夢見術

 俺達は今、森の王国アヴァリの女王陛下が住む屋敷にいる。

 王女自ら淹れてくれた紅茶を楽しんでいたのだが、意外な展開になった。

 どうやら俺達は今日、ここに泊まることになりそうだ……


「王女様…… そんな恐れ多いこと出来ませんよ。泊りは勘弁していただけないでしょうか?」

「ふふ。気にしなくていいのよ。夢見術っていうのは占う対象が近くにいた方がいいの。いい夢を見て、そして思念が感じられる程近くに寝てる方が鮮明な未来が見えるから。だから気にしないでね」


 マジか…… カグファに助けを求めようかな。

 いや駄目だ。さっきからの会話を聞いている限りカグファは王女様の味方だ。そしてちょっと抜けているところがある。

 こんな天然に助言を求めても大した答えは返ってこないだろう。


 フィオナとアイシャはどうだ? 

 いや、もっと駄目だ。二人共さっきから黙ってボリボリと焼き菓子を頬張るのみだ。

 しょうがないか。ここは腹をくくろう。


「分かりました。それでは今日一日お世話になります。よろしくお願いします」

「やった! 久しぶりの外からのお客様ね。いっぱいお話しましょうね!」


 いやいや…… 目的が変わってるじゃないか。

 俺達は占ってもらうためにここに来たのだ。


「でも夜まで時間があるから…… そうだ! 昨日の夢のことから話すね。

 あのね、蝶が沢山飛んでいたの。蜜を吸ったり番を作ったりと、蝶はとても楽しそう。そこにね、蜂の大群がやってくるの。後ろには大きな鷹がいて、その光景を見ている。蝶は逃げ惑うわ。何匹か蝶は蜂に食べられてしまう。かわいそう…… 

 でもね。燕がやってきたの。三匹の凛々しい燕。三匹の燕は蜂をやっつけるわ。蝶達はまた嬉しそうに飛び回る。でも鷹がまだ残ってる。燕は鷹に向かって行くわ。そこで昨日の夢はお終い」


 ん? どういうことだな? ほんとに夢の話をされた。何か期待していたものと違う。

 もっと具体的なヒントとか俺がアモンに勝つとか良い結果を教えてくれるものだと思っていたのだが……


 微妙な顔をしているのがバレたのかリリ王女が笑いだした。


「あはは! そうその顔! 初めて夢見術の内容聞いた人ってみんなそういう顔するの。いい? 夢見術ってのはね、曖昧な未来視なのよ。この夢の場合蝶はエルフ、蜂は魔物。鷹はライト達が言っているアモンってやつね。燕はあなた達のことだと思う。

 夢見術はね、夢で見た生き物とかその状況を現実に当てはめて推測し、未来を伝えるのよ」


 未来視か…… これってとんでもない能力だろうな。カイルおじさんも情報一つで国が滅ぶことがあるって言ってたし。

 でも推測って言ってたから意外と当てにならなかったりして。


「王女様、この情報を本当に信じて大丈夫でしょうか? さっき推測するって言ってましたよね? それに夢見術が外れる可能性は?」


 失礼なことを言ってしまう。でもこちらも命がかかっているからな。

 聞けることは聞いておかないと。


「確実に言えることは蝶はエルフ、蜂は魔物で間違いないわ。スタンピードが起こる前に夢で見たの。蜂に追われる蝶の夢をね。見える未来も長くても数日先のものだし、夢によっては訳が分からず結果が分かってから、あぁこの事だったかなんてこともしょっちゅうよ。

 だから今日は貴方達を直接占わせてもらうわ。さっきも言ったけど占う対象が近ければ近いほど鮮明な未来が見えるから」


 そういうことか。なら夜まで時間を潰すか。俺達はお互いの話をする。王女……いや、リリ様は聖樹の巫女として数千年生きているそうだ。

 エルフの寿命が五百年前後と聞くから、この人は相当長生きと言える。

 何でも聖樹の加護を受けているそうだ。


 だが聖樹から離れると加護の効果は切れて一気に歳を取って死んでしまうらしい。

 加護っていうよりは呪いだな…… 

 

 かわいそうだと思ったがリリ様は別に気にしていないと言った。

 むしろ国民のために奉仕出来る時間が長くなって嬉しいと。強い人だ。


 長いことおしゃべりをしていると、窓の外は夕闇に包まれているのに気付く。  

 もうそんな時間か。


「ふふ。こんなに長いこと話したのは久しぶり。とっても楽しい。みんな、お腹空いてない? 私が何か作ってもいいけど…… 

 せっかくだし、外の世界のごはんが食べてみたいな。ライトはお料理出来る?」


 本来なら恐れ多くて女王様に料理を振る舞うなど出来ないが、俺達はすっかり打ち解けた。

 リリ様のために腕を振るうとしますか! せっかくだ。リリ様が食べたことが無い物を作ろう。

 俺は鞄から乾麺を取り出す。


「キッチンを借りますよ」

「いいわよ。何を作ってくれるの? 興味あるわ。作ってるところを見ててもいい?」


 リリ様と一緒にキッチンに向かい、鍋に水を張ってお湯を沸かす。

 これまたフィオナに作ってもらった固形スープをお湯の中に投入。そうだ、リリ様の口に合うものにしたい。

 スープをお玉ですくってリリ様に渡す。


「味見してもいいの? ふふ、ありがと」


 リリ様はフーフーとスープを冷まして、お玉に口を付ける。


「味はどうですか?」

「美味しい…… でももう少し塩気があった方がいいかな? そうだ! いい物があるの!」


 リリ様は戸棚から何か取り出す。

 壺だ。蓋を開けると中には塩が入っている。


「これはね、エリナっていう交易商が持ってきてくれた岩塩なの。ここから北に行ったグランっていう村で貰ってきたんだって。美味しくて、無くなる前にいつもエリナに注文するの」


 それって…… 俺がエリナさんに渡してた塩だよな。

 はは、そう言えばエリナさん言ってたわ。女王陛下のお気に入りだって。

 世界って狭いな。こんなところで俺とリリ様が繋がっていたなんてな。


 意外な繋がりを嬉しく思いつつ、調理を進める。

 調理といってもラーメンは簡単に出来る。

 麺を茹で上げ、野菜と肉をラーメンに乗せたら完成だ。


 リビングにラーメンを持っていく。アイシャは無表情だが、フィオナはいつものニコニコ笑顔。

 そしてリリ様とカグファは期待の表情でラーメンを待っていた。


「これは何ていう食べ物なの?」

「これはラーメンと言いまして、異界の食べ物らしいですよ。さぁ食べましょう。麺がスープを吸って伸びたら美味しくなくなってしまいますから」


 俺の言葉を皮切りに皆ラーメンを啜り始める。



 ズルズルッ

 ズズズーッ



 はは、すごい勢いだな。

 みんな美味しそうに食べてくれてる。


「美味しい! この麺っていう食べ物は小麦から出来てるのよね? パン以外でこんな使い方があったなんて…… 最高! カグファもそう思うでしょ!?」

「リリ様! これはアヴァリでも広めるべきです! ライト殿! 是非ラーメンの作り方をご教授ください! あと、お代わり!」

「ライト様。私ももう一杯お願いします。大盛で」


 嬉しいな。こんなに喜んでくれるなんて。

 アイシャは無表情だがお代わりを所望してるからな。気に入ってもらえたのだろう。

 結局みんな三杯お代わりをして手持ちのラーメンが無くなってしまった。

 また一から作らなきゃな。


 予想以上の楽しい時間が過ごす。再び紅茶とお菓子で益体も無い話をしていると眠気が襲ってくる。


「ふふ。それじゃ寝ましょうか。みんな、寝室に入って」


 さて、ようやく夢見術の出番か。リリ様はどのような夢を見るのだろうか。

 明るい未来を想像し、俺はベッドに入る。

 部屋にはベッドが四つあるのだが、フィオナは俺の隣に横になった。

 いやいや、さすがに恥ずかしいぞ……


「ふふ。仲がいいのね。羨ましいわ。それじゃお休みね……」


 リリ様が灯りを消す。

 お休みなさい……











 三時間後……


「で、次はどうなったの? 邪教が相手だったのよね? 全く許せないわね! 早く続きを話して!」

「は、はぁ……」


 リリ様が寝ない…… 

 興奮して寝られないというので今までの旅の話をしてあげた。

 話しているうちに眠くなると思った俺がバカだった。

 多分この人しばらく寝ないぞ。目が爛々と輝いているもの。


「俺達が見張りを倒したらですね…… 中から召喚の呪文が聞こえてきて……」


 やばい、俺が寝そうだ。

 隣からフィオナとアイシャの寝息が聞こえる。こいつら裏切りやがって。

 アイシャはともかくフィオナは喜びと怒りの感情が発露し、すっかり人間らしくなった。

 でもこういう空気を読んで相手に合わせるのは出来ないみたい。

 それをトラベラーに求める方が間違ってるか。


「リリ様…… もう限界です……」

「そんな~…… こんな面白い話の続きが聞けないなんて酷い! 生殺しよ! 根性出しなさい! 二、三日寝なくたって死なないわよ! ほら続きを話して!」


 俺は返事はしなかった。出来なかったんだ。だって寝ちゃったんだもん。

 もう無理。お休みなさい……




 




 ガチャ


 ん…… 

 誰かが寝室に入ってきた音がする……


「おはようございま……!? リリ様、相変わらず寝相が悪いんだから。ほら起きてください! 床で寝ない! 風邪ひきますよ!」


 カグファだ。

 寝ぼけ眼で床を見ると、確かにリリ様が床でグーグー寝ている。

 はは、この人一応女王陛下なんだけどな。


 それにしても…… ふあぁ。寝不足だ。リリ様も寝てるし、もう少し寝ててもいいかな……? 

 目を閉じると背中に抱きついてくる者がいる。フィオナだな。


 目を閉じながら寝返りをうつと…… 

 ん? 吐息が近い。朝からキスを求めてきたか? 

 しょうがないな。寝ぼけながらも口付けを交わす。

 おや? 唇薄くなったか? いつもの感触じゃない。

 それにいい匂いだけどフィオナの匂いじゃないな……


 ゆっくりと目を開け……!? 



「ん……」


 アイシャがいた。

 目を閉じて俺にキスをしている……


「ぷはっ! こら! コッソリ契約しようとするんじゃない!」


 無理やり口を離す。ヤバかった。今のをフィオナに見られたら…… 

 ん? そういえばフィオナはどこに行った? 

 辺りを見渡すと俺が寝ているベッドから落ちていた。そのまま寝てやんの。


「残念です。もう少しだったのに。でもなぜそこまで契約を拒むのですか? 今のライト様の力があれば契約しても何も危険はありませんよ。マナが使えるのですから」

「バレたらフィオナが怖いの! とにかく契約は無し! 分かった!?」


「仰せのままに」


 ふー、危なかった。

 声が大きかったかな? 

 リリとフィオナが起きてきた。


「ふぁー。よく寝たわ。また旅の話聞かせてね。そうそう。夢を見たわ。朝食の後に話しましょう。ふふ。いい夢だったわ!」


 リリ様はいい夢を見ることが出来たか。聞くのが楽しみだ。

 俺達は簡単に朝食を済ませ、リビングでお茶を飲みながらリリ様の夢見の結果を聞く。


 神妙な面持ちでリリ様が語り始めた。

 さて、どんな夢を見てくれたのだろうか。

 

「前に見た夢と少し内容が変わったわ。未来っていうのは一定ではないの。貴方達の存在を知らなかった時は蝶が蜂に食い殺される夢だけを見てた。貴方達の存在を知った後は燕が蜂を退治する夢を見た。そして今日の夢。いい? しっかり聞いておいてね。

 蝶が蜂と戦っている。その様子を見た燕は蝶と一緒に蜂を退治していく。少しずつ蜂の数は減っていく。燕と蝶の勝ちよ。少しの間、平和が訪れる。でも、ある時蜂が大群でやってくる。かわいそうに…… 蝶は怯えてるわ。鏡かしら? よく分からないけど強い光が見えたの。蜂は全滅したわ。鷹は傷ついて逃げていく。蝶は嬉しそうに飛び回るわ。とても嬉しそうに……」


 説明されなくても分かる。よかった。俺達は勝つんだ。でも鷹は逃げていくか。ここで決着は付けられないってことだよな。くそっ。仇を取りたかった……   

 いや、それは今じゃなくても出来る。今はエルフを守るのが優先だ。


「今の話を聞くと夢見の正確さが分かります。最初の部分は先日のスタンピードのはずです。ライト殿に加勢してもらい、勝利することが出来ましたからな。だが今後、あれ以上のスタンピードが発生するということ…… リリ様、軍に警戒するよう伝えます」

「そうね。お願い。そして…… ありがとうライト。きっと私達は救われるわ。どういう経緯になるかは分からない。でも私達にとっていい未来が見えた。

 お願い…… 私達に力を貸して……」


 リリ様が俺の手を取って懇願してくる。顔が近い…… 

 よく見てみるとすごい美人なんだよな、この人。ちょっと照れてしまう。



 ―――ゾクッ



 はっ!? 殺気!   

 後ろを振り向くずとも、殺気の主がフィオナだと分かる。


 怒るんじゃないよ。たしかにリリ様は美人だが、恋愛感情は持てないからさ。

 でもフィオナが怖いのでリリ様とちょっと距離を取る。


「も、もちろんですよ。だって俺達はそのために来たんですから。全力を尽くします」

「ありがとう! 救国の勇者よ!」



 ガバッ

 ギュゥゥゥッ



 リリ様が抱きついてきた! いけません! 一国の王女がそんなことをしては! 

 そしてフィオナ! 殺気を放つな! 


 怒るフィオナをなだめた後、俺達は宿に戻る。近いうちにアモンが現れるはずだ。

 警戒しておかないと……




◇◆◇



 カグファはリリの家の片付けをしている。リビングで使った毛布をたたんで寝室に戻す。

 アヴァリ三将軍の一人ではあるが甲斐甲斐しくリリの世話を焼く。彼は嬉しそうに部屋の掃除を始めた。


「いやー! 素晴らしい! これで我らエルフは救われますな! おや? どうしましたリリ様。ご気分が優れないので?」


 リリは机に突っ伏している。

 泣いているのだ。

 背中が震えわせ、鼻をすする。


「リリ様! どうしたのです! 何か失礼をしたでしょうか!?」

「グスッ…… 私って卑怯よね。自分達の幸せしか考えていない。ほんとはね、夢見の結果で伝えてないことがあるの……」


「お聞きしてもよろしいでしょうか…」

「うん、聞いて…… こんなの一人では抱えきれない…… 

 蝶と燕が蜂を退治し、鷹が逃げるのは本当よ。でもね、続きがあるの。鷹との戦いでね…… 燕が二羽死ぬの……」


「ライト殿達が? 二羽の燕が誰だか分かりますか?」


 リリは涙を拭きながら顔を横に振る。


「分からないの。でも誰かが死ぬのは間違いないわ。ごめんなさい…… ライト、ごめんなさい……!」


 リリはカグファに抱きついて大声で泣きだす。


 カグファは思う。リリの判断は正しいと。

 ここで真実を話すことはライト達がアヴァリから撤退する可能性を示唆する。  

 もちろんこの結果を聞いても尚、戦うことを選ぶかもしれない。

 しかし、この状況において不確定要素は徹底的に省くべきだ。


 そして彼らの力はスタンピード鎮圧にとって必要不可欠だ。今彼らを失うわけにはいかない。

 汚名は私が引き受けよう。戦いが終わりライト達がエルフを恨むのであればこの首を差し出そう。

 リリを抱きしめつつ、カグファは心に誓った。

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