悲しい帰省

 王都エスキシェヒル。

 私が住んでいる街であり、パパとママが命がけで守った街だ。


 私はバルナの町でトラベラーを見たという情報を得たが、残念ながらママはそこにはいなかった。


 そこにいたのはかつて会ったことがあるトラベラーの剣士、シグがいた。

 私は彼とスラムに巣食う邪教徒を殲滅し、報告のため王都に戻ってきた。


 ここに戻ってくるのは二ヶ月ぶりかな…… 

 みんな元気にしてるだろうか。

 まずは報告のためギルドに行くことに。


 アレクおじさん…… ふふ、そう呼ぶとギルド長と呼べってうるさいのよね。

 ギルド長に報告しなくちゃ。


 ギルドに入り二階のギルド長室に。 

 ノックをすると入れとの声が聞こえた。


「チシャか…… 今回はどうだった?」


 アレクおじさん、老けたなぁ…… 

 しょうがないか。この人ももう七十近いんだよね。

 まだ引退しないのは私のことが心配だからだ。


 ライトとフィオナの娘が独り立ちするまでギルドを辞めないって言ってた。

 私ってまだ一人前じゃないんだね。


「報告します。バルナでトラベラーを発見しましたが、ママ……いえ、フィオナではありませんでした。

 その代わり邪教徒がスラムに巣食っていたので現地で出会ったトラベラーのシグと協力して邪教徒を殲滅。身柄は町長に渡してあります」

「そうか…… よくやったな。そういえばまたすぐに出るのか? 今はトラベラーの情報は無い。ギルドに出されてる依頼もお前には見合わないものばかりだ。少しは休め……」


「いえ…… そんな暇は……」

「いいから休むんだ」


 アレクおじさんは私の言葉を遮る。

 別に疲れてないんだけどな……


「いいか。お前は働き過ぎだ。必死過ぎるんだよ。生き急いでいるようにも見える。俺はお前のようなヤツを数多く見てきた。焦る気持ちは分かる。

 でもな…… 心に余裕が無い奴は早く死ぬ。いいか、少しでいい。気持ちを入れ替えろ。休むんだ」

「それは私がSランク冒険者だから言っているんですか?」


 Sランク冒険者。

 三十年振りに復活した称号だ。

 Sランクがいるといないではギルドの質が変わる。

 国から下りる助成金の額が倍近く増えるんだ。


 私がSランクになってからギルドの収入は潤沢となり、設備の改装などギルドは大きく形を変えることが出来た。


「違う。お前がSランクだろうとEランクだろうと関係無い。お前がライトとフィオナの娘だからだ。

 お前に万が一のことがあったら奴らに顔向けが出来ないだろ?」

「…………」


 意地悪な質問をしてしまった。

 アレクおじさんの答えは分かってるはずなのに……


 焦りか…… 

 そうね。柄にもなくこんなことを言ってしまうなんて。

 私、疲れてるのかな?


「分かりました…… 少し休ませて頂きます」

「よし。お前はどこに泊まるんだ? お前達の家は俺とオリヴィア達が定期的に掃除してるからいつでも住める状態にはしてあるぞ?」


 私達の家?

 あそこにはもう二十年は帰っていない。

 最後に帰ったのはパパがママを救うためにみんなで集まった時かな?


 あそこは思い出が多過ぎる。とてもいい思い出が…… 

 あそこで一人で過ごすのなんて耐えられない。きっと私は泣いてしまうもの。


「いいえ。今日からしばらくオリヴィアおばさんのところに行きます」

「銀の乙女亭か…… いいだろう。用があったらそこに使いを送る。今はゆっくり休むんだぞ」


「はい。では失礼します……」


 私はギルドから出て、銀の乙女亭に続く道を行く。


 もう夕方か。


 様々な思い出が頭を過ぎる。


 三人でよく買い物をしたっけな。


 商業区に入ると露店が出ている。


 ふふ、よくパパにあれが食べたい、これが食べたいってダダをこねた。


 ママには窘められたけど、パパは結局は何でも買ってくれた。


 パパは私には甘かったな。


 魔道具屋が目に入る。

 もう店主のトラスさんは国に帰ったけど、時々ママと二人でここに遊びに来たんだ。

 新しい商品が入荷するとママは目を輝かせて魔道具を見てたな。


 楽しい思い出が次々に浮かぶ。


 でも…… 


 ここにはもうパパもママもいない。


 王都なんて嫌い…… 


 二人がいないこの街なんて……




 大っ嫌い……




 悶々とした気持ちのまま銀の乙女亭に着いた。

 中に入ると忙しそうにオリヴィアおばさんが駆け回っている。


「いらっしゃい……!? ってチシャじゃないか! 久しぶりだね! 元気にしてたかい!?」


 オリヴィアおばさんが私を出迎えてくれる。

 この人にはお世話になった。

 パパがいなくなってから冒険者になるまでの十年間。私は銀の乙女亭で過ごした。

 その間、オリヴィアおばさんからは剣の手ほどきも受け、私は強くなることが出来た。


「おばさん…… お久しぶりです。しばらくお世話になりたいのですが、部屋は空いてますか?」

「なんだい、他人行儀に! 心配無いよ! お前とライトが泊まってた部屋は空けてある! そこに泊まりな!」


 そこはなるべく遠慮したいんだけど…… 

 その部屋にもパパと過ごした思い出が詰まっている。

 ママを失って二人で支え合って過ごした部屋なんだ。出来ることなら思い出したくない。


 でも居候の身で部屋を選ぶなんてとんでもないよね。

 その部屋で我慢しよう。


「荷物を置いたら食堂においで! 今日は暇だからさ! 一緒にごはんにしよう!」


 珍しいな。銀の乙女亭はごはんが美味しいと有名な宿だ。

 今日はあんまりお客さんがいないのかな? 


 私は部屋に荷物を置いて食堂に。お客さんはまばらにいる程度だ。

 でも食堂には美味しそうな匂いが立ち込めている。


 空いている席に座っているとおばさんが料理を持ってきてくれた。


 今日の献立はママお得意のカレーだね。

 おかずはパパの大好きな鳥のフリット。飲み物はエール。


 おばさんも席に着き、私達は乾杯する。


「んぐんぐ…… ぷはー! 美味いね!」


 ジョッキに入っているエールを一息に飲み込む。

 おばさんすごいな。

 私もエールを口に含む。苦くて心地いい喉越し……


「美味しい……」

「はは! そりゃ良かった! ちょっと! エールのお代わりを持ってきておくれ!」


 すぐにエールは運ばれてきた。

 私はチビチビとエールを飲みながら食事を進める。

 美味しくて…… 切ない味だ……


 おばさんは一人楽しそうに話しながら食べ続ける。

 私はおばさんの話を聞きながらカレーを口に運ぶ。

 ふふ。おばさんよく食べるね。


 食事が終わると食後酒としてブランデーが運ばれてきた。


 おばさんもこのお酒はゆっくりと飲むみたい。少しずつ口に含んでいく。


「ふー…… 相変わらずこの酒は美味いね。久しぶりに飲んだよ。そういえばアンタと飲むのなんてどれくらいぶりだい?」

「私がSランクになった頃でしょうから…… 五年振りぐらいですね」


「そんなに前になるのかい」


 その後、言葉も無くお酒を飲み続ける。

 私は少し酔いが回ってきたかも。

 そろそろ部屋に戻ろうかな……


 私が席を立とうとするとおばさんに止められた。


「ちょっとお待ち。少し話があるんだ」

「話って?」


「あんた…… 少し腰を落ち着けな。冒険者をやるのは悪いことじゃない。私だって元は冒険者だ。でもね、あんたずっとソロでやってるだろ? なんでパーティーを組まないんだい?」

「パーティー…… そんなものは必要ありません。私が冒険者になった理由だって……」

「知ってるよ」


 おばさんは私の言葉を遮る。


「ライトとフィオナのためだろ? 立派な理由さ。でもね、あんた少しは自分のために生きてみたらどうなんだい? 

 あんたは自分を大切にしてない。あんたは全てをライトとフィオナのために使っている。そんなんじゃ駄目だ。もっと自分を大事にするんだ」

「でもパパとママが私の全てなんです。二人がいない人生なんて考えられません……」


「諦めろなんて言わない。探し続けるといいさ。でも少しでいいんだ! 自分の幸せを考えるんだ!」

「じゃあ聞きますけど、おばさんは私にどんな幸せを望んでるんですか?」


「そうだね…… やっぱりあんたが恋人の一人でも連れてきてくれるんなら安心出来るね」


 ふふ、恋人か。考えてもみなかったな。

 でも……


「おばさん、ごめんなさい…… しばらくはそんなこと考えられない。ごめんね、少し一人になりたいの……」


 私は席を立って宿を出る。

 おばさんは私を追ってきた来たけど……


「あんた! どこに行くんだい!?」

「大丈夫だよ…… すぐに帰ってくるから」


「チシャ……」


 おばさんはそれ以上追ってくることは無かった。

 私の気持ちを汲んでくれたのかな?


 私は夜の街を歩く。

 私の横を家族、恋人達がすれ違う。羨ましいな…… 

 あはは、今までそんなこと考えたことも無かったのに。


 私は当てもなく歩き続ける。

 ふと、とある看板が目に入った。公衆浴場だ。

 ふふ、ママとよく入りにきたな。


 家にお風呂があったけど、大きなお風呂に入るのは楽しかった。

 二人で女同士パパには話せないことを話したんだよね。


 私は着替えも持ってきていないのに公衆浴場に入っていった。



 そこで私は意外な人物に会うことになるのよね……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る