アヴァリ 其の三

 アヴァリ入国二日目。

 外から鳥の声が聞こえ、爽やかな朝を迎える。

 窓を開けると……空気が美味い。

 王都より濃い感じがする。


 ベッドではフィオナがスヤスヤと寝息を立てている。

 起こさないようゆっくりと部屋を出て外に向かう。

 朝の空気を吸いたくなったんだ。ついでに一服も…… 


 宿の庭に出るとアイシャが宿の庭の木に耳を当てて何か呟いている。

 何をしてるのだろうか?


「おはようアイシャ」

「…………」


 答えない。無視されているようで少し悲しくなった……


「おや? ライト様ではありませんか。失礼、今精霊の声を聞いていました」

「精霊? そういえばフィオナも精霊の声が聞こえるって言ってたな。なんて言ってるんだ?」


「怯えを感じます。代行者が近いのでしょう」

「代行者か。この世界ではアモンのことだよな。アイシャは他の世界の代行者を覚えているのか?」


 フィオナ達は三千世界の旅人トラベラーだ。

 他の世界でも俺と同じような者がいるらしく、俺を含めた契約者を支えているそうだ。

 つまり契約者がいるということは代行者もいる。


「ある程度は。代行者の姿は様々です。竜、人狼、リッチ。アモンと呼ばれる代行者も他の世界で見たことがあります。

 ですが、どのような理由で彼らが出現するかは分かりません。恐らく彼らと戦ったこともあると思います」


「だが詳しくは覚えてないと。転移する度記憶を失う……んだっけ? 大変だな、トラベラーって」

「そう思ったことはありません。記憶を失くしても私達がやることは変わりませんので。ところでライト様、本日のご予定は?」


 と無表情でアイシャは訊ねてくる。

 自分の置かれている立場を不幸だとも思っていないのだろう。

 むしろそれがトラベラーの存在意義だって言ってたし。

 今日の予定か。確か……

 

「カグファさんが迎えに来るって言ってたな。どこに行くかは聞いてないけど。時間までゆっくりするさ」

「そうですね。では私はもう少し精霊の声を聞いておきます」


 アイシャは再び木に耳を付けて精霊の声を聞き始める。

 宿屋の女将さんが怪訝そうな目で俺達を見ていた。

 危ない人と思われてるかもしれない。

 

 簡単に一服してから中に戻ると、ロビーのソファーにカグファが座っていた。


「おはようライト殿! すまんが今日は付き合っていただきたい所がある。我が主に会っていただきたい」

「大丈夫ですよ。でも主って、まさか……」


「そのまさかだ。王女リリ。この国の象徴であり、聖樹の巫女でもある」


 王女!? 一介のギルド職員が会っていい相手ではないよな。

 何か失礼があってもいかん。出来ればお断りしたい。


「俺なんかが恐れ多いですよ。俺は加勢に来たのであって謁見に来たのではないので……」

「はは、そんなにかしこまる必要な無いさ。リリ様は王女ではあるが、巫女としての役割が多い。

 彼女は夢見術師でね。その力を以って我々に助言をくれるのさ。政治にはあまり関わらない。大臣に任せっきりだよ。それにリリ様が是非ともライト殿に会いたいと言っている。頼む。一緒に来てくれ!」


 王女様のリクエストか。これは行った方がいいだろうな。

 それに気になる言葉が。夢見術か。どういった能力なのだろう。


「夢見術師? 初めて聞きますね」

「詳しくは会って話すといいだろう」


 占い師みたいなものかな? ちょっと興味がある。


「分かりました。支度を整えて来ます」


 俺達は王女様に会いに行くことにした。

 正装用の服なんて持ってきてないが、大丈夫かな?

 心配だったのでカグファに聞いてみた。


「すいません。この服で謁見なんて、俺達失礼じゃありませんか?」


 俺は真新しいシャツにパンツ。

 フィオナはいつものローブ。

 アイシャはノースリーブのシャツに膝上までのスカート。

 今から遊びにいくみたいな恰好だ。やっぱり心配だ……


「ははは、そんな顔をしないでくれ。大丈夫だ。体面を気にする方じゃないよ。そうだ。これは言っておくか…… 

 今朝彼女は夢を見たようでね。とてもいい夢だったそうだ。詳しく占ってみたいと仰られてね。今日は女王に謁見というより占いに行くと思ってくれ。だから気楽にな」


 カグファはあんなこと言ってるけど、王女様に会うという事実には変わりない。

 うぅ…… お腹が痛くなってきた……


「大丈夫ですか? mastdalma超回復



 パァァッ

 


 優しい光が俺を包む。フィオナが回復魔法をかけてくれた。

 しかし精神的なことが原因の痛みだと回復魔法は効果が無いようだ。

 お腹はまだ痛いが心配をかけてはいけないな。


「ありがと。もう治ったよ」

「んふふ。よかったです」


 この笑顔を見ると少し気が楽になるな。

 フィオナがそっと手を繋いできた。

 少し恥ずかしかったが、そのまま行くことにした。



 宿から一時間程歩くと町の中心に着く。

 この都は王都より少し小さいか。

 アヴァリは城壁に囲ませており、東西に五キロ、南北に五キロってところかな? 

 中央にはこの国のシンボルである聖樹がある。

 

 その大きさは……でかい。圧倒される。

 幹の直径は百メートルを超えているかもしれない。

 それが天高くそびえ立っている。


 その麓に少し大きめなお屋敷が一件。

 まさかここに王女が? 王宮じゃないのか? 

 そういえばこの国って城が無い。城壁があるのに城が無いってどういうことだ? 

 驚く俺を見てカグファが笑う。


「ははは! ここがリリ王女の住まいだ。小さくて驚いたろ? 王女の命令でね。私一人のために城など不要とおっしゃるのさ。税金の無駄遣いだとさ」


 なるほどね。平和な街に良い統治者か。

 エリナさんが必死になって守るわけだ。


 カグファに連れられ、屋敷の中に入る。玄関を抜けリビングに入ると…… 

 そこには一人の女性が。


 エルフは総じて金髪が多い。しかしこの人の髪は緑だ。

 新緑の色。綺麗な緑だ。華美な服装ではなく、白のワンピース。年齢は二十代のように見える。

 とは言ってもエルフの年齢なんか分からない。きっと長いこと生きているんだろう。


「リリ様、お連れしました。こちらが昨日報告いたしましたライト殿、後ろに控えますはトラベラーのフィオナ殿、アイシャ殿です」

「カグファ、ご苦労様。そしてようこそ救国の英雄達よ。歓迎しますよ。カグファから聞いていると思いますが、私は王女であり、夢見術師でもあります。今日はそのことでお話があります」


 王女は微笑みながら挨拶をする。慈愛溢れる微笑みを湛えて。

 国のトップなんだから威厳タップリな感じを想像していたが、この人から感じられるのは優しさだ。


「ふふ。緊張してるわね。大丈夫よ。今日は貴方に話を聞きたいだけだから。座ってちょうだい。お茶でも淹れるわ。カグファも飲む?」


 王女様自ら? 恐れ多いよ…… 

 でも彼女の自然な立ち振る舞いのおかげか、緊張の糸が解れているのに気付いた。


「はい、いただきます。リリ様、高い紅茶にしてくださいよ。戸棚の奥にサヴァント産の最高級の茶葉があったでしょ。あれが飲みたいです」

「ふふ、贅沢ね。いいわよ。せっかく大切なお客様が来ているんですもの。座って待ってなさい」


 王女は笑顔を残し、キッチンに消えていく。

 それにしてもカグファとのやり取りを見ると、まるで友達の家に遊びに来ているみたいだ。


「ずいぶん気さくな方ですね……」

「だろ? だから言ったんだ。緊張する必要は無いってね」


 しばらくすると王女はティーポットと焼き菓子を持って戻ってくる。

 お茶をカップに注ぐと芳しい香りが部屋に漂う…… 


「ふふ、いい香りでしょ。どうぞ」


 王女は俺の前に紅茶を差し出す。それを受け取って一口。

 芳醇な香りが口の中に広がる。美味い…… 


「美味しいです……」

「そう。良かったわ。美味しいお茶はね、安眠効果があるの。今日はいっぱい飲んでいい夢を見てね。そうすれば私の夢見術も鮮明な未来を見ることが出来るから」


 ん!? これはどういうことだ?

 今の言葉から察すると……


「あの…… もしかして俺達は今日、ここに泊まるんですか?」

「そうよ。あれ? カグファから聞いてないの?」


 俺はカグファに抗議の視線を送る。


「いや、言っただろ? リリ様に占ってもらうって。まぁ、どうやって占うかは言い忘れたが…… 細かいことを気にしては駄目だぞ。今日は友人の家に泊まりに来たと思って楽しんでくれ!」


 おま…… エルフってのはもっと繊細な種族かと思っていたが、こんなのもいるんだな…… 



 俺達は急遽、王女の家に一泊することになってしまった。



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