アヴァリ 其の一

 ―――チュンチュン



 鳥の声で目を覚ます。うぅ、寝不足だ。

 昨夜はフィオナがガッチリ抱きついてきたせいでほとんど寝られなかった。

 眠気覚ましに一服するかな。

 テントを出ると……


「ライト様、おはようございます」


 アイシャが起きていた。

 彼女は俺が知る三人目のトラベラー。

 可憐な見た目とは裏腹にごつい弓を難なく引き放つことが出来る。

 細い腕だが、腕力はオリヴィア以上なのだろう。


 アイシャとは昨夜知り合ったばかりだ。

 この子の加入は大きな戦力増強に繋がる。

 彼女の弓の威力はフィオナの魔法並みに強力だ。


「アイシャ、おはよ…… うわっ!?」



 ギュッ!



 突然後ろから抱きつかれた!? な、なんだ!?

 振り向くと…… 


「…………」


 フィオナが怒った顔をしている。

 おいおい、一体どうしたんだよ。

 昨夜から様子がおかしい。

 突然怒鳴ったり、無言できつく抱きしめられたり。


 しばらくすると、きつめの抱擁から解放してくれる。

 まだ表情から怒りが消えていない。

 爽やかな朝なのに、空気が重い……


「ご、ごほん…… それじゃ、今から森に入る。アイシャは弓以外に武器を持ってるか? もし持ってなかったらダガーを一本渡す。俺が千里眼を使いながら前衛を務める。二人はフォローを頼む」

「かしこまりました。予備武器として短剣を持っているのでご心配無く」

「ライトさんは私が守りますから!」


 フィオナの機嫌が悪い…… 

 気になりながらも俺達は森に足を踏み入れた。



◇◆◇



 ザッザッザッザッ

 ペキッ バキッ



 木々を掻き分け、江田を踏みしめ森を歩く。

 森というのは不思議で、真っ直ぐ歩いているつもりでも次第と右、左と逸れていき気付けば同じところグルグル回っていることがある。

 森で遭難するのはこれが多くの理由だ。

 俺は狩人だったのでその心配は無いが、一向に到着する気配がないので少し心配になる。


 クルルには入り口で待っているよう伝えてある。

 空を飛んでいけば狙い撃ちにされるからな。

 今から戦地に行くわけだし。


 それにしても会話が無いから辛いな…… 

 先程からフィオナは一言も発していない。

 無言で俺の後ろを歩いている。


「少し休もうか」

「仰せのままに」

「…………」


 俺達は小休止を取ることに。近くに魔物はいないので、少しゆっくりしても大丈夫だろ。

 千里眼は半径百メートルに絞って発動している。

 広範囲をカバーするのも便利なのだがこのような閉鎖空間ではこれぐらいがちょうどいい。

 魔道具のコンパスもあるし、道に迷うことはないはずだ。


 突如アイシャが紅茶の入ったカップを置き、長い耳をすます。

 どうした?


「ライト様、音が聞こえます。ここから西…… 少し遠いです」


 千里眼の効果範囲外で何かあるのか。

 もう少し範囲を広げてみよう。


「フィオナ、周辺警戒を頼む。千里眼の効果を広げる間、俺を守ってくれ」

「はい」


 フィオナは俺の前に立つ。杖を構え、いつでも魔法を放てるように。

 これで安心して千里眼を発動出来る。


 俺は両の眼にオドを流す。

 いつものように視界は開け、その中にいる全てのものを見通す。

 アイシャは西って言ってたよな。

 その方角には……


 いた! オークの大群だ! 

 その他に見えるのは…… 砦だな。

 オークは壁を壊そうと武器を振るっている。数は分からないが、とにかく多い。

 それを防ごうと応戦しているのはエルフだ。

 必死に剣を振るい、弓を放つ姿が見える。


 だが戦況は不利のようだ。

 押されているように見える。

 このままでは…… 

 千里眼を解除する。


「二人共! ここから西に進めばアヴァリに到着する! だが行った先にはオークがいる! 数が多い! 助けるぞ! まずは遠距離から数を減らす!」

「はい!」

「仰せのままに」


 二人は頷く。

 俺には呪いがかけられている。

 アモンにかけられた呪いで、魔物の注意を引いてしまうものだ。

 見つかれば俺目掛け襲いかかってくるだろう。

 そうなれば作戦も何もない。

 とにかく見つかる前に数を減らす。


 よし、行くぞ! 

 言葉も無く俺達は走り出す!


 現場にはすぐに到着。

 目の前には王都よりも高い城壁が見える。

 凄いな。文化水準は王都より高いのかもしれない。


 だがその城壁もオークの度重なる攻撃でボロボロになっている箇所がある。

 城壁が破られれば数千を超えるオークがなだれ込んでくることに…… 


 そうはさせるか! 

 俺とアイシャは弓を構える。

 フィオナはお得意の魔法だ。

 

 各々準備が整う。

 いくぞ! 戦闘開始だ!


「撃て!」

「はい」

maltaηfremeaщ火球!】



 ビュオオッ

 シュンッ

 ゴゥンッ



 俺は殺傷力を上げるため二本同時にマナの矢を創造する。

 この矢は少しだけ目標を追尾するようだ。

 オークの脳天と喉に狙いをつけて放つ!



 ドシュッ



『ブォォッ!?』


 命中。狙い通りだ! 

 横にいたオークが俺の矢に倒れた同胞に目を向けるが…… 



 ドゴォンッ!



 その瞬間にオークの体が消し飛んだ。アイシャの矢だ。

 戦闘では初めて見たが、やはりこの子の攻撃力は桁違いだ。

 大魔法並みの一撃が一本の矢に集約される。

 遠距離では絶対俺より強いな。

 仲間にしてよかったよ。


 フィオナは火球を連射し、次々とオークの燃やしている。

 彼女にしては地味な魔法だがこの場面では効果的だ。

 エルフへの誤爆を避けるため、威力が低く、連発出来る魔法を選んだのだろう。

 ふふ、安定した強さだな。流石だよ。


 それにしても数が多い。この数分で百体は倒してるんじゃないか? 

 減っている気がしないよ。


 ん? オークの鳴き声の中に混じるエルフの声が聞こえる。

 どこだ? 辺りを見渡すと…… 

 いた! 城壁の上だ!


「おーい! あんたら味方かー!? 助かるよ!」


 と手を振る者がいる。

 おいおい、攻撃の手を緩めるんじゃないよ。


「アルメリアから来た! 自己紹介は後でな! 手を休めるな! 撃ちまくれ!」

「分かった!」


 救援が来たことを知ったエルフ達はにわかに活気付く。

 少し流れがが変わったな。

 城壁の上からの攻撃の勢いが増した。



 ヒュンッ ヒュヒュンッ!

 ゴゥンッ!



 エルフの矢と魔法がオークに降り注ぐ!


『ブモォ!』

『ブッ!?』


 バタバタとオークは倒れていく。

 不利だと思ったのか、オークは踵を返すが…… 


 オークと目が合った。やば、見られたか。

 ここにいる全てのオークの視線が俺に突き刺さる。

 アモンにかけられた呪いの効果が発動したみたいだな。


「ライトさん! 来ます!」

「大丈夫だ!」


 全身に力を込める。

 視界から色が消えていき、最後は白黒の世界になる。

 オークの動きが緩慢に感じる。

 高速回転クロックアップを発動した。


 次はマナの剣だ。ダガーにオドを込めると赤い刀身を持つ刃が伸びる。



 ―――ブゥン



 これで準備は整った。

 オークは目の前に迫っている。ふざけた呪いだが今は好都合だ。

 これで城壁が破られることは無いだろう。俺が死なない限りな。


 オークの棍棒が大上段から振り下ろされる。避けてから一匹目。よかった。これでエルフ達を、二匹目。救える。俺はフィオナ達が援護しやすいよう、三匹目。ある程度射線から外れるように戦う。四匹目。それを察した彼女らは俺から遠い位置にいるオークを、五匹目。自慢の魔法、武器で退治していく。このままオークの数を減らし続けよう。六匹目。そうすれば俺達の勝ちだ。


 流れるような思考の中、俺は無心でオークを狩り続ける。

 フィオナ、アイシャも休むことなく攻撃を続ける。


 

 ザクッ ドサッ

 ドシュッ ドサッ

 シュパッ ドサッ



 斬っては捨てるを繰り返す。

 どれくらい経ったのだろうか? かなり長い時間剣を振り続けている気がする。


 ふと上を見上げると、いつのまにかエルフ達は攻撃の手を休め俺達の戦いに見惚れているのが見えた。


 こらこら、さぼるんじゃない。

 でも残りは数百匹。

 ここまで来たら負けは無いだろう。

 最後だ。まとめて殺すか。


 マナの剣はある程度形を変えることが出来る。

 やってみるか。



 イメージする……



 横薙ぎと同時に剣閃を飛ばすが如く……



 斬馬刀ってあったよな。あの数百倍は長いイメージで……



 俺は剣を横に構え、そして……



 ―――フォンッ



 一閃。マナの剣を振り抜く。

 光の斬撃がオークを襲う。



 ドシュシュシュシュシュシュシュシュッ



『ブォッ……』

『ゴボッ……』


 俺の斬撃を食らった全てのオークはごぼりと血を吐いて倒れこむ。

 それと同時に奴らの体は二つになった。

 終わったな。身体強化術を解除すると……


 感情が戻ってくる。高速回転中は冷静になってしまうからな。

 目の前には数千を超えるオークの死体。

 うわ、これを俺が倒したんだ……

 加護と祝福を下さった女神様に感謝だな。

 

「ライトさん、お疲れ様です。すごいですね、ほとんど一人で倒してしまいました」


 とフィオナが話しかけてくる。

 ふふ、俺だけではこうはいかなかったさ。


「フィオナもすごかったよ。俺が倒したってのも結局は魔物の注意が俺に向いたってだけなんだ。

 でもオークってBランク以上の討伐対象だったよな? そしてこの規模のスタンピード…… 戦争以上だな」


 俺の心配を他所に、エルフ達が歓声を上げながら城門を開く。

 

「ありがとう! あんたら命の恩人だよ!」

「そっちの魔術師さん! 可愛い顔してあの魔法はなんだい!? 大魔導師なのかい!?」

「あんたダークエルフか!? 珍しいな! それと、すごいなその弓! バリスタかと思ったよ!」


 口々に俺達の活躍に称賛を送ってくれる。だが次に聞こえてきたのは……

 

「静まらんか! 全く騒がしくてすまんな。私はアヴァリ三将軍の一人カグファ。」


 大声を出して現れたのは……二十代の青年のようだった。

 だが話し方に貫禄がある。

 将軍って言ってたしな。

 彼に話を通してもいいだろう。


「お初にお目にかかります。アルメリア王国からギルド職員として派遣されてきました。ライトと申します。エリナというエルフから紹介状を預かっております。 

 どこまで出来るか分かりませんが加勢に参りました! しばらくこの国の庇護下に入りスタンピード鎮圧の助けとなるよう力を尽くすつもりです!」

「エリナが? あのイタズラ者め。それにしても加勢か…… ほぼライト殿が倒してしまったようだが。ははは! これは嬉しい! このような強者が来るとは! でかしたぞエリナ! 

 皆、まだ戦いは終わっていない! 数は少ないが一騎当千の加勢が来た! この戦い勝つぞ! 声を出せ! 今は勝ち鬨を上げろ!」



「「「うおおおおおおっーーーー!」」」



 エルフの細い見た目とは思えないほどの勝ち鬨が響き渡った。

 よかった。初戦は俺達の勝ちだ。士気も上がったようだ。



 その後、俺達はエルフの都アヴァリに入る。

 森の王国とは言ったものの、都は王都以上の建造物で溢れかえっていた。

 美しい花は咲き誇り、都の中央には天に貫くかのように高い木が。


 すごい。

 これがアヴァリか。


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