警鐘

 夢見術の結果を知ってから一週間が経つ。

 大森林では小規模ながらスタンピードが発生していた。

 昨日はアヴァリから東に十キロの所でキメラの大群が出たそうだ。

 しかし既にエルフ達が退治してくれたようで大事には至らなかった。


 流石だな。やはりエルフは魔法と弓の扱いにおいては他の種族よりも頭一つ飛びぬけて強い。

 だがオークとの戦いでは苦戦していた。

 エルフが強いとはいえあの物量でこられてはしょうがないか。


 俺達は未来視で語られた大型スタンピードに向けて体を休めている。

 未来視で見たことは実現するのだから慌ててもしょうがない。出来ることをしよう。


 オド集めは出来そうになかったので、善行を積んで加護の力を上げることをした。

 色々考えた結果、新しい食文化を広げるためラーメンの作り方をエルフに教えることにした。リリ様のリクエストもあったしな。


 リリ様の許可をもらい、街の広場を借りた。講師は俺とフィオナだ。助手のアイシャもいる。青空料理教室の開催だ。

 多くの人が集まっている。俺達はエルフ達に乾麺、固形スープの作り方などを教えた後、試食会を行う。


 それがまた大盛況でさ…… その場にいる全員がお代わりを求めてきた。

 俺達は講習会の講師から一転、ラーメン職人と化し大量のラーメンを作る羽目になった。

 みんなのお腹が満足したところで、前回俺のダンスを見ていた少女がやってきてダンスを教えて欲しいとお願いしてきたのだ。


 もうこうなりゃ何でもやってやるさ! 

 青空料理教室からダンス講習会に変わり、俺達は西の空が朱に染まる時までエルフ達と踊ることになった。


 楽しかった。けど、すごく疲れた……



 宿に帰るとフィオナは早々に寝てしまった。疲れてるんだろうな。お休みな。

 フィオナのおでこにキスをしておく。


「んふふ……」


 起こしちゃったかな? いや、寝てる。

 はは、寝言か。俺はフィオナの頭を一撫でしてから部屋を出た。


 まだ興奮が抜けないのか寝られなかった。

 食堂でワインを一杯貰い庭に出る。


 木々の間から月が見える。いい夜だ。

 ワインを飲みながら昼の出来事を思い出す。エルフ達は心から楽しんでくれたようだ。

 やってよかった…… スタンピードでみんな不安に思っているはずだ。明るい話題、楽しいことが今の彼らには必要だ。

 スタンピードが終わったらまた料理教室をしてもいいかな? 

 そんなことを思っていると俺を呼ぶ声が聞こえる。

 涼やかな声。アイシャだ。


「ライト様、少しよろしいですか?」

「アイシャか。今日はご苦労様。ラーメンを美味く作れるようになったみたいだな。大盛況だったよ」


「そうですね。次の世界に行ってもあの味を覚えていればいいのですが。ライト様、差し出がましいのですが苦言を申し上げます。フィオナ、あの者に注意しておいてください」

「どういうことだ?」


 何か思うところがあるのだろう。

 だがフィオナの何を注意しろと?


「フィオナは我々トラベラーが持っていない物を持っているのです。不完全ではありますが感情を持っています」

「それが何か問題か?」


「はい。大いに問題があります。我々は強いです。それは魔法、武技のことではありません。

 我々の一番の強みは恐怖を感じないこと。だからこそ強敵に臆することなく挑み、契約者の盾となることが出来る。恐らくですが、このままフィオナが感情を発露していけば恐怖を覚えるかもしれません。恐怖を感じトラベラーとしての責務を放棄するかもしれないのです。

 自らの命を惜しみライト様を危険に晒す可能性があるということです」


「なるほど。心配してくれてありがとう。でもある程度は自分を守る力はついたと思う。注意はするが気にし過ぎないようにする。すまん、一人にしてくれないか。少し考えたいことがある」

「仰せのままに……」


 アイシャは寝室へと戻っていった。


 俺はタバコを取り出し、火を着ける。

 深く吸い込んで紫煙を吐く。

 天に昇る煙を目で追いながら思う。


 そうなんだ。それは俺も思っていたこと。

 感情が発露し続ければそのうち恐怖を感じることもあるかもしれない。  

 でもその時は俺がフィオナを守ればいい。ただそれだけのことなんだ。

 フィオナには伝えてある。君を守りたいと。

 その言葉を実現すればいいだけだ。


 ワインを一息に飲み込む。

 少し眠気が来た。俺もそろそろ寝るか。

 寝室に行くとフィオナが寝息を立てている。

 いつも通り彼女の背を抱いて眠った……






 カーン カーン カーン……






 遠くで鐘が鳴っている…… 

 なんだうるさいな。まだ夜中じゃないか。

 イライラしながらもまた毛布を被る。






 カーン カーン カーン……





 またかよ……

 一体なんなんだ……

 ん? 鐘の音だと?


 これは…… 警鐘だ!


「フィオナ! アイシャ! 起きろ! 敵襲だ!」


 急いで身支度を整える。外に出ると……


「て、敵だ! 魔物が出たんだ!」

「武器を取れ! 子供は避難所に向かえ!」

「ママー! どこにいるのー!」


 真夜中にも関わらず多くのエルフで溢れかえっていた。

 その顔には恐怖の色が浮かんでいる……


「ライト殿!」

「カグファさん?」


 カグファがいた。俺を迎えに来たんだな。

 彼も悲壮な表情をしている。


「始まったよ…… 超大型のスタンピードが……」

「…………」


 来たか。夢見の通りだな。

 アモンめ。返り討ちにしてやる。


 もうすぐ夜が明ける。

 苛烈な戦いが始まろうとしている。



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