サクラ五歳になりました

 サクラが産まれてから五年が経つ。

 俺達は王都に……戻ること無く、故郷の村から王都に瞬間移動通勤を繰り返しているのだ。


 フィオナはサクラが一歳になる頃には仕事に戻り、俺と共にギルド職員としての仕事をしている。


 俺達が王都に戻らなかった理由。

 それは……


「パパー、いってらっしゃーい!」

「ライト、フィオナちゃん! 今日も頑張ってね!」


 愛娘が母さんに抱っこされて俺達を見送ってくれる。

 ここに残った理由はサクラのリクエストがあってのことだ。

 おじいちゃん、おばあちゃんと離れたくないんだと。


 親子三人で暮らしたい気持ちもあるが、俺達が仕事をしている時にサクラを見てくれている人がいるのは安心だ。


「ふふ。サクラ、行ってきます」


 フィオナがサクラの頬にキスをする。


「うん! ママもいってらっしゃい! 早く帰ってきてね!」

「いい子にしてるのよ。おばあちゃんを困らせないようにね」


「うん!」


 元気のいいサクラに見送られ俺達はいつもの仕事に向かう。

 俺達はいきなりギルドには向かわない。

 王都にある俺達の家に行ってお茶を飲むのが日課になった。

 やはり家は誰か住んでないと痛むし、たまにはフィオナと二人きりになりたいのだ。


 王都にある俺達の家に到着。

 こうして見るとやっぱりいい家だ。この一画では一番大きくて、屋上もついている。

 上から眺める王都の夕焼けは俺のお気に入りだ。


 さぁ、出勤前に少しゆっくりするかな。

 

「ただいまー」

『…………』


 ゴーレムのレムがいつもの如くお茶を淹れて俺達を待っていた。


「ふふ、ありがと」


 フィオナはテーブルについて紅茶を楽しむ。

 ふとフィオナの顔を見る……


 やっぱり若返ってるな。

 いや、若返ってるんじゃなくて時空魔法が切れただけだ。

 体内時間がトラベラーのそれに戻ってしまったか。


「なぁフィオナ。時空魔法の効果が切れちゃったみたいだけど、また魔法をかけて欲しい?」

「んー、今はどっちでもいいですね。そうですね…… サクラが大きくなって、もう一人欲しくなったら魔法をかけてもらおうかな」


 そうか、ちょっと残念。

 体内時間が人と同じになったフィオナは歳を取るようになった。

 そのおかげか、大人の女性の艶っぽさが出てとてもよろしかったのだ。

 若々しい今の姿も素敵なんだけどね。


 この事を伝えるとフィオナも同じ返しをしてきた。


「それを言ったらライトさんだって同じですよ。気付いてませんか? ライトさんも私と出会った時と同じくらいに若返ってますよ」


 ん? ほんとに? 

 自分の容姿に興味が無いので気付かなかった。

 この世界に生まれ落ちてからもうすぐ三十年が経つのだが…… ちょっと鏡を見てみる。


 ははは…… こんな三十代がいるかよ。

 二十歳になったばかりのガキの顔してるぜ。


「そうか…… 俺も歳を取らなくなっちゃったんだな」

「ふふ、がっかりしましたか? でもその顔のライトさんもかわいくて好きですよ。確かに大人の渋さは欠けますけどね」


 大人の渋さか…… それは俺の両親に言ってやってくれ。

 二人は俺が無意識にかけた加護のせいか、どうみても二十代前半に若返ってしまったのだ。


 あの顔でサクラのおじいちゃんおばあちゃんか。

 何も知らない人が見たら親子にしか見えないんだろうな。


「そう言えば、お義父さんとお義母さんですけど。今度から村長兼神官をするって言ってましたよ」


 ん? それは聞いてないぞ? 


「どういうこと?」

「ライトさんの加護の効果ですね。エルフやトラベラー以上に精霊の声が聞こえるようになったみたいです。その力を使って村の発展に寄与していくって張り切ってましたよ」


 すごいな。我が親ながらそんなことが出来るようになっていたとは。


「それと身体能力と魔力も上がってます。今の二人はトラベラー以上に強いはずです。村の平和はあの二人に任せて大丈夫ですね」


 なるほど。まぁそうだよな。フィオナが言ってたっけ? 二人は亜神になったって。


 神様に準ずる存在になった二人は自分の置かれている状況を悔やみもせず、力を平和のために使っていくようだ。

 はは、父さん達らしいや。


「じゃあそろそろ行きましょうか。レム、明日も来るからよろしくね」

『…………』


 レムに見送られ俺達はギルドに向かう。

 デート気分を味わいたいので、王都にいる時は必ず手を繋いで歩いて向かうことにしたのだ。


 手を繋いで、いつもの道を歩いていると……


「あ、ライトさん、あれを見てください」


 ん? フィオナが指し示す先には見事な虹が出ていた。

 雨上がりでもないのに。

 それにしても不自然なほど鮮やかな色の虹だな。


「あれって多分啓示ですね」

「啓示? なんの?」


「クルスからのですよ。多分加護を与えるべき誰かが産まれたんじゃないですか? ほら、神様の仕事ですよ」


 そうか。たしかにクルスは言ってたな。

 加護を与える存在が現れた時は俺に分かるように合図を送るって。

 あの虹が啓示ってことか。


「フィオナ、今日は少し遅れるって言っておいてくれ」

「はい、ライトさんもお仕事がんばってくださいね!」


「あぁ。じゃあ、後でな!」


 俺は瞬間移動を発動! 虹のたもとを目指す。

 着いた先には一つの民家がある。千里眼で中を覗いてみると……


 産まれたばかりの赤ちゃんがお母さんに抱かれ眠っていた。

 赤ちゃんは薄っすら光を纏ってる。この子だな……


 さてと。それでは神様の仕事をしますか!


 俺はマナを取り込む……


 でもどの程度の加護を与えればいいんだ? 

 下手に俺の両親レベルの加護を与えてしまえば亜神となり、この子の未来を壊しかねない。

 ちょっと取り込むマナを抑えるか……


 そうだな、魔法でいうところの超級魔法を使えるぐらいのマナにセーブしておこう。


 俺はマナを取り込む……



 ―――ギュオオンッ



 あ、ちょっと多すぎた。

 今度は少し大地にマナを返して……



 シュウウンッ



 ん? 今度は返し過ぎたな…… またマナを取り込むと……



 ―――ギュオオオオオンッ



 いかん! 今度は神級魔法を使えるぐらいのマナを取り込んでしまった!


 この仕事って…… 

 何気にめんどくさいぞ!? もっと簡単に終わると思ってた! 


 マナを取っては大地に返すを繰り返す。

 納得出来る量にするのに半日かかってしまった……


 俺は赤ちゃん目掛けマナを放つ。



【健康に育ちますように】



 与えたマナが魔法によるか、身体能力向上によるかはこの子が生まれ持った才能で変わるだろう。

 こんな感じで神様としての仕事を終えたわけだが……


 すごくめんどくさい! 

 なるほど、クルスが放棄するわけだよ……


 夕方になりギルドに遅すぎる出勤をする。

 フィオナが心配そうに俺を出迎えてくれた。


「どうしたんですか!? こんな遅くまで! 今まで何をしてたんですか?」

「実はかくかくしかじか……」


「そうだったんですね…… 繊細な魔力調整は針仕事を同じくらい神経を使いますから。ライトさん、お疲れ様です……」


 これからこんな感じの仕事が突然降ってくるのか。

 これは予想以上に大変だぞ……


 遅れてきた俺はギルドの中を簡単に掃除をして今日の仕事を終える。久しぶりに残業してしまった。

 残業をする神様っていったい……


 家に帰るとサクラが出迎えてくれる。


「パパー! おかえりなさーい!」

「お、お帰り、ライト、フィオナちゃん……」


 はは、お前は元気だね。今日はどんな一日だったのかな? 

 俺はサクラと今日の出来事の話を聞く。何だか母さんがバツの悪そうな顔で俺を見ているのが気になるな。


「今日はね! おばあちゃんに魔法を教えてもらったの! パパに見せてあげるね! 一緒にお庭に来て!」


 はは、すごいなサクラは。

 まだ五歳なのにもう生活魔法が使えるようになったのか。


 サクラに連れられ庭に出る。

 フィオナと一緒にサクラの晴れ姿を見ることにした。


 サクラは庭に立っている木に向かってオドならぬマナを練る。

 そうか、サクラもマナを使えたもんな。


 さぁ、どんなかわいい魔法を見せてくれるのかな? 楽しみだ。

 

「見ててねー! いくよー! せーの! vaggauratal!」



 バリバリバリッ ドカンッ!


 

 ほぼ無詠唱で魔法が放たれる。

 サクラの手からは雷が放射され、狙った庭の木を一瞬で灰に変えた……


 えーっと…… 今のは生活魔法ではないよな?

 フィオナが得意とする超級魔法だよな?


「どう!? すごいでしょ! おばあちゃんにお手本を見せてもらったら一回で出来たんだよ!」

「へ、へー。凄いね……」


 これってつまりは…… 母さんも超級魔法を使えるってことだよな? 

 視線を感じて後ろを振り向く。母さんが申し訳なさそうに俺達を見ていた。


「ごめんね…… サクラが魔法を見たいっていうもんだから、つい調子に乗っちゃって……」

「うん。色々と言いたいことはあるけど。母さんいつの間にあんな高度な魔法を……」


「あぁ、あれは何となく出来たのよ。他にも天候を操ることも出来るわよ。やってみる?」


 止めてください! なんだその魔法は!? 母さんのオリジナルか!? 

 そういえば母さんのステータスを見たことがなかったな。どんなもんなんだろ? 


 分析を発動し、母さんを見てみると……



名前:ナコ

種族:亜神

年齢:45

レベル:999

HP:99999 MP:1+5E STR:99999 INT:1+5E

能力:武の極み 魔の極み

特殊1:超級魔法 天候魔法

特殊2:限界突破

付与効果1:息子の加護 



 強ぇ…… 最強のお母さんだ……

 サクラが母さんの真似をして誤爆でもした日には誰かしら死ぬことになるだろう。


「母さん、サクラの前で魔法は使わないで……」

「ごめんなさい……」


 しゅんとして母さんは家に戻っていく。

 本人も気にしてるんだ。後で慰めてあげなくちゃな。


 さぁ次はサクラだ。まずはフィオナがサクラに優しく話しかける。

 

「サクラ…… 魔法を使えるのはとってもすごいと思います。でもあの魔法はママがいる前でしか使っちゃ駄目ですよ」

「なんでー?」


「危ないからです。もしサクラが魔法を使って誰かが怪我したら大変でしょ?」

「うん! 分かった! じゃあ、vaggauratalはもうやらないね! 今度からはfremeaεfremea超火炎だけにするね!」


 ちがう、そうじゃない。

 やばいな、サクラは超級魔法なら一通り使えると思ったほうがいいだろう。


 俺の仕事も大変だが、それ以上にサクラの教育は大変だ。

 幼いこの子に力を抑えさせるためにはどうするべきか……



 明日は日光日だ。仕事は無い。

 サクラに一日かけて言い聞かせなくちゃな……


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