これから

「どのくらい前だったかな。突然発生したスタンピードで俺は全てを失ったんだ。家族、友人、みんな死んだ。すごい泣いたよ。子供みたいにさ。

 何日も泣き続け、涙が枯れ果てたある日、銀髪の綺麗な女性が現れた。それがフィオナだった。フィオナを一目見た時分かったよ。この子、人間じゃないって。トラベラーっていう種族だ。最初は怖かったんだよ。だってトラベラーってすごく強いんだ。フィオナの魔法を見せてもらった時は足がすくんじゃったよ。

 でもね、旅を続けていく中でフィオナのことが好きになっちゃてね」

「ライトさん。サクラ寝てますよ」


「はは、そうか。じゃあ続きは起きた後でね。また話を聞かせてあげるからね」


 胸に抱く愛娘にお休みのキスをする。

 かわいいなぁ…… もう一回チューしちゃお。


「なんでサクラに私達の話なんかしてるんですか?」


 ギクリ!? その理由は言えない…… 

 以前サクラに約束したんだよな。俺達の話を聞かせてくれって。

 よく分からんがフィオナには、俺が未来のサクラに会ったことを秘密にしておいてって言っていたんだ。


「いやー…… なんかこの子が聞きたいかなーなんて……」

「そんな訳ないじゃないですか。ふふ、おかしな人ですね」


 ふー、なんとか誤魔化せたか。

 俺はスヤスヤと眠る我が子の顔を覗き見る。

 綺麗な銀髪だ…… フィオナに似て美人になるな。

 まぁ俺はサクラの未来の姿を知ってるんだけどね。



 ―――コンコン



 小さくノックする音が聞こえる。

 父さんと母さんが部屋に入ってきた。


 ん? 母さんだけではなく父さんも若返っているのだが…… 

 どう見ても二十代だ。下手したら俺より年下に見える。

 フィオナもその姿を見てびっくりしていた。


「産まれたか。どれどれ…… 母さん、見てごらん。目元なんかライトにそっくりだぞ」

「ふふ、そうね。でも他はフィオナちゃんに似てる。将来は美人になるわね」


 小声で初孫を愛でる二人。

 本当だったらとてもほのぼのとした光景なのだろうけど、なんか違和感しか感じない。

 サクラに夢中な二人を尻目に俺とフィオナは部屋を出ていく。


「ライトさん…… あの二人どうしたんですか? 少し鑑定してみたんですけど、二人からは人が持つオドを感じませんでした。

 それどころか二人の体にはマナが流れてます。二人はもう人ではありません。亜神ですね……」

「いや、俺も分からないんだ。昨日二人と飲んでただけなんだけど…… 起きたら若返ってたんだよ」


「飲んでた? 何をですか?」

「いや、普通のワインだよ」


「ワイン…… 確かめてみましょう」


 俺はフィオナの言う通り戸棚に置いてあるワインを持ってくる。

 フィオナはそれを少しグラスに注いで一口……


「ん……? これ、ワインじゃありません。この味と香り…… これって神酒アムリタですよ」

「なにそれ?」


「前に旅した世界で飲んだことがあります。アムリタっていうのは神様の飲み物。飲んだ者を不老長寿にする神酒なんです。ライトさん、一体何をしたんですか?」


 神様の酒…… これはもしかして…… 

 そうだ、俺は神様になったことをフィオナには言ってなかったな。


「フィオナ、落ち着いて聞いて欲しい。実は……」


 俺はフィオナに全てを話すことにした。



◇◆◇



「ライトさんが神様に……」


 絶句してる…… まぁその反応が正しいだろうな。

 頭から信じる父さんと母さんがおかしいんだ。


「もしかしてサクラにも加護を与えましたか?」

「うん…… 病気しないですくすく育つようにって……」


「そう…… でもこれからは気を付けてください。不用意に加護を与えては駄目です。

 多分お義父さんとお義母さんは不老長寿になっています。自らが死を望まない限りは永遠に生き続けることになると思いますよ」


 マジで? 俺が無意識に加護を与えた結果、二人が犠牲になったのか。

 それにしてもただのワインが神酒になるとはね……


 俺は父さんと母さんに二人が置かれている状況を正直に話すことにした。


 二人はというと……


「そうか! つまり長生きするってことだな!」

「よかった! これでサクラちゃんの花嫁姿が見られるわね! ライトに似たら婚期が遅れるかもって心配だったのよ!」


 ずいぶんとポジティブだな。

 でもサクラって確か五千年は生きてるって言ってたよな。

 たしか俺と出会った頃は彼氏の一人もいなかったはずだ。

 つまり父さんと母さんはあと五千年は生きるってことだよな?


 大変なことになってしまった…… 

 昨日まで普通の家庭だったのが一変して両親は亜神、俺は神、妻は人外、サクラに至っては正体不明だ。


 俺はこれからどうやって生きていこうか?

 この事をフィオナに相談すると……


「別に今まで通りでいいと思いますよ。もう少ししたら王都に戻りましょ」

「ギルド職員に戻るってこと? でもさ、俺には神様としての役目もあるしさ……」


「何言ってるんですか。神様だって稼がなきゃ食べていけませんよ。それにサクラが大きくなった時に仕事のことを聞かれたらどうするんです? 流石に神様だなんて言えないでしょ?」


 うーむ、たしかに。

 サクラは俺が神様やってることは知っていたようだが、それは分別が付く年齢に達した時に言ったんだろうな。


 とりあえずは、今まで変わらない生活が送れそうだな。

 

「分かった。サクラが落ち着く頃にはみんなで王都に戻ろう」

「ライトさんは先に王都に戻ってもいいですよ。サクラは私とお義母さん達で面倒を見ますから。安心して仕事をしてきてください」


 ん? 俺だけ? 

 いや、別にいいけど産まれたばかりの子を置いて単身赴任はちょっと……


「ふふ、そんな顔しないでください。夜には瞬間移動でここに帰ってくればいいんですよ。ほら、お父さんはしっかり稼いできてください」


 なるほど。俺にはそんな便利スキルがあったな。

 瞬間移動を発動したら王都からここまで一瞬で帰ってこれるし。


「分かった。それじゃ俺は一足先に王都に戻るよ。ギルド長に出してる申請休暇ももうすぐ終わっちゃうしね」

「ふふ、がんばって稼いできてくださいね」


 こうして俺の職場復帰が決まった。


 翌日俺は冒険者ギルドに出勤する。

 俺の故郷と王都は歩きで三ヶ月かかる距離にあるのだが、瞬間移動を使えば一瞬で到着する。


 俺はいつも通りのギルドの掃除を終わらせてからギルド長を迎える。


「ライト! 戻ったか! お前がいない間に大変なことが起こったんだぞ!」

「ギルド長! おはようございます! 大変なこと? 何かあったんですか?」


「知らないのか? お前が休暇を取ってから一週間ぐらい後でな、黒い雪が降り始めてな……」


 あぁ、あのことね。

 そういえばみんな事の顛末を知らないんだよな。安心させてあげたいが、深く聞かれるとめんどくさい。  

 ここは適当に……


「黒い雪のことならもう心配無いですよ」

「なんでそう言い切れる? まさか…… お前何か知ってるな!? ライト! ギルド長室に来い! 洗いざらい話してもらうぞ!」


 しまった! 口が滑った! 

 こうして俺は全てをギルド長に告白することになってしまった。


 話を聞いたギルド長は空いた口が塞がらないようだ。

 まぁ仕方ないだろう。部下が休暇を取ったと思ったら、神様になって戻ってきたなんて信じるほうがどうかしてる。


「お前がこの世界の神に…… いや、お前ならやり兼ねん…… なんたってお前がここに来てからは冒険者ギルドでの死傷者はゼロ、そして単身でサヴァントを救った男だ……」


 ギルド長は自分を納得させるように喋り続ける。

 因みにこの世界でのサヴァントでもクーデターはあった。そういった歴史的事件は未だ因果律の中にあるようだ。


「まぁ信じる信じないはギルド長にお任せします。俺は今まで通りここで仕事がしたいんですが…… 別に構わないですよね?」

「あぁ…… お前さえよければだが…… それにしても、お前が神様とはな……」


 何とか納得してくれたか。これで定期収入は得られそうだな。

 そうだ、あれも言っておかないと。


「すいません。俺は神様として人々に加護や祝福を与える仕事もしなくちゃいけないんです。多分瞬間移動を使えばすぐに戻って来れると思いますので、勤務中に突然いなくなることもあると思いますが…… それは認めてもらえますか?」

「ははは…… もう勝手にしてくれ……」


「ありがとうございます! では俺は仕事に戻りますね! そうだ! 掃除の他に放置されたEランク依頼とかはありませんか?」

「ははは! もちろんあるぞ! お前をこき使うために貯めておいた依頼はたっぷりある! 今日は午後から迷子の子犬探し! そして商業区のどぶ攫いだ!」


 ははは、忙しい一日になりそうだな! 

 じゃあ頑張りますかね!


 こうして俺はいつもの日常へと帰っていった。


 仕事は定時には終わり、俺は瞬間移動で故郷に帰る。


「ただいまー」

「お帰りなさい……」


 サクラを抱いたフィオナが小声で出迎えてくれた。

 今寝たとこなのかな?


「おっぱいあげてたら寝ちゃったんです…… 仕事はどうでしたか……?」


 サクラを起こさないように俺も小声で話す。


「うん、いつも通りだよ。今日から通常業務に戻ったんだ」

「そう。ご苦労様です」


 フィオナが俺の頬にキスをする。

 嬉しいな。何気ない日常だ。

 これが俺が一番求めていたものなんだ。


「じゃあごはんにしましょ」

「あぁ。今日は何を作ったんだ?」


「んふふ、カレーです」

「美味しそうだ。フィオナとどっちが美味しいかな?」


「もう、ライトさんのエッチ」


 こうして俺の一日は終わる。嬉しいな。

 明日も俺が知らない平和な一日なんだろうな。


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