レイ 其の三

 俺の横で一人の男、交代人格のレイが横たわっている。

 俺の打撃を顎に喰らい、意識を失っているのだ。


 よかった…… どうにか勝てた。

 今になって震えがくるよ。


 レイは世界を壊すため、闇の神級魔法、黒洞のマナの矢を放った。

 それがとんでもない代物だった。


 ただの神級魔法では世界を壊すに至らないだろう。

 だがレイが使ったマナの矢は負の質量を持つ物質、エキゾチック物質をとある公式にかけてエネルギーに変えた。

 それを基に黒洞を放ったのだ。 


 その公式とは……



 E=MC^2



 俺が約束の地から帰ってくる時に使った悪魔の公式だ。

 これなら世界を壊すには充分過ぎる威力になるんだろうな……


 だがそれは俺の使った神級魔法、聖滅光のマナの矢で消滅することになった。

 咄嗟にやってみたことだが、成功してよかったよ。


「ライトさん!」


 フィオナが駆け寄ってきた。俺は彼女を抱きとめる。


「よかった…… 勝つと信じてましたけど、やっぱり途中から怖くなっちゃって……」


 体が震えている。よしよし、もう大丈夫だよ。

 俺はフィオナのかわいいおでこにキスをする。


「え……?」


 ん? どうした、そんな泣きそうな顔をして? 安心させられなかったかな?


「そこなんですか? こっちがいいです……」

「いやいや……」


 そう言って目を閉じる。

 おいおい、みんな見てるって……


 まぁいいか! フィオナのリクエスト通りキスを交わす。

 するとサクラが顔を真っ赤にして……


「もうパパったら! 思春期の娘がいるんだよ! ちょっとは抑えてよ!」

「ははは! ごめんごめん! で、みんなはこれからどうするんだ? レイを救うんだろ?」


 俺の言葉を聞いて母さんが駆け寄ってきた。


「ふふ。ご苦労様。それじゃ今から私達の仕事ね。フィオナちゃん、まずは私から行くわね」

「はい。お義母さん、お願いします」


 一体何をするんだろうか? 

 母さんは意識を失っているレイの頭を自分の膝に乗せる。そして優しくレイの頭を撫で始めた……


「レイちゃん…… 起きなさい」


 母さんの言葉を聞いて、レイがゆっくりと目を開ける。

 大丈夫だよな? また襲いかかってきたりして……


『ん…… あなたは? そうか、ライトのお母さんですね? ふふ、僕は負けちゃったんですね。覚悟はしています。どうぞ、煮るなり焼くなりしていただいて結構……』

「ばか」



 パシッ



 母さんはレイの頭を軽く叩く。

 レイは不思議そうな顔をして母さんを見上げていた。


「まったく…… 息子を殺そうとするような母親がいると思うの? 

 あなたはライトの分身…… そしてライトを今まで助けてくれてたんでしょ? あなただって私の大切な息子です。レイちゃん…… そんな悲しいこと言わないで……」


 母さんはそう言って涙を流した。レイの焦りは止まらない。


『ご、ごめんなさい…… でも僕は世界を壊そうとしたんだよ? お母さんだって死んでたかもしれない。それを許せるの?』

「ぐす…… レイちゃん、いらっしゃい……」


 母さんは両手を広げ、レイを抱きしめた。

 優しくレイの頭を胸に抱き慈しむように撫でる。


「あなたはとっても優しい子…… ふふ、ライトと一緒ね。世界のみんなを助けたかったんでしょ? 

 やり方は間違ってたのかもしれない。でもね、私はあなたを許すわ。だってあなたの母親だもの……」

『お母さん……』


 レイの目からも涙が溢れる。

 その光景を見て俺も涙が出てしまう……


 母さんはレイを離し、後ろに下がる。

 すると今度はフィオナが前に。

 母さん同様レイを抱きしめる。


「レイ君…… 今までライトさんを助けてくれてありがとう。貴方がいたから私達は再び出会うことが出来ました……

 ううん、違いますね。貴方もライトさん自身。だったらレイ君も私の大切な人です。私の大切な旦那様ですね」

『フィオナ……? 君も僕を許せるの? 君は世界を壊そうとしたこんな僕を受け入れてくれるのか?』


「…………」


 フィオナは黙ってレイに……



 チュッ



 キスをする…… 

 う!? ちょっとジェラシー! 

 ま、まぁレイは俺自身みたいなものだし…… い、今は我慢だ!


「もちろんです。もし世界がレイ君の敵に回ったとしても私はあなたの味方です。

 だって…… さっきも言いましたけどレイ君はライトさんと同じなんです。私は貴方を守ります。私達、家族ですから」


『フィオナ…… ありがとう…… ふふ、ライトはいいな。こんな素敵なお嫁さんをもらったなんて』

「んふふ、嬉しいです」


 レイとフィオナはしばらく抱き合っていた。

 その姿は…… なんか悔しいけど、恋人のような…… 夫婦のような……



 ギュッ!



 俺のお尻を誰かがつねる。いたた! 

 隣を見るとサクラが怒った顔をして俺を見ていた。


「そんな顔して! これはパパを……レイを救うためなんだよ! ちょっとは我慢しなよ! 

 それにママも言ってたじゃん! レイはパパみたいなものなんでしょ!? 自分に嫉妬してどうすんの!」

「でもさ…… フィオナが他の誰かとキスするなんて…… やっぱり悔しい!」


「もう! パパのバカ!」



 ギュゥゥッ!



 いたた! またつねられた!

 そんな俺達を見てフィオナが笑う。


「ふふ。サクラ、今度はあなたの番です」

「え? 私も?」


 フィオナがサクラを手招きする。

 サクラはちょっと焦ったように二人に近付いて……


「ほら、サクラ。レイ君に何か言ってあげてください。レイ君はあなたの父親みたいなものでしょ?」

「そ、そうだね…… それじゃ…… 本当のパパも馬鹿だけど、レイの馬鹿! 娘の幸せを守れなくて何が父親よ!」


 あれ? 何か馬鹿って呼ばれたような気がしたが…… 

 まぁいいだろう。サクラの話を聞いてみよう。


『ご、ごめん…… 君はサクラだね? こうして会うのは初めてだね』


 レイはサクラの気迫に押されている。

 はは、見ていて楽しい。


「ほんと馬鹿だよ! 私はね! まだ彼氏とかいないんだよ! 親なら子供の将来を心配するものでしょ!? 私を殺してどうすんのよ!?」

『ご、ごめんなさい……』


「まぁ終わったことだし…… 許してあげる。でも、もうこんなことしちゃ駄目だよ」

「うん……」


 レイがサクラに怒られてる。

 ははは、何だかお姉ちゃんに怒られてる弟を見ているみたいだ。


『サクラ、お詫びになるか分からないんだけど…… ちょっと来てくれる?』

「何? って、わわっ!?」



 ギュッ チュッ



 レイはサクラを抱きしめて、おでこにキスをした!? 

 おのれ! フィオナだけではなくサクラにまで!


 ん? レイのキス? 

 そういえばレイって俺と同じ力を持ってるんだったよな?


 これは祝福だ…… 

 サクラは俺からだけではなく、レイからも祝福を得たのか。


「え? 何だか力が溢れてくる……」

『ふふ、これが君の助けになれば嬉しいよ』


 二人を見てフィオナが微笑んでいる。俺はちょっと悔しいけど……


「ふふ、よかった。これでレイ君はもう大丈夫ですね」

「なぁ。そろそろ説明してくれない?」


「え? 今までの光景を見て分からなかったんですか? ライトさんってほんと鈍いですね……

 レイ君は家族が欲しかったんですよ。彼は繰り返される転生の中で多くの死を見続けてきました。それはとっても辛いこと。

 でもね、それ以上にお父さんとお母さんの愛を受けてきたってことでもあるんです。愛し、愛されること。これはとても素晴らしいことだけど、失う辛さはそれを大きく上回る……

 因果律に囚われ、三万回も親しい人の死を見続けたレイ君は疲れちゃったんです。だから今はレイ君を癒してあげる必要があるんですよ。それはライトさんでは出来ません。私達女の仕事です」


 母さん、フィオナは再びレイのもとへ。

 代わる代わるレイを抱きしめる。

 次第とレイの表情が子供のものになっていく……


 母からの、妻からの、そして、娘からの抱擁を受け、レイの目から止めどなく涙が溢れだした。


 レイは泣いた。声を出して……


『うぅ…… 辛かったんだ…… もう誰も死んで欲しくないんだ…… お母さん…… もうどこにも行かないで……』

「大丈夫よレイちゃん…… そばにいてあげるからね……」


『フィオナ…… サクラ…… ほんとにごめんよ…… 僕、こんなひどいことをしちゃったけど…… みんな許してくれるかな……?』

「ふふ、言ったでしょ? 私はあなたの味方です」


「もうレイったら情けないなぁ! でもパパが泣くとこなんて貴重なところを見れちゃったね! よし! 娘の胸でお泣きなさい!」

『いや…… 泣くなら母さんかフィオナの胸がいいんだけど……』


「ちょっ!? 胸か!? 大きさのことを言ってんのか!? まだ成長期なんだからしょうがないでしょ! いいもん! どうせ後十年もしたらママより大きくなってるもん!」


 いや、残念ながら五千年先もサクラはその姿なんだよね。

 涙、笑いが交錯する。レイの表情がさらに柔らかくなっていく……


 どれくらいの時が経っただろう。

 レイは立ち上がり俺のもとへ。


『ごめんね…… そして…… ありがとう……』

「気にするな。俺は初めからお前を殺す気は無かったしね。レイを救えて満足さ。ところでレイはこれからどうするんだ? よかったら一緒に住むか?」


『ふふ、遠慮しておくよ。僕はもう帰らなくちゃ』

「帰るってどこに?」


『君の中さ。僕は元々は君なんだよ? 分かれた心が再び一つになるだけさ』

「でも…… そうなったら……」


『うん。もう僕らは二度と会うことは無い。ここでさよならだ……』

「ははは! そんなこと言って! どうせまた出てくるくせに!」


 事実、レイは別れを告げてから二回も俺の前に現れてる。

 きっと三回目もあるんだろうな。


『どうかな? ふふ、その時はよろしくね!』


 レイの前に父さんが立つ。


「レイ! もう行くのか!? 父さんには何か一言無いのか!?」

『お父さん…… ふふ、いつも僕を育ててくれてありがとう。どの世界のお父さんも大好きだった…… 因果律から放たれ、こんな形で出会うとは思わなかったよ』


「俺もお前に会えて嬉しかったぞ! 息子が二人になった気分だ! いつでも遊びにこいよ!」


 父さんはレイを抱きしめる。父親が息子を抱きしめるが如く……


 母さんがレイの前に。


「レイちゃん…… もう行っちゃうの……?」

『お母さん…… そんな顔しないで。僕はライトの心の中に帰るだけなんだ。いつもそばにいるからね。僕、お母さんの息子で幸せだったよ……』


「レイちゃん……!」


 フィオナとサクラがレイの前に。


「レイ君…… 貴方は私の夫であり、サクラの父親でもあります。私達は貴方を誇りに思います。またいつでも遊びにきてくださいね……」

「お土産にまた祝福をかけてね! 胸がおっきくなる祝福とか無いの!?」


『あはは! そんな祝福聞いたことないよ! それはライトにかけてもらって! フィオナ! サクラ! ライトと仲良くね!』


 それぞれに別れの挨拶を交わす。

 そして最後は俺の前に……


『それじゃ僕はもう行くよ……』

「あぁ…… また会おうぜ……」


 レイは微笑む。


 俺の胸に手を置くとレイの体が光り始める。


 ゆっくりとレイの体が光に溶けていく……


 完全にレイの体が光に溶け、俺の中に入っていく……


 そして……


  

 ギュォォォォォンッ



 久しぶりのあの感覚が!   

 オドが熱となって全身を駆け巡る! 

 激痛を伴って!

 

「あいたー! 痛い痛い! フィオナっ! 回復して! 死んじゃう!?」

「え!? どうしたんですか!? とりあえずmastdalma超回復!」


 レイが俺と一つとなった。力となって俺に吸収されたってことだ。

 地母神の祝福…… 倒した敵のオドを自分の力に出来る。

 最近魔物を倒しても得られるオドが微量過ぎるので全く意識してなかったわ。


 こうして俺はレイを倒した……っていうか再び一つになった。














 まぁ、またレイに会うことになるんだけどね


 ふふ、でもあんな形で会うことになるとは思いませんでしたね


 はは、確かにね


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