空の旅
俺とフィオナは大森林に行くことになった。
表向きはギルド職員としてスタンピードの原因を調査し報告する。
裏向きにはエルフに協力してこいってことだ。
俺達は宿に戻り出発の準備を始める。
明日から長旅が始まるな。
でもここから大森林まで馬を使っても二ヶ月はかかる。
俺達が到着するまでエルフ達は耐えられるだろうか?
なんか心配になってきた……
「なぁ、エリナさん。俺達が今救援に向かっても間に合わないってことないよな?」
「大丈夫よ。確かスタンピードが発生したのは一週間前。兵士、兵装、食料、ポーションの備蓄と城壁の痛み具合から考えて後三週間はもつはずよ。基本的に籠城してから一ヶ月は敵と戦うだけの備えはしてあるわ」
一ヶ月か。そして俺達が大森林に到着するのは二ヶ月後。
つまりそれって……
「だめだろ!? どう考えても無理じゃん!」
「ライト、よーく考えて。私が王都に救援を求めに来たのっていつ?」
エリナさんが来たのって……
昨日だ。あれ? なんか変だぞ?
「そうよね。計算が合わないでしょ? 特殊な移動手段があるって訳。明日は西にある森に行くわよ。持っていく荷物は一週間分でいいからね」
どういうことなのだろう。
理解出来ないまま、旅の支度を終え、知り合いにしばらく留守にすることを伝える。
オリヴィア夫妻、バカップルの二人、アマンダ先生、公衆浴場の番台さんなどなど。
少し寂しいがどうせすぐ会える。軽く挨拶だけ交わし明日に備える……と思ったらグリフとグウィネに泣かれた。
今生の別れだと言わんばかりに朝まで飲んでしまった……
◇◆◇
朝帰りした俺をフィオナとエリナさんが怒りながらも出迎えてくれた。
「あんた、この大事な時に……」
「ライトさん、お水です。それと……
パアァッ
フィオナが状態異常を回復してくれる。
おぉ…… 体の中のアルコールが抜けていく。そして眠気覚ましに水を一杯飲み干す。
さぁ、出発だ!
確か西の森って言ってたな。
でもエルフが住む大森林は遥か南に行った先にあるはずだ。
方向が違うんだよな……
だがエリナさんは迷うこと無く西に進む。
疑問に思いつつ、二時間も歩くと森が見えてきた。
そこにはおびただしい魔物の死骸がある。
これはハーピーだな。
エリナさんは忌々しそうにハーピーの死骸を睨み付け……
「こいつらにやられたのよ。王都までもう少しってところで油断しちゃってね。情けないわ」
「そうだったんだ。よく生きてたね……」
ハーピーは十体はいるだろう。
傷を負ったとはいえ、この数を一人で倒したんだ。
流石だな。冒険者で言うところのBランクぐらいの実力はあるんだな。
エリナさんは俺の関心を他所に、懐から笛を取り出す。
「今から森の守り神を呼び出すわ。驚かないでね。私はそれに乗ってここまで来たのよ」
エリナさんは笛を咥え……
フスーッ
音は聞こえない。笛からは息が抜ける音がするだけだ。
ズシンッ ズシンッ
ん? この足音は……
森の中から足音が近づいてくる。
音で分かる。
かなりでかいぞ……
木々をかき分け、現れたのは……
獅子の体。
四本の足。
鷲の頭。
この生き物は…… グリフィンだ。
「クルル。怪我は無かった?」
『キュゥゥン』
エリナはグリフィンの目の辺りを撫でる。
それを気持ち良さそうにグリフィンは受け入れた。
は、初めて見るな。
「エリナさん、そいつは……?」
「見たことなかったっけ? この子はクルル。見ての通りグリフィンよ。大人しいから安心して。あなたはこの子に乗って大森林を目指して。この子なら大森林まで五日ってところね」
五日!? そんなに早く大森林に着けるのか! 空を駆ける魔物ってすごいんだな。
『クルルルルルッ』
「う、うわわ……」
グリフィンは俺に近付いてきた。
目が怖い…… でも人懐っこいな。
喉をグルグルと鳴らして頭を俺の体にクリクリ擦りつけてくる。
ふふ、意外と可愛いな。
「ふふ、仲良くなれたみたいね。流石に王都にグリフィンを連れていく訳にはいかないでしょ。魔物扱いされちゃうし。ここに隠して歩いて王都に行こうとしたらハーピーに襲われてね」
そういう経緯があったのか。どんな人でも油断大敵だな。
俺も気を付けよう。これから強敵に挑むんだからな。
これからクルルに乗って、みんなで大森林に向かうのか。
楽しい旅になりそうだな。
と思っていたのだが……
「この子に乗るのはあなた達二人よ。私は別の手段で大森林に向かうわ」
「どうして!?」
「しょうがないじゃない。定員オーバーだもの。クルルは意外と力が弱くてね。大人二人が限界でしょう。あなた達が先に着いたほうがエルフの生存率は上がる。くやしいけど私が行って大した助けにはならないからね」
彼女は力なく笑う…… 本当は国に戻りたくて仕方ないはずなのに。
しかし賢明な判断だと思う。
エリナさんは鞄から何かを取り出し俺に渡してくる。これは何だろうか?
「紹介状を書いておいたわ。これを同胞に見せればあなた達を迎えてくれるはずよ。安心して行ってきて。それとこのコンパスを。これに従っていけば迷わずエルフの国、アヴァリに着けるわ」
「分かった。エリナさんはどうするんだ?」
「馬を借りるつもり。なるべく早く到着出来るようにがんばる。ライト、お願い。仲間を助けてね……」
「あぁ。って、エリナさん!?」
ギュッ
俺に抱きついてきた。少し驚いたが、俺も彼女を抱き返す。
彼女にとって俺は最後の希望なんだな。期待に応えられるようがんばらないと。
「ライト、あなたの力を疑う訳じゃないんだけど…… 私を安心させてちょうだい。どのくらい強くなったか見せてくれないかしら?」
「え? 信用してないの?」
むぅ、この人はいつまでも俺を子供扱いしてくる。
仕方ない。少し俺の力を見せてあげよう。
それにエリナさんの気持ちも分かる。
同胞の命がかかっているんだ。
いくら知り合いとはいえ、自分の目で見ないと信用出来ないだろう。
「分かった。少し離れてて」
「うん……」
何を見せればエリナさんは納得してくれるだろうか。
とりあえずマナの剣でも見せれば……
そういえば前回マナの剣を使った時は何だか禍々しい剣が出てきたな。
試してみるか。
身体強化術を発動する。
視界から一つ色が消え、全身の筋肉が肥大化する。
よし、ここでマナの剣を創造。
大地からマナを受け取る。
マナは力となり全身を駆け巡る。
それを腕からダガーに。
ブゥン
空気を切り裂く音がする。
手にはいつものマナの剣が握られていた。
更に身体強化術を発動。
視界から完全に色が消え、脳が震える。
更に右手のダガーにマナを込めると……
ブゥンッ
剣が形を変える。
視界には白黒の世界が広がるのに、剣だけは赤く見える。
身体強化術の段階によって剣は形を変えるのかも。
さて、何か試し斬りが出来るものはないか?
あそこの大岩でいいか。
普通に切っても芸がないし……
少し色気を出してみるか。
出来る限り正確に……
横薙ぎ、縦切りを繰り返す。
シュパパパパパパパパパパパパッ
キンッ
ひとしきり剣を振るい、身体強化術を解除する。
マナの剣は消え、触媒となったダガーを鞘に納める。
すると……
ガラガラッ……
音を立てて大岩が崩れる。
地面いっぱいに転がるのは無数の石のサイコロだ。
「どう?」
「…………!?」
エリナさんは空いた口が塞がらないようだ。
これで納得してくれたかな?
「う、うん。なんか言葉が無いわ…… あは…… あはは…… あはははは! やった! これでみんな救えるわ! ライト!」
「うおっ!?」
ギュッ!
チュッ!
エリナさんが抱きついてきた!
しかも感極まったのかキスをされた!
おいおい、嬉しいのは分かるが……
ふふ、まぁいいか。
―――ゾクッ
はっ!? 後ろから視線を感じる!?
振り向くと……
「…………」
フィオナがメッチャ睨んでた…… すごく怖い。
フ、フィオナさん。今のは仕方ないと思いますよ? 不可抗力というやつです。
そ、そんなに睨まないで……
そうだ! 誤魔化そう!
よし出発だ! クルルの背に乗る!
フィオナは無言で俺の後ろに乗った!
早く行かなければエルフ達の命が……と自分に言い聞かせつつ……
「ライト、頼んだわよ! いってらっしゃい!」
エリナさんは笑顔で手を振る。
行ってくるよ。必ず仲間は助けるから。
「任せてよ! エリナさんも気を付けて! クルル、頼んだぞ!」
『キュアァァッ!』
バササッ!
クルルは一声鳴いて大空に向かい羽ばたく!
すごい! これが空を飛ぶ感覚か!
「フィオナ! 俺達今飛んで……!」
「…………」
まだ怒ってた……
◇◆◇
うぅ。怒りよ、そんなに暴れないでください。
貴方がいると胸が苦しいのです。
エリナがライトさんに口付けしたのを見たら突然怒りの感情が……
最近どんな時に怒りの感情が生まれる時が分かるようになりました。
一つはライトさんが他者から物理、精神的問わず攻撃された時。
もう一つはライトさんが異性と何かしらの接触をした時です。
前者は身を焦がすような怒りなのですが、後者は胸が締め付けられる怒りです。
貴方は一体何なのですか?
なぜそんなに私を苦しめるのですか?
もう一つ分かったことがあります。
後者の怒りを感じた時はライトさんのそばに行くと怒りが和らぐのです。彼に抱きついたり口付けをすると、なお効果的ですね。
これも新しい感情なのでしょうか?
まだ分からないことだらけです。
そういえば今日初めて新しいマナの剣を鑑定してみました。
あのマナの感じは…… 魔剣ダインスレイフです。
以前旅した世界で見た魔剣と同じマナを感じました。
血を求める魔剣…… 幸いにしてダインスレイフと同じ呪いは持っていなかったようですが。
恐らくですが、身体強化術の段階ごとに異なる聖剣、魔剣が創造されるようですね。
第一段階ではアロンダイト、第二ではダインスレイフといったように……
身体強化術にはもう一つ上の段階があります。
もしかしたら……
ライトさん、力に飲まれてはいけません。
その力に負けそうな時は、私が守ってあげます。
そう決意し私はライトさんの腰に抱きつきました。
ふふ。ライトさんは温かいですね。
空の旅も悪くありません。
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