別れ

 スタンピードが終わり一ヶ月が過ぎようとしている。

 俺とフィオナは傷付いたアヴァリの復興を支援するため、まだアヴァリに残っている。


 フィオナは城壁の修理を手伝っている。

 アヴァリの城壁は土で出来ており、それを土魔法で強化し石のように押し固めるんだ。 

 いつまたスタンピードが起きるか分からない。

 以前の二倍はあろうかという強固な城壁を作るそうだ。


 俺は魔法が使えないので違うことでエルフの支援をしている。

 料理だ。ラーメンに続き、乾燥パスタの生産とレシピを教えている。


 本当はトマトを使ったパスタも教えたかったのだが、アヴァリの日照条件がトマトの栽培に合わないらしく諦めた。

 こうして忙しくも充実した毎日を過ごす。


 アイシャを失った心の穴を埋めるように……


 フィオナとの関係はまだ以前のままだ。

 彼女の答えは分かっている。でも今はその気にはなれなかった。

 今はフィオナの想いを嬉々として受け入れてはいけないと思っている。


 今度は俺に時間が必要なんだ。

 女々しいな、俺って。


 フィオナもその空気を悟ってか、何も言ってこない。

 そうだな。時期が来たらまた俺から言ってもいいな。



◇◆◇



 ある日、聞き慣れた声が俺を呼び止める。


「ライト!」


 

 ガバッ!

 ギュゥゥゥッ!



 誰かが俺に抱きついてきた! 

 エリナさんだ!


「エリナさん! 早かったね! よかった! まだ二ヶ月も経ってないじゃない!?」

「道中で運良く交易商のキャラバンと同行出来てね! 半月早く着いたの! スタンピードは…… 終わったのよね?」


「うん、もう大丈夫。アモンは退治は出来なかったけどね……」

「ライト……? 大丈夫? 何か様子が変よ?」


「何でもな……」「話しなさい」


 エリナさんが言葉を被せてきた。

 敵わないな、この人には。

 俺の変化に敏感だ。すぐに悟られてしまう。

 流石は俺の魔法の師匠だ。生活魔法のだけどな。

 宿に場所を移し話をすることにした。



◇◆◇



「そう…… アイシャって子は残念だったわね。それでライトはそんなに落ち込んでるのね」

「え? 落ち込んでる? そうかな。俺は普段通りにしてるつもりだけど」


「あんた、最近自分の顔見てる? コディより老けてるわよ」


 久しぶりに父さんの名前を聞いた。ふと鏡に目をやると…… 

 なるほど。酷い顔だ。

 ははは…… 笑えてくると同時に涙が出てきた。

 それに気付いたエリナさんが俺を抱きしめる。

 自分の意思とは裏腹に泣き言が漏れてしまう……


「エリナさん…… どうしよう…… 俺、アイシャを殺しちゃったんだ…… もういやだ…… 戦いたくないよ……」


 本音が出てしまった。

 この人は俺のことを赤ん坊の頃から知っている唯一の人だ。

 エリナさんの前では隠し事なんて出来ない。


「ライトは泣き虫ね。変わってない。体ばっかり大きくなっても中身は子供ね。でもね、あなたは大丈夫よ。まだどん底にはいないわ。悩んで、後悔してるんでしょ? 

 人は本物の絶望を知ったらね、もう前に進むしかないの。あなたは悩み、諦めようとしてる。それってまだあなた自身に余裕があるってことなの。今は泣いて、後悔して、いっぱい考えるといいわ。でもね、あなたは絶対に立ち直る。

 生活魔法教えてた時のこと覚えてる? あなた十年かかったのよ。私が知る中で一番酷い生徒ね。すごく出来が悪かった! 本当に才能無いなこいつって思ってたのよ!」


 ははっ。毒吐くな、この人。

 相変わらず遠慮が無い。


「普通なら諦めるところよ。でもね、ライトは私が来る度に喜んで一番前に来て私の授業を受けてたでしょ。呆れたもんよ。こいつ懲りないなーって。

 でもね。それがあなたの取り柄なんじゃないの? ライトの力だってそうでしょ? 女神の加護だってあなたが努力して力を付けていった。オリヴィアに勝った。ギルドにあなたを認めさせた。グリフだっけ? 恋人が出来たのもあなたが頑張ったからでしょ? そしてアヴァリを救った。

 諦めないこと。それこそがあなたの力。私なら分かるよ。ライトは今、立ち止まってる。でもね、あなたは絶対に諦めない。また立ち上がるわ。だからあなたは大丈夫」


 彼女の言葉を聞いて少し心が軽くなる……

 そうか、諦めないことか。

 それが俺の本当の力なのかもしれないな……


「姉ちゃん…… ありがとう……」


 俺はエリナさんを抱きしめる。

 いつの間にか子供の時の呼び名で呼んでしまった。


「ふふ。久しぶりに姉ちゃんって呼んでくれたわね。懐かしいわ。どう? 今告白したら私を嫁にもらってくれるかしら?」

「俺、年上過ぎるのはちょっと……」



 バシッ!



 いたた。

 エリナさんは俺を抱きしめながら頭を叩く。

 

「ちょっと! 私がおばさんだって言いたいの!? あは、あははは! 全くあんたって子は!」

「グスッ…… ぷ…… あはははは!」


 俺も泣きながら笑う。

 ありがとう姉ちゃん。


「ライト、そろそろ王都に帰りなさい。ここで立ち止まっていては駄目。もう少しだけ泣いてもいいわ。そしたらあなたが成すべきことをしに行きなさい」

「うん…… ありがとう」


 エリナさん、いや、姉ちゃんは俺をきつく抱きしめて頬にキスをしてくれた。



◇◆◇



 翌日、俺達は王都に帰ることにした。

 多くの人が見送りに来てくれた。

 リリ様アヴァリから出られないので、前もって挨拶に行った。

 そしたら泣かれた泣かれた…… 

 カグファ達に女王命令で俺を捕え牢に入れろなんて騒いでた。

 みんな笑って見てたけど。


 エルフを代表してエリナさんが俺にさよならの挨拶をする。


「ライト! また会いに行くわ!」

「おう! 姉ちゃん、ありがとな! 今度来る時は旦那作って連れてこいよ!」


「うるさいわね! 今は仕事が恋人なの!」


 この人、絶対に婚期逃すな。

 はは、俺がこの国に来るってのもいいな。



 こうして俺達は森の王国、アヴァリを救うことが出来た。



 素敵な出会いがあった。辛い別れがあった。



 まだアイシャを失った心の穴は塞がっていない。



 これは俺の罪として一生背負って生きていく。



 ごめんなアイシャ。必ずアモンは倒す。



 絶対に諦めない。姉ちゃんも言ってくれた。



 隣にはフィオナもいる。俺はもう大丈夫だよ。



 もしこの世界に来ることがあったら、またラーメンを作ってあげるから。




 さようなら黒薔薇アイシャ、また会おうな。

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