決戦前夜

「位置について! よーい! スタート!」

  


 ダッ! ダッダッダッダッ!



 俺はアヴァリの街中を全力で走る。魔物に見立てた案山子かかしが、俺の前に立ちはだかる!



 ヒュンッ ドシュッ!



 アイシャが俺の動きに合わせつつ、案山子に矢を放つ。

 エルフ達も同様に魔法だったり弓を使って援護の練習だ。

 南門からスタートして東の城壁まで何分かかった? 計測係の声が聞こえる。


「六分四十五秒!」


 十五秒遅れか。東の城壁で取り返す! 

 東の城壁も同様に案山子を立たせてある。

 マナの剣で案山子を切り裂……


 

 ドシュッ!



 ……切り裂けなかった。

 アイシャの矢の方が早かった。

 すごいな。俺と同じ速さで走りつつ矢を放つんだ。並みの身体能力ではない。

 アイシャって物理特化なのか? 

 東の計測係の声が聞こえる!


「六分二十五秒!」 


 よし! 五秒取り返した!


 北だ。ここは情報によると地面はかなりぬかるんでおり、足場が悪いようだ。  

 本番を想定して水を撒いておいた。   



 バシャッ!



 うわっ!? 泥が跳ね、口に入る! 気にしてられん!

 俺は全力で走り続ける!


「六分三十秒!」


 よし! 誤差は十秒か! いけるぞ!


 西で最後だ! 

 ここは敢えて妨害を多めに配置してある。本番は何が起こるか分からない。

 エルフが所々で隠れており、弱めな魔法や、矢尻の無い矢を放ってくる。



 ビュンッ バシッ

 ゴゥンッ ドシュッ



 いてて! 熱っ!? 

 矢が命中し、火魔法が俺の肌を焼く!

 練習とはいえ遠慮無いな、こいつら! 


「六分四十秒!」


 くそ! ここで二十秒の遅れか! しかし誤差の範囲内だ! 後は十五キロを全力ダッシュでアヴァリから離れる! 



 ブチブチッ



 う!? 足から嫌な音が聞こえて激痛が走る! 

 肉離れか!?

 オドを練り回復魔法をかける!


mastdalma超回復!】


 足の痛みが消えていく。

 俺は攻撃魔法のセンスは皆無だが、回復魔法だけなら使える。自分に対してだけだが…… 

 他の誰かに回復魔法をかけると相手は状態異常になってしまう。以前フィオナに魔法をかけたら、くしゃみが止まらなくなったな。

 ははは、懐かしい思い出だ。


「十分前!」


 ここでフィオナが詠唱を開始する。

 あと十分は走るだけだ! 

 とにかく全力で走る!



 ―――ヒィィィィーンッ



 アイシャの鏑矢だ! これは十五秒前の合図!

 俺は懐からサファイアを取り出しダガーを突き立てる!


 5、4、3……


 ダガーの柄でサファイアを砕く! 


 2、1……


「そこまで! 概ね予定通り! ライト様、お疲れ様でした!」


 全体を計測していた兵士がタオルを渡してくれた。

 俺はタオルを受け取り、汗だくの顔を拭く。


 ふー! 疲れた! 

 練習はこれで四回目だ。これなら合格点を貰えるのではないだろうか?

 全体を指揮していたのはフィオナだ。

 先生、いかがでしょうか?


「まぁまぁですね。本当はもっと精度を高めたいのですが。本番は練習のようにはいかないと思ってください」


 フィオナの言葉を聞いてその場にいる全員が大きく頷く。  

 たが皆の顔に悲壮の色は見られない。

 勝つことを信じているのか、諦めなのか分からない。

 でもどんな結果になろうともやるしかないんだ。その気持ちは伝わってくる。


 みんな頑張ろう。大丈夫。俺達は勝つよ! 

 ふふ、この中で一番気楽なのって俺だろうな。


 昨日はフィオナと大人のキスをしてしまった。

 俺から求めたのではない。フィオナからしてきたんだ。

 恐らくフィオナは……

 

 不謹慎と思われても構わない。

 だが二十歳を超えても来なかった春がここでやってきた。浮かれるのも仕方ないことだろう。

 仕方ないよな?

 

 なんて下らないことを考えていると……


「ライトさん。まだ時間があります。もう一度やりましょう」

「うぇー……」


 また練習かよ。

 しょうがないか。

 俺はまた街中を走ることになった。



◇◆◇



 夜になり、聖樹の下で壮行会が催された。

 明日の決戦に向けて士気を高めるためだ。

 酒にフリット、ラーメン、様々な前菜。


 兵士だけではなく一般市民も参加している。

 エルフ達が料理を楽しんでいる中、リリ様が聖樹の下に立ち演説を始めた。


「アヴァリの民よ。未曾有の危機に対し不安に思うこともあるでしょう。その気持ちは分かります。あの数の魔物を見て恐怖しない者はいないでしょう。しかし、エルフではないにも関わらず、我らのために命を懸けて戦いに臨む英雄がいます。ライト! こちらに!」


 えー、それは聞いてないぞ。それに英雄って…… 

 そんな者になるつもりは無いので、こっそり逃げようとしたらカグファにあっさり捕まった。

 裏切者め。無理やりリリ様の隣に立たされてしまった。


「ライトのことを知っている者も多いと思います! 彼は我が身の危険を省みず我らのために立ち上がってくれました! ただ我らを救いたいという気持ちだけで! 私達はライトの気持ちに応えなければなりません! 

 私達はただ震えているだけなのですか!? 否! 私達は誇り高き森の民です! 勇気を持ちましょう! その気持ちがあれば我らは勝てます! 声を出しなさい! 先に勝ち鬨を上げましょう!」

「「「「おぉーーー!」」」」



 ビリビリビリビリ


 

 すごい! 体が震える!

 老いも若きも、男も女も! 

 みんなから歓声が上がる! 

 やばい! 全身の毛が逆立つ! すごい! やっぱりリリ様って立派な女王様だ! 


 彼女のおかげで、みんなの気持ちが一つになった! この一体感…… 

 種族の差なんて関係ない。俺はエルフ達と一つになる快感に酔いしれてしまった。


 壮行会は終わり、皆決戦に向けて家に帰っていく。俺達も宿に帰ろう。

 言葉は無くフィオナが手を繋いできた。俺もそれを黙って受け入れる。

 明日は勝とうな。



 もうすぐ夜が明ける。戦いが始まる。

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