アイシャ
「初めまして契約者様」
目の前のいるエルフはトラベラーだ。間違いない。
表情も無く俺に挨拶をする。全裸でだ。
フィオナもそうだったがトラベラーは羞恥心が薄い……というか無いんだろうな。
俺は彼女を見ないように顔を背ける。
「とにかく何か羽織ってくれ。このままじゃ話も出来ん」
「ご命令とあらば」
見ないようにはしていたが目に入ってしまった。綺麗な体だった。
長いまっすぐな金髪に細い手足、折れてしまいそうなほど細い腰、胸は大きくなかったが、全体的に整っている。
この体型にはちょうどいい大きさだな。
着替えが終わってエルフ……いや、トラベラーの女は俺の前で跪く。
「お待ちしておりました。トラベラーとして貴方の支えとなりましょう」
「…………」
どう判断すればいい?
理由は分からないが、トラベラーは俺を【契約者】として認識している。
俺自身、契約者が何なのか分からないが、とにかく彼等は俺を支える存在なんだそうだ。
ここでトラベラーに出会うことは想定していなかったが、彼等は一騎当千の強者だ。
これから大きな戦いがある。
純粋にこちらの戦力が上がるのであれば……
「分かった。では俺のことはライトと呼んでくれ。あんた、名前は無いんだよな。とりあえず場所を移そう。ついてきてくれ」
「分かりました」
トラベラーの女は弓を担いで……
ズシャッ
って、この弓は……
彼女の伸長より大きいんじゃないか?
こんな大弓、見たことが無い。
こいつ、どんな戦い方をするのだろうか?
俺達は言葉を交わすことなく、野営をしていた場所に戻ってくる。
「ライトさん、どこに行っていたんですか?」
俺を見つけたフィオナが声をかけてきた。
その顔は…… 少し怒ってるかな?
謝らないと。
「すまん、少し歩いてきた。それと…… 彼女に出会ってね」
「出会う? 誰に…… あぁ、同胞ですか」
フィオナもトラベラーの女に気付いたようだ。
表情から怒りが消える。
冷たい眼差しで女を見つめていた。
それはエルフの姿をしたトラベラーも同じなのだが。
「初めまして同胞よ。この地で代行者のオドを感じました。私も今から
「…………」
フィオナは何も答えない。
重苦しい空気が流れる。
どうした? 何故かフィオナの様子がおかしい。
少し話題を変えよう……
この重い空気には耐えられそうにない。
そういえば初めて聞く単語が出てきたな。
「フィオナ、代行者ってなんだ?」
「代行者ですか。契約者と対をなす存在です。契約者と代行者は必ず対峙する運命にあります。つまり代行者を追えば必ず契約者に出会うことが出来るのです」
代行者と対をなす存在?
そして代行者を追えば契約者に会える。
つまり…… いや、その通りなんだろうな。
「アモンのことだな。フィオナも代行者のオドを辿り、俺に出会った。そうだな?」
「はい」
そうして俺はフィオナに出会い、そして今回はエルフの姿をしているトラベラーに出会った。
分からないことが多すぎるが、考えてもしょうがない。
俺がアモンを殺すことには変わりはないからだ。
だったらやることは一つ。
俺はトラベラーに話しかける。
「なぁ、あんたは俺に協力してくれるんだろ?」
「その為にこの地に参りました。それが私達の存在意義です」
「分かった。これからもよろしく頼む。あんた…… いや、名前が必要だよな……」
「名を頂けるのですか?」
そりゃそうだろう。名無しじゃ呼び辛いし。
仕方ない。三回目の名付けだな。
シグと時はあっさり決まったけどこの子はどうしようか。
なるべく覚えやすく、この子の見た目にふさわしい名を付けてあげよう。
彼女の顔をジッと見つめる。
可憐だ…… 見惚れてしまう。
エルフは人族からみても美男美女揃いだ。
それにトラベラーのミステリアスな雰囲気が加わる。
人ならざる美しさだ。
付けるなら花の名前だな……
これだろうな。
「お前さんの名はアイシャだ。これでいいか?」
「ありがとうございます。今日から私は
彼女の持つ褐色の肌。そして麗しい姿。
花に例えると
本人も気に入ってくれた……はずなので、アイシャで問題無いだろ。
「よろしくアイシャ。それにしても君の武器はすごいな。そんなでかい弓を引けるのか? ちょっと貸してくれ」
「どうぞ」
アイシャから弓を受け取る。
同じ弓使いとして彼女の持つ武器に興味が湧いてしまったのだが……
それにしてもでかい。
グッ ググッ……
構えて弓弦を引……けない!
なんだこれ! びくともせんぞ!
くそ! 弓使いとしてのプライドが!
身体強化術を使って弓弦を引く……!
ギリリッ
十センチは引けたか!
だがもう限界だ!
「ぷはっ! もう駄目だ! アイシャはこんなもの使えるのか!? 武器を変えた方がいいんじゃないか!?」
「ライト様、腕の力だけでは弓弦は引けません。お貸しを。手本をお見せします」
アイシャは弓を構える。
的に向かって両足を踏み開く。
弓を構える……がずいぶん上の方で構えるな。
弓を目線の高さにゆっくり降ろすと同時に……
ギリギリッ ギリリッ
あの結弦を引きやがった。どんな腕力してるんだよ。
そして矢を放つ……と同時に!
ドゴォンッ
的である大岩に命中した瞬間に岩が消し飛んだ。
とんでもない音を立てて……
砕けたんじゃない。消し飛んだんだ。
何だこの威力は……?
「慣れれば今の動作を一瞬で出来るようになります。ライト様もやってみますか?」
やれるか!?
それにしてもすごいなこの子。遠距離支援特化タイプだな。
アモンとの戦いでは間違いなく戦力になる。
ここにきて心強い仲間が増えたな。
アイシャは弓をしまい、フィオナに向かって問いかける。
トラベラー同士で話でもあるのだろうか?
「フィオナ、貴女は魂の契約をしていますね? その危険性をライト様に伝えているのですか?」
「もちろんです。ライトさんは既にマナを行使出来ます。貴女が思うような危険はありません」
「マナ? 祝福を受けたのですね。素晴らしい。ライト様、私も契約……」
「駄目ですっ!」
ガバッ
フィオナが俺に抱きつき大声を上げる!
びっくりした!
「フィオナ。それを決めるのは貴女ではありませ……」
「駄目ですっ! 絶対駄目ですっ!」
一体どうした!?
なんか気まずいぞ。話を変えよう……
「アイシャ、今日はもう遅いから契約の話はまた明日にしよう」
「ご命令に従います」
俺達は休むことにした。テントを張って横になる。
アイシャは自分用のテントがあるのでそちらで就寝するようだ。
ギュゥゥゥッ
ちょっとフィオナ、そんながっちり抱きついてこられては寝られないんだが。
それにしてもフィオナのあの拒絶……
初めて見たな。何か新しい感情が発露したとか?
いや、今は集中だ。
明日には戦いが待っている。
俺は休むために目を閉じた……
ギュゥゥゥッ ギュゥゥゥッ
フィオナ、そろそろ離してくれないかな?
寝られないから……
◇◆◇
この感覚は何なのですか?
同胞の存在になど興味はありません。
ですが
それに……
恐らくは怒りを感じていました。
胸を締め付けられるような怒りです。
アイシャは私が契約していることに気付きました。
契約とは諸刃の剣。この世界で体を失おうとも、契約していれば復活して再び契約者を守れる。
契約者の寿命と引き換えですが。
しかし今のライトさんはマナが使えます。
大地の魔力を使って私を復活させることが出来ます。
それをアイシャに伝えると……
彼女はライトさんに契約を迫ったのです。
アイシャとの契約は純粋にこちらの戦力を上げることになります。
彼女がいれば、契約者を守れる。今まで以上に。
迎えいれるべきことなのに……
私は心から拒絶してしまったのです。
怒りが溢れだしたのです。
ライトさんを盗られると思ってしまったのです……
イヤダ
ワタシタクナイ
ライトサンハワタシノモノ
ライトさんは誰の物でもありません。
分かっています。ですが理屈ではないのです。
心では分かっていても拒絶してしまうのです。
私は何を考えているのでしょう。
たかが口付けではありませんか。
それでライトさんの身が守れるのなら……
想像してみます。
ライトさんとアイシャの契約を……
チクッ チクッ グサッ
棘が胸を刺します!
怒りが湧いてきます!
止められません!
ダメです! ライトさんは私のものなの! 絶対契約なんか許しません!
わ、私は何を考えているのしょうか……
いえ、やはりそうなのでしょうね。
やっと分かりました。
ライトさんが私への想いを伝えてきた時に感じたあの熱は……
私はライトさんが……
好きなのです。
一度認識してしまうと次々とライトさんのことを考えてしまいます。
ライトさんは私のものです。誰にも渡しません。
この気持ちを伝えるべきでしょうか?
いえ、今は止めておきましょう。
明日から恐らく戦いが始まります。
今は戦いに集中しなければ。
ライトさん、貴方は私が必ず守ります。安心してください。
だから、ライトさん……
今日はそっちを向いて寝てもいいですか……
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