決戦
作戦の決行日。今日はいい天気だ。
俺はフィオナ、アイシャとスタート地点となる城壁の真上に立っている。
城壁の要所要所にはエルフ達が配置されており、俺の援護を行う予定だ。
アイシャの使う矢も間隔を開けて配置されている。
そして下を見ると……
おー、いるわいるわ。それはもう、うじゃうじゃと魔物がひしめき合っている。
木々の隙間を埋め尽くす魔物達。
この光景を見たら普通だったら絶望するだろう。
だが俺の覚悟は決まっている。あとは実行あるのみだ。
カグファが鏑矢の準備をしている。
「時間ですね。ライト様お気を付けて」
「あぁ。頼むぞアイシャ」
アイシャは弓を構え、下の魔物を狙う。
フィオナの横にある砂時計をひっくり返した。
そろそろ行かなきゃな。
「ライトさん。作戦についてはもう言うことはありません。でもアイシャの鏑矢の音だけは聞き逃さないでください。それが聖滅光の発動の合図です。
障壁が間に合わなければライトさんは確実に死に…… ひゃあん!?」
ギュゥゥゥッ!
俺はフィオナを力いっぱい抱きしめる。
大丈夫だ。絶対君のところに帰ってくるか。
不安は無い。油断もしていない。成功する気しかしない。
不思議だな。普通は眼下に広がる魔物の群れを見れば絶望しか感じないだろうに。
戦いが終わってフィオナの横に立つ俺の姿しか想像出来ないんだ。
フィオナを抱いたまま、言葉も無く口付けを交わす。
「ん……」
口を離すと恥ずかしそうにフィオナは俯く。早く君の答えを聞きたいな。
フィオナと別れ、俺はスタート地点に立つ。
時間だ。一度だけ後ろを振り向くとフィオナが俺を見て笑っていた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
カグファが鏑矢を空に向かって放つ!
―――ヒィィィィーンッ
スタートの合図!
俺は城壁から飛び降りる!
バァンッ!
ドスンッ!
俺が着地する前にアイシャの矢が魔物を吹き飛ばす!
矢が当たったとは思えないほどの轟音が響き渡る! うは! 十匹以上の魔物がまとめて消し飛んだ! ほんとお前が味方で良かったよ!
身体強化術は発動してある! 俺は魔物も群れの中に降り立った! オーク、ワーウルフ、マンティコア! 様々な魔物の視線が俺に刺さる! 注意は引いた!
よし、来い! まずはこのまま東に向かう!
ヒュンッ ヒュヒュンッ
ゴゥッ ゴゥンッ
城壁の上から魔法、矢の雨が降り注ぐ!
いいぞ! 練習通り!
目の前に炎の壁が広がる。その炎は敵の魔法か味方の援護によるものか。
関係無い。突き進むのみ!
『ガルゥッ!』
その中からキメラが飛び出してくる! 邪魔だよ!
ズバァッ
ドシュッ
すでにマナの剣は発動してある。千里眼もばっちりだ。今の俺に死角は無い。
飛びかかってきたキメラを真っ二つにする。だが俺の仕事は魔物を倒すことじゃない。いちいち相手にしていては時間をロスするばかりだ。
くそ、少し遅れたか!?
東の城壁に到着するが、ここにも魔物がウジャウジャと。
遅れた分、ここでは攻撃は一切しない。
全力で逃げるのみだ! 俺の前に六本腕の骸骨騎士が立ちはだかる!
ガキィンッ
斬られた!
だが完全物理防御障壁が俺を守ってくれている。とりあえず無傷だな。
しかし効果は有限だ。斬られ続ければルビーは砕け、障壁は消えるだろう。
構ってられるか! 押し通る! どうせ北は足元が悪い! ここで時間を稼がないと!
ガキィン ガキィンッ
―――ピシッ
斬られる度にルビーにひびが入る。
でも時間は稼いだ! 北の城壁に到着!
グチャッ
バシャッ
うわ! 足元が予想以上にぬかるんでる! それに加えて地竜が俺の行く手を阻む!
どうする!? 倒すか!?
バァンッ!
『ギッ……』
突然、地竜の背中に大穴が空く。上を見上げると弓を構えるアイシャの姿が。
ありがとう! 助かった! 走り続けると北の城壁の角が見える!
ラストの西の城壁だ!
上から声が聞こえる!
「二十分!」
マジかよ!? 遅れてる! 畜生! ここも攻撃無視で押し通る! みんな援護よろしく!
魔物も間を縫うように俺は駆ける。しかし敵は俺をタダで通す訳もなく熾烈な攻撃を仕掛けてくる。
ガキィンッ ガキィンッ ガキィンッ
剣が、槍が、爪が、牙が俺を襲う。
そして防御障壁の触媒であるルビーに限界が来た……
―――パキィン
乾いた音を立ててルビーは砕ける!
物理防御の効果は消えた!
【
どうせダメージは喰らうんだ! 先に回復魔法をかけておく!
もうすぐ西の城壁が終わる!
「三十分!」
さらに計測係の声が聞こえる!
かなり遅れている! 予定より四分も時間がかかった!
だが後はアヴァリからとにかく離れるだけだ!
弓を取り出す!
マナの矢を使う!
属性は!?
もう火でいいや!
とにかく全力で!
自ら道を切り開く!
キュゥゥゥゥンッ
取れるだけマナを取り込んだ!
構え、放つ!
ドヒュッ
ドゴォォォンッ!
前方の魔物が吹き飛んだ!
このまま突っ走る!
◇◆◇
砂時計が魔法発動十分前を知らせます。
ライトさんは少し遅れているようです。
大丈夫。貴方ならやれます。
ごめんなさい、我が主よ。
私が神級魔法を詠唱無しで使えたらこんな苦労をかけずに済んだのに。
お願いです。生きて帰ってきてください。
私は貴方に伝えなくてはいけないことがあるのです。
私の本当の気持ちを……
いけません。今は集中しなければ。
杖を構え、詠唱を開始します。
【
詠唱をしながらライトさんのことを思い出します。
最初の出会いはグランという村。
精霊の叫びを聞き、契約者が現れたことに気付きました。
私は叫びが聞こえた場所に行くと、そこにライトさんがいました。
泣きはらしたのでしょう。目が真っ赤でした。
【
ライトさんが契約者だと分かり、一緒に旅立つことを決めました。
貴方は私が守ります。それが私の存在意義なのですから。
旅立つ前にライトさんは女神から祝福を受けました。
ライトさんは世界を変える。
彼と契約したことが正しいことだと確信しました。
【
王都に向かう道中、邪神の一柱との戦いがありました。
その中で喜びの感情が芽生えたのです。
彼と口付けを交わした時の胸に灯った温かさ。
今でも思い出すと喜びが胸から溢れ出します。
【
王都に辿り着き、宿屋の女将オリヴィアにライトさんを鍛えてもらうことにしました。
ライトさんに強くなって欲しかったのです。
彼は努力の末、オリヴィアを超えました。
本当にすごい。誇らしいです。
我が主の成長を心から喜びました。
ふふ、おかしいですね。
ついこないだまで、私に心なんて無かったのに。
そういえば初めてお風呂に入りました。ダンスを習いましたね。
んふふ、肩を揉んでくれました。
すごく気持ちよかったです。
【
目的としていたギルド登録は出来ましたが、仕事は上手くいきませんでした。
その中で私は新しい感情、怒りの感情を発露します。
とても嫌な感情でした。
胸の中で棘が刺さるような。
なるべくなら感じていたくはない。
でもライトさんのために怒りを感じるのなら……
そう考えると悪いものでもないのかもしれません。
【
大森林で
彼女がライトさんと契約をしようと提案した時……
私は気付いてしまったのです。ライトさんのことが好きだということに。
決戦前夜に口付けを交わしました。
契約の時と同じ口付けです。
体が熱くなるのを感じ……
このままライトさんと一つになれたらと思いました。
性交渉など、私達トラベラーにとっては無意味のはず。
ですが私は願ってしまったのです。
【
もうすぐ詠唱が終わります。
オドを丁寧に丁寧に練り上げて……
目を開けると、砂時計の砂が無くなりそうに……
時間ですね。
ライトさん、信じています。
ヒィィィィーン
鏑矢が放たれました。
―――来人君……
―――ライトさん……
え? 何でしょうか?
聞こえました。
私ではない誰かの声が。
声の主はどこにもいません。
ですがライトさんを心配しているのが伝わってきます。
大丈夫ですよ。
私はライトさんを信じています。
安心してください。
この戦いを終わらせて……
私の本当の気持ちを……
―――サラッ
砂時計の砂の最後の一粒が無くなります。
杖を掲げて、唱えます。
破滅をもたらす光の名を……
【
――――カッ
魔法が発動します。
雲が割れ、空から光が堕ちてきました。
世界は光に包まれ、音すら消え去ります。
目が開けられないほどの閃光が次第と消えていき……
目を開けると、その先には何も無い砂の大地が広がっていました。
魔物は一匹もいません。
光が堕ちてきた中心から円を描くように、木々も、雲も消えています。
成功です。魔物は全滅しましたね。
フラッ
目眩がします。魔力枯渇症ですね。
まともに歩けません……
でも…… ライトさんを探しに行かないと。
―――来人君、どこにいるの!?
―――ライトさん! ライトさん!
心の中に声が響きます。
声の主の感情が私の心を満たしていく。
ガタガタッ
これは? 体が震えています。
喜びでもない。怒りでもない。
初めての感情に私の心は塗り潰されていく……
ライトさん……
ライトさん。
ライトさん!
どこにいるのですか!?
アイシャに肩を貸してもらい光が堕ちた地点へと急ぎます。
足が縺れ、まともに歩けません。
早くライトさんの無事を確かめたい。
ライトさんの声を聞きたい。
ライトさんに抱きしめてもらいたい。
ライトさん。どこにいるのですか……
その時です。
「おーい! ぺぺっ! うぇ、口の中砂だらけだよ…… 生きてるぞー! フィオナー!」
ライトさんがいました。
ふふ、ひどい姿ですね。砂まみれです。
ライトさんは笑顔で私を迎えてくれました。
「フィオナ!」
「ライトさん!」
私達は抱き合います。
彼の温かさを感じ、喜びが胸に溢れます。
―――チュッ
私達は口付けを交わします。
んふふ、嬉しいです。
またライトさんに会えました。
もっと口付けを交わしていたいのですが……
私の気持ちを伝えるんでしたね。
いけません。ライトさんに出会えた喜びですっかり忘れていました。
ライトさん、貴方が好きです。大好きです。
ですが口で伝えるのはまだ先ですね。
だってアモンがすぐそばで私達のことを見てますから……
ライトさん、気付いてください。
アモンは貴方の後ろにいます。
大丈夫です。私が貴方を守ります。
それが
いいえ、違いますね。
貴方が契約者だから守るのではありません。
ライトさんのことが大好きだからです。
ライトさんは言いました。私を守りたいと。
それはまた今度ですね。
今は私の番です。
少しライトさんと離れることになります。
その間は貴方を守れません。
弱い私を許してください。
ごめんなさい。
私はライトさんを投げ飛ばします。
次の瞬間……
ドシュッ
よかったです。間に合いましたね。
貴方が無事なら……私は……
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