三人目
バササッ バササッ
グリフィンのクルルに乗って、王都から飛び立ってから今日で四日目。
エリナさんが言うには後一日飛べば大森林に到着する。
それにしてもクルルはすごいな。このスピードで一日八時間は飛び続ける。
道中、懐かしい風景が見えた。
最初に見たのは第四の宿場町バルナ。
この町で誘拐事件を解決したんだったな。
邪神との戦いがあった。今思い出しても寒気がするよ。
そして初めてフィオナのことを意識した思い出の町でもある。
その次は第一の宿場町オスロ。
サニーとジーナがいる町だ。元気にしてるかな。
出会った時、サニーは十歳だったはず。
今会ったらお兄ちゃんと呼んでくれるだろうか?
この旅が終わったら会いに行ってみるか。
『キュー……』
ん? クルルどうした?
飛びながらもこちらを振り向いて何かを訴えかけてくる。
そうか疲れたか。ありがとう。今日はもう終わりにしようか。
俺はクルルの首を撫で降下するように促す。バサバサと羽ばたき、ゆっくりと着地した。
クルルは食料調達のため、森に入っていく。俺達が餌を用意する必要は無いので非常に楽だ。
さて、俺達も野営の準備にかかるか。
今日はフィオナが作る番なので、俺はダガーを鑢で研いで戦闘に備える。
二本目のダガーに取りかかろうとしたところで、辺りにいい匂いが漂ってきた。
「今日は何作るの?」
「パスタです。久しぶりに食べたいのがありまして」
嬉しいな。異界の麺料理だ。
フィオナの料理はどれも美味しい。色々な世界の料理を出してくれる。
オリヴィアにレシピを教えてからというもの銀の乙女亭の売り上げは右肩上がりだ。
今日は売上トップのラーメンに続く二番人気のパスタか。食べたことのない種類だといいな。
フィオナは手際よく調理を進める。ソースのベースになるのはトマトか。
潰して炒めて、唐辛子を入れて……
「出来ましたよ。食べましょうか」
フィオナが手渡してくれた皿にはこんもりとパスタが乗っている。美味しそうだ。
食材の使い方一つ取ってもフィオナにはいつも驚かされる。
付け合わせはいつもの塩もみした野草のサラダ。
ではいただきます!
フォークでパスタを巻いて一口。その味は……
「う! 辛いけど美味い! これは癖になるね!」
「んふふ。お気に召したようで嬉しいです。多めに作ったからお代わりが欲しかったら言ってくださいね」
フィオナは笑顔で応える。
この瞬間は人間だと言われても疑いようがない。
本当に自然に笑うようになったな。
フィオナの変化に驚きつつ、パスタに舌鼓を打つ。
「このパスタ、なんて言うの?」
「アラビアータ。怒りん坊という名前です。以前は感情が名前になってたからこの料理の意味が分かりませんでした。でも今は分かります。この色、胸に残る感じは確かに怒りに似ていますね」
そうだ。フィオナは怒りの感情も芽生えたんだ。
最近は俺が他の女性と話すだけでフィオナは怒りを覚えるそうだ。嫉妬というものは怒りの形の一つということか。
フィオナを怒らせるのは怖いが、嫉妬されるというのも中々嬉しい。
そして食事が終われば寝るだけだ。
テントの中に入り横になる。
フィオナが結界を張ってくれているので見張りは必要無い。いつものようにフィオナの背を抱いて……
「ライトさん、お願い出来ますか?」
と言って目を閉じる。
ははは、いつものアレね。
―――チュッ
優しくキスをする。
「んふふ……」
フィオナはニコリと笑い、俺に背を向け眠りに入る。
いつかこの続きが出来たらいいな。
俺は彼女の背を抱いて眠りについた。
◇◆◇
次の日もクルルに乗って大森林を目指す。
今日中に到着するだろう。
数時間飛ぶと辺りの空気が変わってきた。
「魔素が濃くなってきました。注意してください」
「魔素が? 分かった……」
そうだな。そろそろ敵陣が近い。
千里眼を使い辺りを見渡す。
ん? 森の中から鳥が飛び立つのが見えた? こちらに向かってくる……
「ライトさん、あれって……」
フィオナも気付いたようだ。
さらに鳥を注視すると……
違う! あれは鳥じゃない! でかいやつだ!
ドラゴン……? 翼はあるが、鶏のような顔。
バジリスクだ!
「クルル! 逃げろ! とにかく高度を落とせ!」
『キュアアッ!』
俺は迎撃しようとマナの矢を構えるが、クルルの体が邪魔をして俯角が取れない。
何とか高度を落とそうとクルルも努力するが相手は空を駆ける魔物だ。
戦い方を熟知している。常にクルルの下を維持するかのように追い詰められる!
「避けて下さい! ブレスが来ます!」
フィオナが叫ぶ! まずい! 奴は石化のブレスを放ってくる!
クルルがんばれ!
ゴォォォォッ
バシュッ
『キュオオオーン!?』
「うぉっ!」
「きゃあっ!」
俺の応援虚しく、クルルはブレスを避けきれなかった。
羽の一部を石にされ、錐もみ回転をしながらクルルは落ちていく……
地面が近付いてくる!
【
フィオナが魔法を俺達にかける。
墜落は免れない。
傷を負うであろうことを想定して魔法をかけてくれたんだな。
地面が迫ってく……
―――ドスン
鈍い音を立てて俺達は地面に叩きつけられた。
「かひゅっ……」
悲鳴は出なかった。
出せなかったんだ。
肺から空気が全部抜けて声を出せない。
口の中が鉄臭い。
息を吸いたい。
「ひゅっ…… ひゅっ……」
出……来ない……
苦し……い……
気を失いそうだ。
それを狙ってか、バジリスクがこちらに迫ってくる。
戦わないと……
だが目の前が暗くなってき……
意識が……
ザクッ!
俺は足の甲にダガーを突き立てる!
いでぇっ! 一瞬だが意識が覚醒する!
気を失う前に一発!
マナの矢を叩きこむ!
マナを取り込む!
弓を引き絞る!
属性なんて考えない!
渾身の一発だ!
外したら俺達は終わりだ……
もっとだ…… もっと近付いてこいっ!
バジリスクが迫ってくる。
だがそれは俺の距離だ。
全力で矢を放つ。
喰らえ!
ドヒュンッ
マナの矢はバジリスクを襲う。
意識せず大量のマナを取り込んだようだ。
ズバァッ!
『ギ……?』
矢が刺さったとは思えない音が響き、魔物は粉々になり虚空へと消えていった。
安心した。目の前が暗くなる。
俺はそのまま意識を失った……
◇◆◇
「ライ…… ライトさ……」
「ん……?」
声が聞こえる。
目を覚ますとフィオナが俺に膝枕してくれているのに気付いた。
「フィオナ? 大丈夫か……?」
「はい。ライトさんのおかげです。クルルも無事ですよ」
クルルも傷が癒えたのか地面に伏せて寝ている。
羽は…… いつも通りだ。
フィオナが魔法で治してくれたのだろう。
クルル、よかったな……
「もうすぐ日が沈みます。今日はここで野営してからエルフのとこに行きましょう」
そうだな。夜の森は危険だ。
熟練の狩人でも夜の森は決して出歩かない。
獣、魔物の動きが活発になり生存率が大きく下がる。
いくら強くなったとはいえ、ここで動くのは愚策でしかない。
「そうだな…… ごめん。まだ体が動かなくて…… このまま寝てていいか……?」
「はい」
傷は癒えたが体力は回復しておらず疲労感が体を支配する。
とにかく眠い。フィオナの膝枕が気持ちいいというのもあるが……
フィオナは優しく俺の頭を撫でてくれた。
俺はそのまま眠ってしまった。
「ん……?」
「すー…… すー……」
目が覚めると月が真上に出ている。
テントの中ではなく地面に寝ていたんだな。
俺の隣ではフィオナが寝息を立てている。
ありがとう。
彼女の頭を撫でて起き上がる。
そのまま少し歩くことにした。
月も綺麗だったし、何となく一人になりたかった。一服もしたいしな。
だがここは魔素が濃い。転ばぬ先の杖だ。
千里眼を使い周辺を探ってみる。
魔物は……いない。近くに川があるな。
そこで一服するか。
少し歩くと川のせせらぎが聞こえてくる。
川縁に座ってタバコを咥え、火を着ける。
深く吸い込むと、タバコの先がチリチリと音を立てる。
「ふー……」
紫煙を吐き出す。
美味い。生きていて良かった……
久しぶりに死を覚悟した。
油断していた訳ではないが、ここは敵地。
気を引きしめていかないと。
―――パシャッ
水の音。誰かいるのか?
千里眼で確認したが、魔物の影は見当たらなかったのに。
タバコを消して弓を構える。
間違いない。誰かいるな。
パシャパシャと音を立て、何者かが近付いてくる。
闇の中に影が浮かぶその姿は……
細い体に、長い耳。エルフか?
そうだな。森の王国が近いんだ。エルフがいてもおかしくない。
俺が声をかけようとした瞬間……
「誰?」
先に声をかけられた。
警戒させちゃだめだな。優しく丁寧にいこう。
俺は闇夜に溶けるエルフに話しかける。
「驚かせてしまい申し訳ない。俺はライト。エリナというエルフからスタンピード鎮圧に加勢するよう依頼を受けた。夜が明けたら森の王国に向かう。君はここで何を……?」
【
―――ポワッ
優しい光が当たりを照らし、エルフの姿が露わになった。
魔法を唱えたのか。
エルフは女性……って、裸?
水浴び中だったのか?
彼女はその姿のまま、こちらに近付いてくる。
何かおかしい。恥ずかしくないのか?
姿がはっきり分かる距離まで近付いてくると……
整った容姿。
細い体。
特有の金色の髪。
長い耳。
褐色の肌。
だが表情が無い。
この雰囲気……
俺が知っているエルフとは全く違う雰囲気を醸し出す。
間違いない。こいつは……
「初めまして、契約者様」
この子はトラベラーだ。
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