」
「いいのよ。あのまま私が戦っても殺されていただけだろうしね。それにしてもライト君って本当に強いわね。魔神を子供扱いだなんて……」
「そうですか? 魔法は厄介でしたけど、そこまで強いとは思わなかったんですが。ひょっとしてオセって魔神の中でも下っ端とかですか?」
「そんなわけないでしょ…… 伝承によるとオセは十万の兵を一人で屠り、地獄の大総裁を名乗っていたそうよ。オセが弱いんじゃなくてあなたがおかしいのよ!」
猫の開きになっているアイツがそんな強かったのか。そんな強敵を俺が倒すことが出来た。
祝福の力がかなり付いてきたみたいだ。フィオナの言ってた異界の英雄の高見には達したかもしれないな。
「とはいえ、これでオセがこれ以上サヴァントに害を成すことは無くなった。本当に感謝するわ。う! うぅぅ……」
突然、ルージュが頭を抱えて蹲った。ど、どうした!?
思わず彼女の肩を抱いてしまう。
「大丈夫ですか!? どうしました!?」
「だ、大丈夫…… オセの魔法の影響ね。また思い出しちゃった。ごめんなさい、ちょっとだけ抱きしめてくれる……?」
ルージュはガタガタと震えている。恐怖が体を支配しているのだろう。
フィオナ、まだ起きるなよ……
ギュッ
ルージュを優しく抱きしめる。フィオナとは違う香りがする。でもすごくいい匂いだ。
そしてやはり胸は大きかった…… グウィネ並みだろうか。
腕、背中にはしなやかな筋肉の感触。鍛えているのだろう。
これはこれで悪くない。フィオナ、もうちょっと寝ててな。
「ごめんなさい、もう少し強く抱きしめて…… ライト君、少し話を聞いてくれる? 楽になりたい。全部吐き出したいの……」
そうだな。辛い時って話をすることで落ち着くってこともあるしな。
故郷では色んなやつの愚痴を聞いたもんだ。主に失恋の話だったが。俺は誰とも付き合ったことがなかったので常に聞き役だった。
そんな話を聞きながら、恋をしている奴らを羨ましく思ったもんだ。
いかんいかん、俺のことはどうでもいい。今はルージュの話を聞こう。それが彼女の助けになる。
「いいですよ。俺でよければいくらでも聞きます。辛かったら途中で止めてもいいですからね」
「ふふ、ありがとう。私の忌まわしい思い出…… 父に関係する話なの。私の父ってね、諜報部の責任者だった。私の前任ね。
父は私を諜報員にしたかったみたいで、物心つく前から色々な技術を叩き込まれたわ。格闘術、暗殺術、拷問術、子供の私に房中術まで教えたのよ」
俺が想像してるのと違った…… なんて父親だ。子供に何教えてんだよ。
「父は厳しくてね。出来ないと何度も殴ってきた。私はいつも父を見ては震えていた。殴られないよういつも一生懸命やった。父に気に入られようと言うことは何でも聞いた……」
ルージュを抱きしめながら話を聞く。かわいそうな少女時代だ。
人に歴史ありとはいえ、これは記憶に残すべきではない黒歴史だ。虐待もいいとこじゃねぇか。
ルージュは瞳を潤ませながら話を続ける。
「十歳だった時、組織から裏切者が出たの。パズスっていう猫氏族。彼は諜報員を育てる名目で孤児を集めてね、裏ではその子らを他国に性奴隷として売っていたの。この国では人身売買は極刑に相当する罪。父の命令でパズスを拘束してね……」
震えが強くなった。話す途中で歯もカチカチ鳴っている。
今から話すことが忌まわしい思い出なのか。今までの話も十分忌まわしいのだが。
「父はパズスを殺さなかった…… でもね、代わりに彼を拷問したの。私を使ってね。パズスを練習台として父は私に拷問を強要した。父の命令は絶対だった。私はパズスの目を潰し、舌を抜き、指を切り落とし…… 皮を剥いだ。私は気が狂いそうになった。
何度も手を止めた。でもね、父は私を殴り、拷問を続けさせた。彼が死なないように、死なない程度に苦痛を与え続けていくように…… 彼が廃人になるまで続いたわ。
思い出しちゃったの…… 肉を抉る感触、咽そうになるほどの血の匂い、やめてくれと懇願するパズスの声…… 忘れたかった思い出なのに! 今まで忘れられていたのに!」
ルージュは子供のように大声で泣き出した。かわいそうに…… 吐き気がするほどの過去だ。
気丈に振る舞う仮面の下には自分の罪を恐れる小さな女の子がいた。ごめん。俺は君に何もしてあげられない。
せめて泣き止むまでこの人を抱きしめていてあげよう。
しばらくルージュを抱きしめていると、ようやく落ち着いてきたみたいだ。
スンスンと鼻をすすりながら……変なことを言い始めた。
「聞いてくれてありがとう…… 少しは気が楽になったわ。今度はライト君の番ね。あなたはどんな嫌な思い出を見せられたの?」
え!? 何言ってんのこの人!?
「いやいや! 俺の番って何の話ですか!? 俺が話す約束なんてしてないじゃないですか!? 嫌です! 絶っ対言いません!」
「ちょっと! 乙女が勇気を出しておのれの恥を晒したのよ! 旅の恥はかき捨てっていうでしょ! 言いなさい! ってゆうか聞きたい! 教えなさい! ち・な・み・に、嘘は駄目よ。目を見れば嘘か本当か分かるから。これも諜報員としての技よ!」
どうしてこうなった…… まぁ、いいか。フィオナもおじさんも寝ている。かける恥は今の内にかいておこう。
俺はルージュに【ゴソゴソしているところを母に見つかった事件】の思い出を話した。
辺りにはルージュの大きな笑い声が響き渡った。
言うんじゃなかった……
ルージュが腹を抱えてヒーヒー言っている。
その声に反応するかのようにおじさんとフィオナが目を覚ました。
「ルージュ! どうした!?」
おじさん、人語を話してる?
獣化が解けたか。
「か、閣下!? ぷぷっ! ご無事で何よりです! あはははは! もう駄目! ライト君! あの話、閣下に言ってもいい!?」
「ダメに決まってるでしょ! 笑いすぎですって! 流石に傷付きますよ!」
まったく…… 元気になったのは何よりだが、ちょっとぶっ壊れすぎだろ……
おじさんは不機嫌そうに頭を掻いているな。
「あー…… くそ。オセのヤツ嫌なもの見せつけやがって。胸糞悪いわ」
おじさんがため息をついている。ちょっと興味があるな。どんな嫌な思い出があるのだろうか。ちょっと期待を込めた目でおじさんを見つめる。
「話さんぞ…… これは墓の中まで持っていく話だ。この話が外に漏れると、とある国が亡びる。絶対に話せん」
「は、はぁ……」
重い…… さすがは宰相閣下。抱えている思い出の質が俺とは違う。
おじさんの話が終わると、辺りが青白い光に包まれる。魔法陣が発光しているんだ。
「みなさん、魔法陣が起動しています。後はオドを流せば転移が始まります。準備はいいですか?」
フィオナが杖を構えた。そうだな、こんなところに長居は無用。
さっさと迷宮を抜け出しお天道様と再会したい。
「行こう!」
俺の言葉にみんなが頷き、フィオナが杖を魔法陣に突き立てる。
目の前が光に包まれ、体が浮遊感を覚える……
一瞬なのか、長い時間なのか分からない。
二階層で味わった転移魔法陣と同じ感覚だ。何もない空間を当ても無く彷徨い歩く……
彼方に光が見える。俺は光に向かって進み……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
気が付くと俺達は狭い空間の中にいた。
直径二メートル程度の円柱状の空間…… 井戸か?
「着きました。ここから首都ラーデ領になります」
決戦の地に到着した。
ここからが本番だな。
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