旅立ち

 レイの襲撃を退け、世界に再び平和が訪れた。


 俺とフィオナはギルドを退職し、故郷のグランへと戻ってきた。

 ギルド職員を辞めたことで定期収入が減ってしまったが、その代わり錬金術で作ったポーションの流通を増やし、収入は以前とトントンに。


 まぁお金持ちになる気はないので自分達が食っていけるだけで充分だ。


 こうして俺はこの世界の神としての仕事に専念している。  

 フィオナも俺の仕事に付き合ってくれるようになった。


 今朝も空に大きな虹が出た。

 雨上がりでもないのに現れる虹。約束の地で管理者の仕事をしてくれているホムンクルスのクルスからの啓示だ。

 今日もどこかで加護を与えるべき存在が産まれたのだろう。


 俺とフィオナは瞬間移動を使い、虹の袂に赴く。


 

 シュンッ 



 目を開けると人型だったり、獣型だったり多くの獣人が歩いている。

 獣人の国サヴァントの首都ラーデだ。


「ライトさん、行きましょ!」


 フィオナは俺の手を取って街を歩く。

 さて加護を与える子はどこにいるのかな? 


 千里眼を使い、それらしきオドを持つ者を探す。

 すると商業区の一画に優しいオドの揺らぎを発見。


 意外と近くだったので散歩がてら歩いて現地まで。

 途中で美味しそうなおにぎりが売っていたので、二人仲良く食べながら向かうことにした。


 おにぎりを食べ終わる頃にはオドの揺らぎを感じた家に到着。

 さらに千里眼で中を覗き見ると……


 獣型の猫獣人エセルバイドだな。

 小さな耳をピクピクさせながらスヤスヤと眠っている。

 かわいいなぁ。 


 ちょっと撫でまわしたい衝動を抑え、俺は大地のマナを取り込む。


「与えるマナの量に注意してください」

「分かってるよ」


 家主に見つからないように小声で話す。

 最近マナの調整は上手くなったんだ。そんな時間はかからないはず……



 ギュォォォォォンッ!



「マナを取り過ぎです! その量じゃ、あの子は亜神になってしまいますよ!」

「マジで!? それじゃちょっと大地にマナを返して……」



 シュゥゥゥゥンッ……



「それでは大した加護は付きません。もうちょっとマナを取り込んでください」


 フィオナ先生の指導の下、マナの調整は続く。

 あれ? 少しは上手くなったと思ったのに……


 結局適切な加護を授けるのに半日かかってしまった。


 夕方になり俺達は家に帰ることに。

 でもその前に……


「フィオナ、ちょっと買い物して行かない?」

「買い物? いいですよ。何を買うんですか?」


「サクラに贈り物をしたくってね。頼んだ物が今日出来上がる予定なんだ」

「そう…… 明日ですね。サクラが出発するの……」


 俺は肩を落とすフィオナと共に瞬間移動を発動。  

 到着先は岩の国バクーの首都タターウィン。訊ねるのは刀匠デュパ ベルンドだ。

 工房に到着するとデュパは包みを抱えて俺達を待っていた。


「遅かったな! 依頼された物は出来上がっとる!」

「ありがとうございます! では先を急ぎますのでこれで失礼します!」


「おいおい! 中を検めなくていいのか!? せっかくだから試し斬りでもしていかんか!」

「ははは! その必要は無いですよ。あなたは天才だ。どの世界でもね。信頼していますよ」


「ん? 言っとる意味が分からんが…… まぁいいじゃろ! それじゃあな! 何か作ってもらいたかったらまた気軽に来い!」


 俺はデュパに別れを言って工房を出る。

 帰る前にフィオナが話しかけてきた。


「サクラ、喜んでくれるでしょうか?」

「その心配は無いだろ。なんたって伝説の刀匠デュパ ベルンドの作品だ。これを喜ばない奴なんてこの世にいないさ」


 事実サクラは俺のダガーを見て、いつも羨ましそうな顔をしてたからな。


「じゃあ行こうか!」

「はい!」


 俺達は瞬間移動で家に戻る。

 既に日は落ちて辺りはもう真っ暗だ。

 家に入ると母さんが出迎えてくれた。


「お帰りなさい。今日のお仕事はどうだった?」

「いつも通りだよ」


「ふふ。いつも通りフィオナちゃんに迷惑かけてたんでしょ? この神様は魔法が下手っぴだもんね」

「ちょっ!? 母さん!」


「ふふ、怒らないの。さぁ手を洗ってらっしゃい。今日はパーティーなんでしょ?」


 俺とフィオナは手を洗い、リビングに向かう。

 食卓には豪華な料理が並んでいた。

 サクラ、父さんは既に席についており食事が始まるのを待っている。


「パパ! 遅いよ! もうお腹空いちゃったよ!」

「はは、ごめんな」


 俺とフィオナも席に着く。母さんが最後の一品であるポテトのタルトを食卓の真ん中に置いて食事の開始だ。  

 皆が食べ始めようとする時に父さんが俺に話しかけてきた。


「ライト、明日旅に出るサクラに一言は無いのか?」

「一言ねぇ…… サクラは俺から何か言葉をかけて欲しいか?」


「いらないよ。私の気持ちは決まってるし、パパの気持ちも分かってる。それよりも早く食べようよ!」

「ははは! そうだな! 俺もお腹空いてるしな! それじゃいただきます!」


 思い思いに食事をする。

 今日は何があったとか、明日は何をしようとか、いつも通りの楽しい会話の中、食事が進む。

 でも明日からこの場所にサクラはいないんだよな……


 俺の隣でパスタをガツガツと口に運ぶサクラを見つめる。


「ん? どうしたのパパ。このパスタは私のだよ! あげないからね!」

「いらんわ……」


「じゃあ何? 私のことをジッと見ちゃって。あー! 分かった! パパ、寂しいんでしょ!?」


 う! ばれた!? 

 だがここは悟られないように……


「ふん! 寂しくなんてないわ! お転婆娘が出ていって……せいせいする…… ぐす……」

「もうライトさんったら。また泣いちゃって」


 フィオナが食事中だというのに涙を堪え切れない俺を抱きしめてくれる。


「ダメだ…… やっぱり寂しくって……」

「もう…… サクラのことで泣くのは何回目? ほとんど毎日泣いてるじゃないですか」


 サクラはそんな俺を見て、困った顔をして抱きしめてくれた。


「あはは。パパは泣き虫だね。大丈夫だよ。私の転移門は時間を設定して異界に行けるって知ってるでしょ? ここに帰ってくる時は今から一年ぐらい後に時間を設定して戻ってくるから」

「一年もお前に会えないのか!? 明日行って明後日帰ってくるとかに設定しなさい!」


「だからそれが出来ないんだって…… パパは私が繊細な魔力調整が苦手なの知ってるでしょ? がんばってやってみても一年が限界だよ」

「サクラー!」



 ギュゥゥゥッ!



「きゃー! パパ、落ち着いて! 苦しい苦しい! 背骨が折れるって!?」

「サクラー! 行くなー!」


 騒がしくも楽しい食事の時間は終わり、俺達は明日に備え早めに床に就く……が、眠れない。


 隣ではフィオナの寝息が聞こえてくる。

 俺は独りベッドから起き出し、窓を眺める。


 月が明るすぎて星の明かりを消していた。まるで昼間みたいだな。


 机からタバコを取りだし、窓を開ける。

 タバコを咥え、火を着ける。



 ボッ……



 深く吸い込んで…… 

 吐き出す煙を眺める。

 一人思い出に更ける……


 最初の世界のこと。


 異界に飛ばされ転生することになったこと。


 三千世界の旅人になる決意をしたこと。


 再びフィオナに出会い、結ばれたこと。


 愛娘であるサクラに恵まれたこと。


 そしてそのサクラが旅に出る決意をしたこと……


「旅立ちか……」


 思わず声に出してしまった。


「もう…… またそんなもの吸って…… maltajoaΣlta解毒……」


 フィオナ? 

 回復魔法が放たれ、俺の体が薄く光る。


「ごめん。起こしちゃったみたいだね」

「眠れないんですね…… こっちに来てください……」


 フィオナが寝ぼけ眼で俺をベッドに誘う。

 俺がベッドに入ると優しく抱きしめてくれた。


「サクラのことが心配?」

「いや…… 心配はしてない。ただ寂しいだけさ……」


「ふふ、しょうがないですよ。子供はいつか親の元を離れる…… あの子はもう大人です。一人で多くの物を見て、多くを学んでくるでしょ。

 私達に出来ることは笑顔でサクラを見送ってあげること。そして……」

「そして?」


「サクラが帰ってくるこの家を守っていてあげましょ。帰ってくる所が無いと辛いもの……」


 そうだな。それが俺達に出来る仕事か…… 


「フィオナ、ありがとう。自分の中で納得することが出来たよ」

「ふふ、よかった…… それじゃライトさんも寝てください…… お休みなさい……」


 そう言ってフィオナは再び夢の世界に入る。

 起きたらサクラの見送りか。  

 サクラの決めた道だ。

 笑顔で見送ってあげない……とな……







 ―――チュンチュンッ



 ん…… 朝か。

 窓から陽光が差し込んでくる。  

 いい天気みたいだな。別れの朝とは思えない。


 着替えを終えリビングに行くと、いつも通りの朝ご飯が食卓に並んでいる。

 俺以外は既に席についていた。


「ふふ。おはよライトさん」

「パパ! 遅いよ! お腹空いちゃった!」


 ははは、サクラはいつもお腹空かせてるな。

 食事を終え、サクラは身支度を整える。

 身支度といっても荷物は最低限。

 サクラも収納魔法は使えるから手持ちのリュックにはあまり物は入っていないようだ。


 父さん、母さんはサクラの見送りには来ないようだ。

 親子でやって来いだって。なので別れの挨拶は家で済ませる。


「サクラ! いつでも帰って来なさい!」

「うん! おじいちゃん元気でね!」


「サクラちゃん、お土産よろしくね」

「あはは! 分かったよ! それじゃ行ってくるね!」


 ずいぶんあっさりだな……


「ふふ。二人はサクラにすぐ会えると思ってるんですね」


 フィオナは祖父母と孫の別れを笑顔で見つめている。

 家族でも親子、祖父母では違いがあるんだろうな。  

 俺もいつかそんな想いをするのだろうか?


 親子三人で家を出る。適当に歩いて村外れまでやってきた。

 サクラは一人前に出て振り向く……


「それじゃここでいいかな」


 サクラの足元にマナが集まってくる。


 別れの時か……



【転移門】



 サクラしか使えない魔法、転移門を開く。

 マナが渦となり異界への門が開かれる。


 フィオナがサクラを抱きしめた。


「サクラ…… あんまり危ないことはしないでくださいね……」

「分かってるよママ。そうだ、異界に渡る時もしかしたら過去のママに出会うかも? ママに出会ったら何か言っておくことはある?」


「え? そうですね…… ふふ、諦めないでって言っておいて」

「あはは! 分かったよ!」


 今度は俺の番だな。

 サクラを抱きしめようと…… ん? なぜ後ろに下がる?


「抱きしめてもいいけど昨日みたいのは駄目だよ。背骨が折れるかと思ったんだから……」

「ははは! 悪かったよ! そんなことしないからおいで!」


 ちょっと警戒しつつもサクラは俺の胸に飛び込んでくる。


 俺の胸にサクラの頭が埋まる。


 はは…… あの赤ん坊がこんなに大きくなって……

 子供の頃はパパっ子だったのに、大きくなると少し距離が出来てしまったんだよな。

 しょうがないことだけど、少し寂しかったな。


 サクラの頭を撫でる。かわいいおでこにキスをする。


「うぇ~。おひげがちくちくする……」


 抱擁から解放するとサクラは転移門に向かい……


「それじゃ行くね!」

「ちょっと待ちなさい」


 危ね。渡すの忘れてた。


「ん? まだ何かあるの?」


 俺は収納魔法を使い亜空間から包みを取り出す。

 旅立つ愛娘に贈り物だ。サクラはそれを受け取り包みを外す。


「パパ…… これって!」


 俺の贈り物を驚きの表情で見つめている。

 サクラの手にはダガーが握られていた。俺のと同じ作りの物だ。


「材質はヒヒイロカネ。その威力はサクラも知ってるだろ? 扱いには注意するんだぞ」

「パパ! ありがとう! 最高の贈り物だよ! でもなんで四本もあるの?」


 ふふ、そのことに気付いたか。


「残りの二本はチシャにあげて欲しい。サクラはきっとそのうちチシャに出会うかもしれない。その時はこのダガーを贈ってあげてくれ。俺とフィオナからだって。

 そして伝えて欲しい…… 必ず会いに行くってな……」

「パパ…… 分かったよ! 任せて! お姉ちゃんに会ったら必ず伝えるから!」


「あぁ! 任せたぞ!」


 言うことは言った。

 もうやること、伝えることは何も無い……


「サクラ…… 気を付けてな。いつでも帰って来いよ……」

「ふふ、パパったらまた泣いちゃって。ママも泣かないで。行くのが辛くなるでしょ?」


「ぐす…… いってらっしゃい……」

「うん! それじゃあね! 行ってきます!」



 ブゥゥゥン……



 そう言ってサクラは転移門の中に消えていった。


「サクラ……」


 フィオナは愛娘の名を呼んで俺の胸で泣き始める。


「少し落ち着ける所に行こうか……」

「はい……」


 俺はフィオナを抱いたまま瞬間移動を発動。

 到着したのは……



 ―――ザザーン ザザーン



 目の前には大海原が広がる。この大陸のどこか。未開の海岸だ。

 人はおらず、魔素も極端に低いので魔物も出ない。


 二人言葉も無く砂浜に座る。


 一定のリズムで打ち付ける波の音が心を落ち着かせてくれる。


 俺とフィオナは日が傾き始めるまで海を見続けた……


 太陽が水平線に沈もうかというところでフィオナが話しかけてくる。


「行っちゃいましたね…… ふふ、覚悟してたけど、やっぱり気が抜けちゃいました」

「そうだね。これから神様の仕事以外に何をしようか?」


「やることはいっぱいありますよ」

「やること?」


「ふふ、そうです。まずは私に時空魔法をかける。言ったでしょ? もう一人欲しくなったって」

「はは、そうだったね。他には?」


「時間はあります。サクラの使った転移門…… 私達も習得しましょう」

「そうだね。俺達もチシャに会いに行かないとな……」


 時間は無限にある。きっと俺達なら転移門を習得出来る。

 もう一人の愛しい我が子に会いに行かないとな。


「もう一つあるんです……」

「ん? なんだ? フィオナとなら何だってやってやるさ!」


「んふふ。それじゃ久しぶりに踊りませんか?」

「踊る? ははは、そういえば全然ダンスをしてなかったね。いいよ、でも体が覚えてるかな?」


「大丈夫ですよ。ほら!」


 フィオナが右手を差し出す。

 はは、美女の誘いは断れないな。


 俺は左手でフィオナの手を握る。

 腰に手を当てて…… どんなステップで来るかな? 


 フィオナの動きを感じる……


 一歩後ろに下がる。テンポが遅い…… 

 チェックバックだな? はは、リハビリにちょうどいい。



 スロー、スロー、クイック、クイック……



 ゆるやかなステップを繰り替えす……



「ふふ。楽しいですね…… 昔に戻ったみたいです」

「そうだね…… でも音楽が無いと味気無いかな?」


「そんなことありません。あ、そうか。ライトさんは精霊の声が聞こえないんですよね。私には聞こえます。みんな楽しそうに歌ってるんですよ」

「へー、そうなんだ。俺もいつかは精霊の声が聞こえるのかな?」


「ふふ、どうかしら? じゃあ…… 精霊達よ! ライトさんにも聞こえるようにもっと元気良く歌ってください!」

「はは、そんなこと言ってもすぐに聞こえるわけ……?」



  kunno  kunno  xuooie




 聞こえる……


 聞いたことの無い、不思議な旋律。


 耳に残る優しい歌声。


 精霊達が俺達にもっと踊れとはやし立てる。



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie

 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie

 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie


    

 ははは! 分かったよ! 

 俺とフィオナは日が暮れるまで踊り続ける。


 サクラがいなくなった寂しさを埋めるように……













 ライトさん、私幸せです でもまだ足りません


 分かってるよ 二人でチシャに会いに行こうな


 はい…… でも今はもう少しだけ踊りませんか……


 いいよ それじゃもう少しワルツを楽しもうか


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