私は一人になりたかった。当てもなく歩いて辿り着いたその場所は……


 家族でよく来た公衆浴場だ。


 私は何故か吸い寄せられるように中に入っていく。着替えを持ってないのにね。


 脱衣所で服を脱いで浴場に。


 まずは体を洗わないと。桶を取ってお湯を頭からかぶる。

 少し酔いが冷めるのを感じた。


 しっかり体を洗ってから……



 チャポンッ



 私は湯船に浸かる。

 気持ちいい…… ふふ、お風呂なんて久しぶり。

 冒険者なんてやってるとお風呂に入る機会なんてそうないしね。簡単に布で体を拭いてお終いなんてことは当たり前。


 でもお風呂ってこんなにいいものだったんだね。忘れてたよ……


「あ~…… きもちいい~……」


 ん? 私の他に誰かいるのかな? ずいぶん遅い時間だったから私が最後のお客だと思ったのに。


「ふふ……」


 思わず笑いが込み上げてしまった。

 声の感じからしてきっと若い子なのに。こんなおじさんみたいな声を出して。


 声の主は私の笑い声に気付いたのか、ざぶざぶとお湯をかき分けやって来る。

 見た目は…… 十五、六歳かな。


 ん? この子、どこかであったことあるかな? 誰かに似てる気が……


 銀色の髪に、幼いけれど優しい顔立ち。緑がかった瞳。 

 親しみを感じる。やっぱりどこかで会った気が……?


 その女の子は恥ずかしそうに謝ってくる。


「ご、ごめんなさい。てっきり私一人だと思って」

「ふふ、いいのよ。せっかくだし少しお話しない?」


 なぜかこの少女と話してみたくなった。普段ならこんなことしないのに。

 少女は目を輝かせて私の隣に座る。


「えへへ! お姉さんありがと! よかったよ、私この国に来たばかりで知り合いとか一人もいなくて! 泊まるとこも無くて、どうしようかお風呂で考えてたんだ!」

「そうなの? 大変だったわね。この国に来たばかりって…… あなた出身は?」


「えーっとね…… それは長い話になりまして…… のぼせちゃうからその話は今度ね!」

「ふふ、面白い子ね。でもあなたのその髪…… 珍しい色ね。この大陸の子ではないでしょ。銀色の髪なんて、見たのはあなたで二人目よ」


 銀色の髪。ママとこの子以外見たことがない。

 それほど珍しい色だ。


「それを言うならお姉さんの髪だって珍しいよ? 青い髪に緑の目。すごく綺麗! 羨ましいな! それにおっぱいも大きいし…… 私はいつまでたっても大きくならないのよ……」


 少女は悲しそうな顔をして自分の胸に手を当てる。ふふ、そんな心配しなくてもその内大きくなるわ。


「本当に面白い子。あなた泊まるとこが無いって言ったわよね。よかったら私のところに泊まらない? なんだかあなたは他人って気がしないのよ」

「ほんとに!? あ…… それなんだけど、私この国のお金はあまり持ってないの。少し借りてもいいかな……?」


 お金か。その心配は無いよ。

 特に買いたい物も無く、ただギルド報酬をため込んでるだけだもんね。


「ふふ、いいわよ。返すのはいつでもいいから。じゃあそろそろ出ましょうか。あ、そうだ。あなた名前は?」


 少女は安心したように笑い、自己紹介を始める。


「私はサクラ! サクラ ブライトって言います! 今日はよろしくお願いします!」


 サクラか。珍しい名前ね。どこの国の言葉かしら? 

 それにブライトか。私と同じ姓ね。まぁそんなに珍しい姓では無いから同姓でも不思議じゃないわね。


 それにしてもこの子も貴族なんだ。かわいい子だけど、品があるとは言い難いわね…… 

 准貴族なのかな?


「よろしくねサクラ。私はチシャっていうの。姓はあなたと同じね。チシャ ブライトっていうのよ」

「なっ……!?」


 ん? サクラの表情が変わる。何か驚かせること言っちゃったかな? 

 姓が一緒だからかな。でもブライトなんて姓は割りとどこでも聞く名前だし……


「チ、チシャ……? お姉ちゃんチシャっていうの……?」


 サクラは震えながら質問してくる。どうしたっていうの?


「う、うん。そうだよ。私の名前はチシャ……」

「お姉ちゃん! やっと会えた!」



 ジャボーンッ!



 サクラが突然抱きついてくる!? 私は突然のことに対応出来ずサクラと共に湯船に沈む! 


「ぷはっ! サ、サクラ落ち着いて!?」

「落ち着いてなんていられないよ! お姉ちゃん! チシャお姉ちゃん! 会いたかったよ!」


 サクラは私の言うことを聞かずに私の胸に顔を埋めて興奮し続けている! 

 ちょっと駄目よ! こんなとこ人に見られたら! 


「と、とりあえず場所を変えましょ! 出るわよ!」

「あぁん! お姉ちゃん! 待って!」


 私はサクラから逃げるように脱衣所に駆け込む。

 どうしよう、私危ない子と知り合いになっちゃったのかな!?


 私を追うようにサクラも脱衣所に。興奮が冷めないのか、びちょびちょのまま服を着ている……


 しょうがないのでサクラを宿に連れて帰ることに。オリヴィアおばさんが私達を出迎えてくれた。


「チシャ! 大丈夫かい? さっきは悪かったよ、変なこと言ってさ…… ってその子は?」


 私の腕にはサクラがしがみつている。何なのこの子…… 

 サクラはオリヴィアおばさんに気付いたのか、私の腕を離して今度はオリヴィアおばさんに飛びついた。


「オリヴィアおばさん! 久しぶりだね! すごーい! この世界のオリヴィアおばさんは私の世界のおばさんとそっくりだね! やった! ここがパパが元々いた世界なんだ!」


 何を言っているのだろうか? 

 サクラはオリヴィアおばさんが困った顔をしているのを気にすることなくペラペラと喋り続ける。


「おばさん! お腹空いちゃった! おばさんの得意のフリットが食べたい! あとカレーも! ピクルスの入ったおにぎりも出来る!?」

「あ、あんた誰なんだい? でもなんで私が得意な料理を知って……?」


「細かいことはいいじゃない! 後で説明するから! おばさーん! 会いたかったよー!」

「分かった分かった! ちょっと離しておくれ! とりあえず残り物で何か作ってくるからさ! 

 チシャ! この子をあんたの部屋に連れてってあげな! ここにいたら他の客に迷惑だ! ほら、さっさとお行き!」


「ああん! おばさんったらつれないんだから! ふふ、それじゃお姉ちゃんの部屋に行きましょ!」


 サクラは私を連れて強引に二階の客室へ向かう。部屋に着くとサクラは当然のようにベッドに腰を下ろす。


 あ…… サクラが座った後が湿ってる。まだ服が濡れたままだった。

 今日はソファーで寝ようかな……


「どうしたのお姉ちゃん?」

「サクラ…… 一旦落ち着きましょ? なぜか知らないけどあなたは私……だけじゃなくオリヴィアおばさんのことも知ってる。

 でも私達はあなたのことを知らないの。改めて聞くわよ。サクラ、あなたは何者なの?」


「ごめんね。つい興奮しちゃって…… ふふ、私って時々周りが見えなくなるの。それをいつもママに怒られてるんだよ」

「そう…… で、私の質問の答えになってないんだけど?」


「あはは。また私の悪い癖が出ちゃったね。そうだね。お姉ちゃんは何も知らないんだもんね。

 それじゃ改めまして。私の名前はサクラ ブライト。あなたの…… チシャお姉ちゃんの妹です」


 この言葉を聞いて私は疑問しか思い浮かばなかった。

 突然現れた少女が私の妹だと告白する。それを信じるとでも思ってるの?


「あ、その顔は信じてない」

「そりゃそうでしょ…… それに私は天涯孤独の身。本当の親のことなんか覚えてない。突然現れたあなたが私の妹だなんて信じられるわけないでしょ?」


「天涯孤独? あぁそうか! チシャお姉ちゃんは確か養女だったんだよね! 忘れてたよ!」


 え? なんでそれを知ってるの? 

 別に隠してたわけじゃないけどその事実を知る者は少ないはず……


「ふふ、それじゃ最初から全部話すね。落ち着いて聞いてね。

 私のパパは…… ライト ブライト。ママはフィオナ ブライトだよ」


 その言葉を聞いて私の頭は真っ白になった。


 突然現れた謎の少女サクラ。  

 この子との出会いが私の運命を大きく変えるとは……



 この時は想像もしてなかったな……


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