ただいま

「んん…… すー…… すー……」


 俺の隣でフィオナが寝ている。

 鳥がチュンチュン鳴いている。

 本当の朝チュンをやってみたい。

 え? だったらさっさと返事を聞け? 


 いやー、アヴァリの一件でなんかタイミングを逃してだな。

 ん? 根性無し? その通りだ……


 恐らくフィオナは俺のことが好きだ。

 恋愛感情というものに目覚めているはずなのだ。

 なので俺からもう一度想いを伝えようと思う。

 え? さっさと爆ぜろ? 心から爆発したいです……


 一人問答を繰り返しているうちにフィオナが目を覚ます。


「んふふ。おはようございます。ん……」


 そう言ってフィオナは笑顔でキスをしてくる。

 いやーん。朝から大人のやつですか。この甘えんぼさんめ。そんなことしたらおじさん、我慢出来なくなっちゃうよ。

 

 いかんいかん。俺は紳士なのだ。

 もう一度区切りをつけて正式にフィオナにお付き合いを申し込む。それまで我慢だ。



 バタンッ


 

 突然ドアが開く!? 賊か!? いや、いつも通りオリヴィアが踏み込んできた。


「こぁらー! 朝から乳繰り合ってるんじゃない! まったく、二ヶ月も帰ってこないと思ったら! 早く降りておいで! 朝飯片づけちまうよ!」

「ひゃい! ごめんなさい!」


 オリヴィアは相変わらず俺達のプライベートに踏み込んでくる。

 俺達は一応お客様なのだが彼女にその自覚は無いのだろう。

 まぁそれが嬉しかったりするんだけどね。


 さて、ごはんを食べたら出勤だ。

 今日からギルドに復帰するのだ。


 そう。つまり……

 俺達は王都に帰ってきたのだ。



◇◆◇



 三十分程で職場こと冒険者ギルドに到着した。

 うわ、俺がいない間になんか煤けたな。まともに掃除してないのだろう。


 溢れそうになる掃除欲を抑えつつ……なんだ掃除欲って。そんな言葉ねぇよ。

 まぁいい。まずはギルド長に報告だ。

 二階に上がり、いつもの部屋に。


「失礼しまーす! ライトです、ただいま戻りました!」


 ドアの向こうからずかずかと足音が聞こえる。


 

 バタンッ!



「ライト、よく帰ってきたな! では報告を聞こう。手短にな」

「はい、では手短に。大型スタンピードが発生。鎮圧。みんなハッピー。以上です」


「かいつまみ過ぎだ。さっぱり分からん」


 手短にって言ったくせに…… 

 しょうがないので、この二ヶ月の出来事を細かく話した。



◇◆◇



「信じられんな…… 五十万の魔物か」

「はい、もしかしたらそれがアルメリアでも起こりうる可能性もあります。十分に注意したほうがいいかと思います」


「分かった。俺はこのことを王宮に報告に行かなくちゃならん。今日はもう帰っていいぞ。本格的な仕事は明日からで構わん」

「やった、半休いただき! フィオナ、遊びに行こう!」


「がはは! 羽目を外し過ぎるなよ! 明日からしっかり働いてもらうからな。まずは掃除だな。溜まってるEランクの依頼もあるぞ! こき使ってやるから覚悟しておけよ!」


 むぅ。明日から忙しくなりそうだな。

 今日のうちに元気をチャージしておくか。


 さて、思いがけず半休をいただいてしまった。どうするかな…… 

 そうだ! 今日はちょうど火竜日だ! 理髪店はお休み。グリフのアホは必ずこの日に休みを取っている。グウィネとイチャイチャするためだ。

 よし、邪魔しに……もとい遊びに行こう。



◇◆◇



 グリフの家に着く。いつもならこの時間は家でマッタリしているはずだ。

 なので、とても乱暴にノックしてやった。



 ドンドンッ! ドンドンッ!



「グリフー! 俺だー! 心の友が帰ってきたぞー!」


 返事が無い…… 

 おのれ。どこかに出かけたか? 

 騒ぎを聞きつけた隣の家からおじさんが出てきた。


「あぁ、グリフかい? あいつ引っ越したよ。たしか獣人のかわい子ちゃんと同棲するとか何とか言ってたな?」


 同棲!? 結婚前の男女がそんな破廉恥なことを!? あいつら……


「ライトさん、どうしたんですか? すごい顔してますよ」

「結婚前の男女が同棲なんて許されないことなんだよ。あいつらには裁きの鉄槌を下さねばなるまい……」


「何が悪いのですか? 私とライトさんだって似たようなものです。そうそう。こないだの答えですが、私、ライトさんのことが好……」



 パシッ



「むー」


 フィオナの口を押える! このシチュエーションでは聞きたくない! ロマンティック感ゼロじゃないの!


「フィオナ…… その先は言ってはいけない。もう一度いい感じの時に俺から気持ちを伝えるから。その時に答えを教えて」

「むー」


 フィオナはよく分からないみたいな表情で頷く。

 ふー、危なかった。気持ちを伝えてくれるのは嬉しいが、隣に禿げたおじさんがいるこの状況下では聞きたくないのだ。

 ほらねぇ。やっぱり綺麗な月明かりの下でとか、オシャレな酒場でワインを傾けながらとかに憧れるじゃない?


「おじさん! グリフですが、どこに引っ越したか分かりますか!?」

「どうした? えらい剣幕だな。たしか理髪店の上の二階とか何とか……」


 許さん…… 俺達は理髪店にカチコミに行くことにした。

 理髪店の外階段を上がるとアパルトメントがある。これだな。

 流石にノックはした方がいいな。だって相手は同棲破廉恥カップル。昼間っからお盛んなことになっているかもしれん。

 いくら憎いとはいえプライベートに土足で踏み込んではいかん。


 ドアに手をかけた瞬間…… 



 ギシギシッ ギシギシッ ギシギシッ



 中からギシギシアンアンが聞こえてきた…… あいつら……



 ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!



「グリフー! 開けろー!」

『…………!?』


 すごく乱暴にノックをすると、扉の中からバタバタ音がする! ガサゴソも聞こえる! 

 急いで着替えでもしているのだろうか? 


「ららららいと!? おおおおおかえりっ!?」

「ら、ライトさん!? お帰りなさい!」


 二人が出てきた。シャツとかちょっと開けてやんの。なんだろうか、この気持ち……


「なんかすまん…… 邪魔したな。フィオナ、行こうか……」

「はい」


 俺とフィオナが背を向けて帰ろうとするとグウィネが引き留めてくる。


「ちちちちがうの!? 待って!? 行かないで! そうだ! ライトさん今からお風呂行かない!? 再会を祝ってみんなで遊びましょ!?」

「そ、そうだ! 風呂いこう! 俺、汗かいちゃってさ!」

「そうだね…… あれの後なら汗もかくわな……」


 グウィネがグリフの脇腹に肘鉄を食らわせる。余計なこと言うなって感じで。

 く…… 

 くふふ……

 あはは……


「はは…… ははは…… あはははは!」

「ライト?」


「勘違いすんなよ! 引っ越し祝いに来たんだよ! すまん! からかって悪かった! いやー! 仲良きことは美しいことですなグリフさん! くそー! 羨ましい!」

「ライトさん? 怒ってないんですか……?」


「なんで怒ってると思うの?」

「だって私達、ライトさんがエルフの国で頑張ってるのに二人で勝手に一緒に住んだりして…… 本当はライトさん達が帰ってくるまで我慢しようとしたんですけど……」


「そんなことで怒らないよ。むしろからかうネタが出来て嬉しいかな?」

「もう! ライトさんの意地悪っ!」


 グウィネがペタンと耳を伏せる。怒らせちゃったかな。


「ごめんごめん! 今日は時間あるか? 風呂と酒なんてどうよ!?」

「行くに決まってるだろ! ライト、よく帰ってきたな!」


 グリフが抱きついてくる。

 うーむ、相変わらず暑苦しいやつだ。


「フィオナさんもお帰りなさい!」

「ひゃあんっ」


 グウィネがフィオナに抱きつく。

 こっちは絵になるなぁ……


 この後、公衆浴場に行ってから銀の乙女亭で宴会をした。楽しかった。

 いいな、仲間って。アヴァリもいい町だった。一生そこに住めって言われても全く問題無いくらいに。

 でもやっぱり俺の居場所ってここなのかもな。だってこいつらがいるもんな。

 この街も、こいつらも失いたくない。



 改めまして。ただいま、みんな。

 俺は帰ってきたよ。

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