アヴァリ 其の二

 森の王国アヴァリ。

 その名の如く、都には多くの木々が生い茂っている。

 しかし石造りの城壁、整備された道、漆喰で塗られた家屋、王都に勝るとも劣らない文明度の高さが窺える。


 そういえば他の国に来たのってこれが初めてだ。

 何だか楽しくなってきた。

 おっといかん、俺はスタンピード鎮圧の加勢に来たんだった。

 遊びに来たんじゃないぞ。


 でもこんな機会滅多に無いんだ。

 少しぐらい楽しんでもいいかな?


 アヴァリの将軍、カグファは俺達を宿に案内してくれた。

 部屋に入るとカグファは堰を切ったように笑いだす。


「ははっ! 興奮しているようだ! 大いに結構! これから私は君達の報告をしにいかなければならん。一番いい宿を取っておいた。今はそこを拠点としてくれ」


 うわ、ソワソワしてたの気付かれたか。

 ちょっと恥ずかしいな。


「あ、ありがとうございます。でも正直嬉しいです。すいません…… こんな緊急時に不謹慎ですよね?」

「君達を咎めるものなどいないさ。少なくとも私達の中にはな。すまん、私はそろそろ行かないと。今の内に聞きたいことはあるか?」


「それではお言葉に甘えて…… 少し都を見てみたいのですが、大丈夫ですか?」

「構わない。女王陛下に報告するのにも時間がかかるからな。だが明日は私に付き合ってもらうことになるはずだ。宿に迎えに行く。ではな! 今日はしっかり楽しんでくれ!」


 カグファは馬に乗って去っていく。

 向かう先は…… 凄まじく高い大木が町の中央に見える。

 あそこに女王陛下がいるのかな? 


 さて俺達は都でも見に行くか。

 と思ったが、アイシャは宿に戻っていく。


「行かないのか?」

「はい。次の戦いに備えて矢を作っておきたいので。私は武器は大弓ですが、矢に一本一本付与魔法をかけているのです。それにはある程度時間が必要でして」


 なるほど、あの異常な威力は付与魔法の効果だったのか。納得だな。


「そうか、分かった。それじゃ俺達は行くよ」

「お気をつけて」


 無表情のまま、アイシャは宿に戻っていく。

 むぅ、つれないなぁ。

 違うか。あれが普通のトラベラーだ。

 むしろフィオナが例外なのだろう。


 さて行くか。フィオナと二人…… 

 これはデートなのか?

 ふふ、たまにはいいだろ。


「せっかくだ。観光に付き合ってくれる?」

「はい」


 町に向かい歩き出すと……


 

 ギュッ



 え? フィオナが手を繋いでくる。

 彼女と手を繋ぐのは初めてではない。

 だが繋ぎ方が違う。

 指を絡ませるように…… 恋人繋ぎってやつか?


 俺は照れを隠しながら手を都を歩く。

 一時間もすると繁華街らしきところに着いた。

 こういう場所の活気はどこも変わらない。商店が立ち並び、歩く人に向かって商品を勧めている。

 露店も出ており美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ふふ、楽しいな。

 ふと俺達を呼び止める声が聞こえてきた。


「おや、珍しい! 異人さんだね。よかったらアヴァリ名物のフリットを食べておいき。おまけするよ!」


 露店のおば……話し方はおばちゃんだが、見た目は完全にお姉さんだ。

 きっと中身はいい年のお母さんなんだろうな。

 二十代にしか見えない。エルフ恐るべしだな。


 それにしてもフリットか。どんな食べ物なんだろ?


「こんにちは。美味しそうですね。フリットってどういう料理ですか?」

「食材を油で揚げるのさ! うちは芋のフリットが人気でね! 芋に衣をつけて油で揚げるのさ。この衣が大事でね。卵の白身をよく混ぜるんだ。そうするとね。メレンゲってやつが出来る。これに味をつけて衣にするのさ。簡単だけど美味しいよ!」


「じゃあ二人前お願いします!」

「千オレンでいいよ! おまけしといたからね。熱いから気を付けなよ!」


 フリットを受け取り、近くの広場で食べることに。


 一口齧ると……

 熱い! でも美味い! 

 これはいいな。でも油が大量に必要だから自分達では作れない。

 くそ、この味を知ってしまったらまたここに来たくなってしまう……


 作り方を学んで脳筋……いや、オリヴィアに教えるか。そうすればまたフリットが食べられるな。

 ちなみに銀の乙女亭はフィオナが教えた異世界の料理のおかげで売上が右肩上がりだそうだ。

 忙しくなって困るとオリヴィア夫妻が笑いながら俺に文句言ってきたもんな。


 横を見るとフィオナが食べながら自分に回復魔法をかけていた。火傷したのかな?

 そしてまたフリットを齧る。


「んふふ。美味しいですね」


 と笑顔になるフィオナ。かわいい…… 

 やはり笑顔がよく似合う。

 そして独特の笑い方。慣れたものでこの声を聞くと安心するようになった。


 それと不思議なことなんだか、フィオナの笑い声を聞くと懐かしさを感じるんだよな。  

 何でなんだろ? 親戚にこんな笑い方をする人がいたのだろうか?


 食べ終わって惚けていると広場の片隅から音楽が聞こえてきた。

 五人の楽団が音楽を奏で歌っている。吟遊詩人だろうか。  

 通行人が足を止め手拍子を叩きながら音楽を楽しんでいる。


 平和だな…… いい町だ。エリナさんが必死で守ろうとする理由が分かったよ。



 スクッ


 

 ん? フィオナが立ち上がり、俺に手を伸ばす。


「踊りませんか?」


 誘ってきた……

 ふふ、このお誘いを断るほど無粋じゃないよ。ちょっと恥ずかしいけど。


 楽団が奏でるこの曲は……三拍子だな。

 ならワルツだ。

 俺はフィオナの手を取る。


「喜んで。ステップはフィオナに任せるよ」


 曲に合わせて踊りだす。

 まずはナチュラルターンからアウトサイドチェンジ、またナチュラルターンからのアウトサイドチェンジ。  

 広場を大きく使う動きだ。

 通行人が手拍子を止めこちらを見始める。


 オープンインピタスターン。  

 進行方向は広場の中央だ。

 エルフの少女が頬を染めてこちらを見ている。

 ははは、後で教えてあげようかな。


 次はリバースウィーブ…… 

 気持ちいいな。派手さはないステップだけだ。ゆっくりダンスを楽しみたいんだろう。

 いいよ。俺もだ。


 ホイスクからシャッセ。夫婦か恋人同士か分からないが男女が肩を組んで俺達を見ている。そしてまたナチュラルターンへと続く。


 落ち着いた曲にあった構成だ。フィオナも上手くなったなぁ…… 

 そりゃ時間が出来たらダンスに行ってたもんな。


 曲が終わりに近付いてる。最後は…… 

 コントラチェック。反対側に大きく仰け反る。


 そして曲が終わり体を戻すと……



 パチパチパチパチパチパチパチパチッ



 広場は大きな拍手と歓声に包まれる

 て、照れるな。

 俺達を囲うようにエルフ達が集まり……


「お兄ちゃん! 今の人族の踊り!? かっこいい!」

「すごかった! よかったら教えてくれ!」

「長いこと生きてるけどこんな素敵な踊りは初めてみたよ!」


 口々にダンスを称賛してくれる。

 ははは、いいともさ。喜んで教えよう。

 俺もエルフには恩があるからね。

 少しの間ではあるがダンスの講習会が始まった。

 広場いっぱいに広がってエルフ達はダンスを始める。

 ぎこちないステップだが、みんな笑顔だ。


 俺達は日が暮れるまで躍り続ける。

 ダンスに満足したのか、笑顔で解散となった。


 ふぅ、楽しかったな。俺達もそろそろ帰るか。

 もうすぐ夜が来るし、明日はカグファが迎えに来るって言ってたしな。


「フィオナ、帰ろうか」

「…………」


 黙ったままだ。

 なんか怒らせたか?


「どうしたん……? ん……」



 ギュッ

 チュッ……



 そのまま抱きつかれキスをされた?

 フィオナが自分からキスを?

 初めてだ。今まで彼女からキスをしてくることなんて無かったのに。


 少し長めのキスは続き、ゆっくりと口が離れる。

 フィオナは笑顔で……


「んふふ。帰りましょう」

「あ、あぁ……」


 意外なことに驚いたが、これは嬉しい変化だ。

 ふふ、まるで普通の女性のようだ。


 俺達は再び手を繋いで宿に戻る。

 家々からは明かりが漏れ、楽しそうに食事をする声が聞こえてくる。


 平和だな……


 王都と変わらない平和がここにもあった。

 この平和を守らなくちゃ。


 戦う理由が一つ増えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る