聖滅光
フィオナが俺達を前に、自身が持つ魔法について話し始める。
彼女はどんな奥の手を持っているのだろうか?
「魔法には威力によって初級から超級まで区分けされています。聖滅光、この世界には存在しない魔法ですが、詠唱を省略してあるから超級に当たります。
ですが元々は超級よりも一つ上の魔法。神級に区分けされる魔法なのです。
私では一回発動するのが限界です。発動すれば魔力枯渇症で一週間はまともに動けなくなるでしょう。
しかも発動まですごく時間がかかります。恐らく詠唱を始めてから十分は必要ですね」
十分…… 長すぎる。
威力はあるが、戦闘には使えないな。
つまりは……
「時間を稼いで来いっていうんだろ?」
「その通りです。綿密な作戦と入念な準備が必要ですね。
アヴァリ陥落まで三日はあるはずです。その時間をフルに使い発動のタイミングを合わせます」
「威力は? その魔法一発で戦局を変えることが出来るのか?」
フィオナの魔法はいつも目にしている。
だが一発で五十万もの魔物を退治出来るのだろうか。
「発動すれば半径十キロを更地に出来ます」
「…………」
そんな隠し玉を持っていたのか……
俺、すごい子と契約したんだな。
そういえば俺とフィオナしか喋ってない。周りの連中はポカーンとした顔で俺達を見ている。
この危機を乗り切るには皆の働きにかかっているはずだ。
俺達だけだはどうすることも出来ないだろう。
「フィオナ、みんなにやってもらうことはないか?」
「宝石を集めてください。なるべく上質な物を」
その言葉を聞いて、リリ様が我に返ったように喋りだす。
「カグファ、宝物庫を開けてきなさい。国宝でも構わないから持ってきて!」
「かしこまりました!」
一筋の希望が湧いたのだろう。
カグファは勢いよく飛び出していった。
「アイシャ。貴女は矢を大量に作ってください。ライトさんの援護をしてもらいます。一人では骨が折れるでしょう。手が空いている人に手伝ってもらってください」
「貴女の言うことは理解出来ませんが…… これがライト様の助けになるのであれば指示に従いましょう」
アイシャはそう呟くと部屋を出ていく。
すまん。今は納得してくれ。頼んだぞアイシャ。
今度は俺の番だな。
「俺は何をすればいい?」
「作戦を教える前にライトさんにはやってきて欲しいことがあります。身体強化術を発動して、この城の外周を何分で走れるか計ってきてください。全力でですよ。正確な計測が必要なので、計測係を同行させてください」
外を走るのか。何を考えているのだろう。
いや、今は考えまい。
俺はフィオナの指示通り、計測係を連れて走ることにした。
さすがに城外は魔物がいるので出られない。
仕方ないので城壁の上を走ることにした。
ここなら多少誤差は出るかもしれないが、外周とほぼ同じ距離のはずだ。
「ライト殿! 準備出来ました!」
よし、やるか。身体強化術を発動。視界から色が消えたところで、よーい……
ダッ! タッタッタッタッタッタッ
スタート! 俺は全力で走る!
アヴァリは東西南北ともに五キロ程度の正方形に近い形をしている。
計測は割と楽だった。角にいる計測係の兵士が時間を計る。タイムは一辺の平均が六分三十秒だった。一周で二十六分か。
身体強化術を発動しているとはいえ滅茶苦茶疲れた。
う…… 吐きそう……
計測を終え、屋敷に戻るとフィオナが出迎えてくれた。
「ご苦労様です。時間はどうでした?」
「アヴァリ一周で二十六分ってところ。そろそろ何するか教えてくれないか?」
「みんなが来てから話します。ライトさんは休んでいてくださいね」
そう言うとフィオナは机に向かい、何かを書き始める。
「四十五分……」
なんて?
俺はフィオナの呟きを聞き逃さなかった。
何が四十五分なのだろうか?
◇◆◇
日が暮れる頃みんなが戻ってきた。
進捗報告の時間だ。まずはリリ様から。
「これ見て! 宝石を集めてきたわ!」
ゴロゴロッ
リリ様とカグファがテーブルに宝石を並べる。
うわ、大きいな。拳大の物もある。
すごいな。エリナさんもギルドで宝石を出してたけど、それの比じゃない。この国って豊かなんだな。
フィオナは宝石を手に取って眺めている。
そして大きい宝石を二つ選んだ。
「リリ様、ありがとうございます。ではこのルビーとサファイアを使います」
「あーん…… それ両方とも国宝なのにー……」
少しがっかりしたようにリリ様がぼやく。
緊急事態なのでご協力願おう。次はアイシャだ。
「今のところ四百本まで矢を作ることが出来ました。明日は人員を増やし作業に当たってもらいます」
「それなら間に合いそうですね。それでは作戦を伝えます。しっかり聞いてください。
この作戦での一番大事なのはライトさんです。貴方にかけられた呪いを逆手に取ります。城外にいる全ての魔物の注意を引いてきてください」
「「「…………!?」」」
全員が一斉にフィオナを見つめる。きっと勝算があって言っているのだろう。
だが俺も驚いた。あの数の魔物の注意を引けと?
「ライト様は確かに強い。ですが、あれだけの魔物の中を駆けてこいというのですか? 無傷ではすみませんよ」
いやいや、アイシャ。無傷どころか死ぬって。
俺はそこまで強くはないよ。
だがフィオナの説明は続く。
宝石を掲げ、次に言うのは……
「この宝石を使います。完全物理防御障壁の効果をルビーに、完全魔法防御障壁の効果をサファイアに込めます。サファイアについては後で更に説明します」
なるほど。前に質のいい宝石があればマジックアイテムが作れるって言ってたもんな。
リリ様が怒ったように口を出してくる。いつもは優しいこの人も必死なんだよな。
「でも魔物が多すぎるわよ! 前に進むこともままならないでしょうに! それで全ての魔物の興味を引くことなんて出来るの!?」
「大丈夫です。アイシャが城壁の上からライトさんの援護をします。彼女の弓とエルフの援護があればライトさんの進む道を作ることが出来るはずです」
確かにアイシャの弓の威力は異常だ。矢自体に付与魔法をかけているのだろう。
一発でオークを消し飛ばす威力だからな。心強いことこの上ない。
ここまでの話は分かった。
俺は一人場外に出る。そして魔物の注意を引く。
道を切り開くのはアイシャとエルフ達。
だがアイシャの援護があっても俺は無傷では済まないだろう。
そこで防御効果のあるマジックアイテムを使うんだな。
ある程度理解はしたが、俺も気になることがある。
聞いてみるか。
「それじゃ俺から質問だ。四十五分ってのは何だ?」
先程のフィオナの呟きだ。
きっとこれがこの作戦の鍵になるはず。
さて何を言うのだろうか。
「魔物の注意を引き始めてから四十五分後に聖滅光を発動します。
アヴァリは四方を囲まれています。外周を回るように魔物の注意を引いてください。
ライトさんの脚力でアヴァリを一周するのに二十六分。
それから十五キロはアヴァリから離れて。それに使う時間が十九分。合わせて四十五分です。
それぐらい距離がないと私の魔法でアヴァリ自体にも被害が出ます。それ以上離れても駄目です。魔法の射程外になりますから。
私は四十五分後にライトさんに向かって聖滅光を発動します。貴方を中心に半径十キロにいる魔物は全部消滅するでしょう」
「…………」
何!? それって俺も死ぬんじゃないか……
「そんな顔しないでください。ここでさっきのサファイアを使います。これはライトさんの任意で発動するようにします。宝石を砕いて完全魔法防御障壁を発動します。
常時発動の防御効果では聖滅光に耐えられませんが、石を砕くことでより強い障壁を張ることが出来ます」
なるほど。これはつまり……
「この作戦ってタイミングが命だよな。何か一つズレたら誰かしら死ぬな……」
まぁ、真っ先に死ぬのは俺だろうけど。
くそ、この手しかないんだろ?
やってやるよ。
少し自棄になるが、フィオナは冷静だ。
「だから明日から練習するんですよ。防壁が突破されるまで最低でも三日あります。大丈夫。私達ならやれます」
と笑顔で言うフィオナ。
ふふ、まるで人間そのものだな。
皆決意を込めた目でフィオナを見つめる。
やるしかないんだ。生き残るぞ。
「では明日からタイミングを合わせる練習をしよう。朝日が昇る前に来ます」
「ライト…… ごめんなさい。貴方だけが頼りなの。お願い、アヴァリを救って……」
ふふ、大丈夫です。
俺は腹を括りましたから。
明日に備えて俺は宿に戻る。
ふぅ、今日は疲れたな。
早々に床に着くことにした。
フィオナが俺のベッドに入ってきたので、いつものように彼女の背を抱いて眠る……と思ったがフィオナはこちらを向いてキスをしてきた。
俺の唇にフィオナの唇が優しく触れる。
ん? 違う。いつものキスではない。
舌が俺の口に入ってくるのを感じ……?
フィオナの舌が俺の舌を求めるように絡まる。
大人のキスだ。
フィオナと大人のキスをするのは四回目だ。
最初は魂の契約を行った時。
二回目は告白した時。でもあの時、フィオナは喜びの感情と恋愛感情の区別がついておらず、俺の気持ちには応えられなかったはず。
三回目はギルドをぶっ壊そうとした時。はは、俺がキスでフィオナの口を塞いだんだよな。
だが今回は…… これはまるで恋人がするような濃厚な口付けだ。
フィオナが口を離し……
「ん…… ライトさん、この戦いが終わったら伝えたいことがあります…… だから……勝ちましょう。勝って私の話を聞いてください……」
そう言ってフィオナは再び口付けを。
ありがとう。言葉は無くても想いは伝わったよ。
でも今は喜んでばかりはいられない。
キスを終え、フィオナはいつものように背を向けて寝息を立て始めた。
明日は本番に向けての練習だ。
俺はフィオナの背を抱いて目を閉じた……けど、目がギンギンに冴えてしまい、一睡も出来なかった。
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