スタンピード
アヴァリは四方を防壁で固めてある。
厚さ十メートルはあろうかという土の壁だ。
一見脆そうに見えるが、そこはエルフの魔法で強化してある。
スタンピードが起こってもそう簡単には破られることはないだろう。そう思っていた……
物見台から眺める先が見えないほどの魔物の大群を見るまでは……
言葉が無かった。
絶望しか感じなかった。
いやいや、気をしっかり持て。
夢見術で俺達はこの戦いに勝つことは分かってるじゃないか。
気楽にとはいかないが、勝ちを信じて戦うだけだ。しかしこの数は…… まともに戦うべきじゃない。
「カグファさん。防壁が破られるまでどれくらい余裕がありますか?」
「…………」
カグファの顔色が悪い。心ここにあらずだ。
未曾有の危機に我を忘れているのだろう。
「カグファさん! 答えてください! 防壁はいつまで持ちますか!?」
「あ、あぁ、すまん…… この数だ。交代で破城攻撃をされたとして七日間。魔法干渉で城壁にかけられた魔力を弱められれば三日間ってところだろうか……」
物見台から下を見る。リッチだろうか。杖を持った魔物の姿も見受けられる。
これは三日と考えた方がいいな。
「作戦はありますか?」
「すまない、今は何も思い浮かばん…… この数だ。我が国の兵、民の数より多いのではないだろうか……?」
「そうですか。ではまずは情報収集から行きましょう。俺達は三人で少し話をします。カグファさんは部下を使って敵のおおよその数、種類を調べてきてください」
「分かった! では正午にリリ様の所に来てくれ。そこで報告をしよう。もしかしたらリリ様も新しい夢を見たかもしれないしな。では!」
よかった。少し冷静になれたか。
アヴァリの三将軍といわれるカグファがあんなに狼狽えるなんて。
戦いにおいてはあの人のほうが場数を踏んでいるはずだ。そんな彼が冷静さを失う程の数なんだ。
魔物の数は十万、二十万どころではないだろう。
「フィオナ、アイシャ、これを見てどう思う?」
「撤退ですね。それ以外に方法はありません」
「フィオナの言う通りでしょう。この数は戦うべきではありません」
そう考えるのが普通だよな。
でもここはまず情報のすり合わせをしよう。そこからヒントが得られるかもしれない。
俺達は早々にリリの所に行くことにしたが……?
―――ゾクッ
「何!? え? 誰もいない……?」
踵を返した瞬間、背後に刺すような視線を感じる!? ダガーを構え後ろを振り向く……が誰もいなかった。
殺気を飛ばしてきた奴がいる。
間違いない。アモンだな……
くそっ! 俺達を嬲り殺しにするつもりか!?
いや、落ち着け…… 今は情報が欲しい。
リリ様の屋敷に向かう道中、聖樹の下には多くのエルフ達が避難をしているのが見える。
この大木がこの人達の信仰の対象なんだな。
聖樹よ、今は彼らに安らぎを与えてくれ。
屋敷に入ると、リリ様はテーブルに座りお茶を……飲んでいない。すっかり冷めてる。
この人も混乱の中にいるのだろう。
「リリ様! 大丈夫ですか!」
「ライト? どうしよう…… 夢が見られなくなったの……」
「どういうことですか!?」
「分からない…… 私は巫女になってから夢を見続けている。それが一昨日から夢を見ることなく目が覚めたの。
多分邪悪なオドが私に干渉を及ぼしているのかも……」
夢が見られなくなった?
つまりそれって……
「こないだ見た夢見の結果が変わる可能性は?」
「あるわ。新しい要素が加われば夢見の結果は変わる…… もしかしたら私達みんな死んじゃうかも……」
リリ様はポロポロと涙を流し始める。
マジかよ…… なら今は不用意に動くべきじゃないな。
しばらくするとカグファがやってきた。
悲壮な顔をしたまま、報告を始める。
「我らで敵情視察を行いました。城壁の四方を全て魔物に囲まれております。恐らく総数は五十万を超えているでしょう……
リリ様が夢を見られなくなったことは聞いたと思います。結果が分からない今は戦うべきではないでしょう。撤退は困難を極めるでしょうが…… やるしかありません。このままでは我らは根絶やしにされてしまいます。
我が軍が血路を開き民を逃がします。ライト殿にはその護衛をやっていただきたい」
「逃げられる可能性は?」
「限りなくゼロに近いでしょう…… しかしこのまま魔物が突入することになれば全滅は必至です……」
「…………」
くそが! 八方塞がりかよ!
この状況を覆せないのか!?
俺はなんのために強くなったんだ!
「フィオナ! 俺って強くなったよな!? 身体強化術、マナの剣と矢を使ってあいつらを何とか出来そうか!?
異界の英雄……ランスロット? そいつは一万の敵を一人で倒したんだよな? 俺もそれぐらい強くなったよな!?」
怒りに任せてフィオナに問いただす。
だがフィオナは冷静に……
「ランスロットは確かに一万の敵を倒しました。ですが翌年の戦争で三万の敵に囲まれて殺されたのです。
ライトさんは強くなりました。異界の英雄の高みに至りました。でもライトさんは神ではありません。神から少しだけ力を貰っただけの人間でしかないのです。
この中に飛び込んでいったら、待ってるのは確実な死だけです」
「ライト様、逃げましょう。私達だけなら何とかなるかもしれません。貴方は契約者。ここで死ぬわけにはいかないのです」
こいつらの冷静さに腹が立つ!
畜生! 強くなっても守りたいものを守れないんじゃ意味ないだろうが!?
くそ! 頭に血が昇って、まともに考えることが出来ない!
今のままじゃだめだ。
落ち着こう……
「すまん。少し外に出てくる……」
一人でリリ様の屋敷を出る。
懐からタバコを取り出し、火を着ける。
チリチリチリチリッ
一息で一本のタバコが灰になるほど深く吸い込む。
「げほっ! げほげほっ!?」
むせた! 頭がクラクラする。気持ち悪い……
はは…… 俺は何をしてるんだろ。バカだな。
【
回復魔法を自身にかける。
人にはかけられないが、俺自身になら回復魔法は使えるんだ。
目眩と吐き気が消える。ふー、少し落ち着いたな。さて、戻るか。
リリ様の家に戻ると、中にいる者は皆沈んだ雰囲気にある。二人を除いては……
フィオナとアイシャだ。俺は二人に問いかける。
「フィオナ、アイシャ。聞いてくれ。二人はトラベラー。俺を支え、導く存在だ。
今の状況を考えると二人が言ったように撤退するのが一番正しいんだろう。でももし俺が戦いを望んだら? 俺を守る盾として君達はどう動く? この状況を打破するために何を考える?」
俺の問いに最初に堪えたのはアイシャだ。
「先ほど言った通りです。ライト様が撤退を決心するまで説得するだけです」
アイシャの答えは変わらずか。
だがフィオナは少し微笑んでから……
「ライトさんがやりたいようにやればいいと思います。絶対に貴方を守りますから。
もちろん撤退した方が賢い選択と言えます。ですが私達はライトさんの盾なのです。主が戦いを望むのであれば、盾となりライトさんの命を守ります」
ふふ、言うと思ったよ。ありがとな、フィオナ。
だがアイシャは表情を変えぬままフィオナに問いかける。
「貴女は何を言っているのですか? 契約者を…… ライト様を死なせる気ですか?」
「いいえ、そのつもりはないです。簡単ではないけど作戦はありますから。それには契約者……ライトさんの協力が必要です」
フィオナが解決策を持っている?
一体何を……
「聞かせてくれるか?」
「はい」
俺の問いにフィオナは微笑みながら答える。
「私が使える最強の魔法を使います。
聖滅光? たしかそれってギルドをぶち壊そうとしたやつだ。いくら強い魔法とはいえ、五十万の魔物を倒すには火力が足りなそうな気もする。
いや、フィオナは嘘は言わない。何か確信があるんだ。
今はフィオナの言葉に耳を傾けるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます