チシャ

S級冒険者

 時は太陽暦五百五十年。

 アルメリア王国は二十年前に降った黒い雪、それに伴う魔物との戦争に打ち勝ち、更なる発展を遂げていた。


 今では森の王国アヴァリと正式に友好条約を結び、スタンピードなどが起こった際はお互い援軍要請に応じる間柄となる。


 獣人の国サヴァントとの不平等条約は撤廃。一時は税収が減るなどしたが、経済交流が盛んとなり、結果として国庫は黒字に戻ることに。


 今では王女、ゼノア、ゼラセが二人で王都エスキシェヒルを治め、以前よりも経済、文化面で発展し続けている。


 この平和は一人の青年の功績によるもの…… だが多くの者はその名を忘れてしまった。

 仕方のないことだ。英雄とは忘れ去られるもの。

 だがそれを良しを思わず、英雄の名を語り続けようとする者もいる。


 その者の名はチシャ ブライト。

 二十五歳にしてS級冒険者となった彼女は人の身でありながら超級魔法を使いこなし、剣術においても右に出る者無しと称えられている。

 彼女が冒険者になった理由は三つある。


 一つ。彼女の養父である英雄ライト ブライトの名を世に残し続けていくこと。


 二つ。行方不明になった父を探すこと。冒険者になれば自由が利くからだ。

 国境などもギルド証があれば手数料を払うだけで入国出来る。


 三つ。母を探すこと。養母のフィオナはトラベラー。絶対的な死を存在しない。

 フィオナはトラベラーが現れたという情報を得ては現地に赴き、その姿を確認する。


 彼女は十五歳で冒険者になり、十年これを続けてきた。


 彼女は今日もトラベラーが現れたことを知り、アルメリア王国領であるバルナの町までやってきた。

 バルナの町には冒険者ギルド出張所がある。そこで情報を得ることに……


 青色の髪。翠玉のような美しい瞳。

 見る者全てを魅了する美しさをチシャは持っている。

 ギルド出張所にいる全ての者はチシャの姿にくぎ付けとなった。



◇◆◇



「ちょっといいかしら? 私は冒険者のチシャっていうんだけど。この町にトラベラーが出たっていう情報を聞いてね。場所は分かる?」

「…………!?」


 私は今バルナの町のギルドに来ている。

 この町にトラベラーが出たっていう情報を聞いてね。


 それにしてもどこのギルドの受付に行っても、なんだか怖がれてるのよね…… 

 私ってそんなに怖い顔してるかしら?


「い、いらっしゃいませ!? あなたがS級冒険者のチシャ様ですね! ト、トラベラーについてですが、北西部にあるスラムで目撃情報があったと聞きます!」

「スラムね…… ありがとう」


 スラム。犯罪者の巣窟か…… 

 私はギルドの一画を借り、装備を検める。


 まずはパパがくれた二対のダガー。

 十年前に冒険者になった時にデュパさんが刃入れをしてくれた。


 そして魔法の杖の代わりの指輪。

 ダガーと同様にヒヒイロカネ製。魔力の量を上げる力を持つ指輪だ。

 この指輪のおかげで多くの魔物を屠ってきた。 


 最後にパパが残してくれた弓矢。 

 矢には付与魔法をかけてあるので魔法が使えなくても同様の効果が期待出来る。


 その他、ポーションの類も問題無し…… 

 それじゃ行こうかな。

 

 私は外に繋いでいる馬…… スレイプニルに跨る。


「マーニ。行くわよ」

『ヒヒィーン』


 マーニは嬉しそうに嘶く。

 この子はムニンとフギンの子。数年前にゼラセとゼノアから貰ったのよね。


 一応下賜をいう形で譲り受けたんだ。

 この子のおかげで私はどこにでも駆け付けられる。


 スラムは町の反対側にも関わらず、一時間もしない内に到着した。

 安全なところにマーニの手綱を結んで……


「行ってくるわね。大人しく待ってるのよ」

『ブルルルルッ……』


 マーニは寂しそうに嘶く。

 もう甘えん坊さんね。すぐ戻ってくるから。


 私はスラムを歩く。

 物乞いが私を奇異の視線で見送る。


 こんなところにトラベラーが? 

 トラベラーは絶対数自体が少ない。

 この大陸に住まう全ての人は二千万人を超えていると聞いたことがある。

 だけどトラベラーは五千人から一万人の間といったところだろう。

 

 しかも彼らは一つの世界に留まることを知らず、肉体的な死を迎えれば異界へと旅立ってしまう。

 私のママのように……

 ママはトラベラー。死ぬことは無い。

 だけど……


 ママの言った言葉を覚えている。

 トラベラーは異界に転移する時に記憶を失うって。

 もしかしたらママに会えても私のことは忘れちゃってるかもしれない。


 ううん、そんなこと考えちゃ駄目。

 記憶を失ってもママには変わりないんだ。

 パパならそんなママでもきっと受け入れる。


 愛しいパパとママのことを考えながらスラムを歩く。

 突然……


「ひぃ!? た、助けてくれ!」


 遠くから声がする! 

 私は声のする方に走る! どこ!?

 十字路を右だ! 

 角を曲がると、そこには……



 シャキンッ



 一人の剣士が剣を鞘に戻す。

 周りには武器を持った躯が数体転がっていた。


 一目見ただけで分かる。

 その姿、立ち振る舞いだけで剣聖以上の使い手であることが……


 男の姿は大柄な体格、立派な口髭、肩まである紫がかった黒髪…… 

 あれ? この人どこかで見たことがある……


「もしかして…… シグさん?」


 私の声に気付いた男は振り向いて私に近付いてくる。


「その髪、瞳、そしてオドの色…… ライト殿のご息女のチシャではないか?」


 そこにはかつてパパと共に戦ったトラベラー、シグがいた。

 彼に会うのは二十年振りかな? でもどうしてシグがここに?


「こ、こんにちは。お久しぶりです。シグさんはここで何を?」

「仕事だ。最近この町で邪教の活動が活発になって来てな。町長に雇われて調査に来たのだが、突然こいつらが襲ってきてな……」


 邪教? 

 私は躯が着ている鎧を剥いでいく。

 邪教徒なら体のどこかにあるはずだから。


 一人の男の背中に…… あった。

 小さな邪教徒のシンボルである逆五芒星の入れ墨が……



 シャキンッ



 突然シグが剣を抜く。どうしたの? 


「チシャ…… 構えろ。囲まれている」


 シグが言い終わると建物の影からぞろぞろと男達が出てくる。

 雰囲気からして堅気ではないわね。


 私は囲まれても対処出来るよう、シグに背を合わせ男達に問いかける。


「何者かは知らないけど、ここで引くなら見逃してあげる! 私は王都冒険者ギルド所属チシャ ブライト! 

 そしてここにいるのはトラベラーのシグ! この名を聞いて襲い掛かってくるほどあなた達は愚かではないでしょう! 引きなさい!」

「チシャ…… 相手は邪教徒だ。死を恐れない。来るぞ……」


 そうでしょうね! 分かってたわよ! 



 バッ!



 私達目掛け、男達が襲い掛かってくる! 

 左右、前方の三方向同時! 


 ふふ、そんなことで動じるとでも?

 私は両手でダガーを構え……



 ―――スッ



 男達の刃を受けるのではなく、斬り裂く。

 私の持つダガーは伝説の金属ヒヒイロカネ製だ。

 例え敵の刃がダマスカス鋼でも紙のように斬り裂くことが出来る。


 音も無く邪教徒のナイフを斬り裂く。ついでに喉元もね。

 襲い掛かってきた三人は声を出すことも無く地面に倒れた。

 それに動じることなく他の男達が私に襲いかかってくる。


 もう、めんどくさいなぁ……


 私はオドを練る。


 魔法で片を付ける。


 ママに教えてもらった魔法で……


 イメージする……


 ママが得意としてた超級魔法……


 ふふ。この魔法を使うママを見て憧れたんだっけ。


 オドが練り上がる!


 準備よし! せーの!



vaggauratal!】



 バリバリバリバリッ!



「うぎゃあっ!?」

「ぐへぇっ!?」


 私の手から特大の雷が放たれる! 

 雷は十数人の男を同時に焼いていく! 


 辺りから焦げ臭い匂いが漂い、男達は塵になった。


 馬鹿ね、命を無駄にして……


 じゃあ次はシグのお手伝いでも……する必要はないわね。


「ぐほぉっ!?」

「爆散!」



 ドゴォンッ!



 シグの魔法剣が炸裂する。邪教徒は跡形も無く消え去った。

 やっぱりトラベラーってすごいわね……


 シグと私は剣を収める。

 ふぅ、何とかなったわね。


「チシャ。助力を感謝する」

「ふふ、私の助力なんて必要無かったんじゃない?」


「そんなことはない。トラベラーとはいえ、万能では無い。油断すれば死ぬだけだ。私はこの世界から離れたくないのでな。なるべく安全に戦いたいのだよ」


 ん? トラベラーは感情は無いけど、こういう欲求はあるんだね。そんなものなのかな? 


「そう…… 助けになれてよかった。でもこの世界から離れたくないってのはなんで?」

「ライト殿が守った世界なのでな…… なるべくこの世界に留まりたいのだよ」


 シグの言葉を聞いてパパの笑顔が想い浮かぶ。

 パパが命を懸けて守ったこの世界…… 

 ううん、違う。パパはまだ死んだとは決まってはいない。


 私はまだ諦めてない。きっとパパは生きている。ママにもきっと会える。


 今私に出来ることは…… 

 二人が帰ってきても安心して住める世界にしてあげなくちゃ! 


「ふふ、シグさん。ありがと。そうだ、あなた今から邪教徒を退治しに行くんでしょ? 手伝うわよ」

「それは重畳」


 私はシグを二人で下水道に侵入。

 この町に巣食う邪教徒を一人残らず捕らえ、町長に差し出す。


 お礼として百万オレンをもらい、この町を離れることにした。

 私は報告のため王都に帰らないといけないから。


 町外れでシグと別れることに。


「それじゃあね。シグさんはこれからどこに行くの?」

「風の吹くままだ。チシャ、息災でな」


「あはは。トラベラーっていうのは自由なのね。羨ましいわ。また会いましょうね!」

「さらばだ」


 シグは南に。

 私は北の王都に向かい馬を走らせる。


 こうして私のパパとママを探す日々は続く。


 きっと会える…… 

 その日が来るのを信じて……


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