第二層 其の一

 拝啓。天国の父さん、母さん。俺は今、獣人の国サヴァントにある竜の森の迷宮の中にいます。この迷宮は三層構造です。俺達はこれから第二層に挑もうとしています。


 父さん、迷宮の中は真っ暗で時間の感覚が狂います。五時間は歩いたと思っていたましたが、案内人のルージュさんにまだ二時間も経っていないことを聞かされた時は鼻水を噴出させてしまいました。


 母さん、迷宮の中は危険でいっぱいです。サヴァントの秘密諜報部の斥候がここを調べたそうです。腕利きの斥候がここに入ったそうです。一人しか帰ってきませんでした。しかもその人は帰還報告を済ませると自殺したそうです。恐いです……


 父さん、母さん、俺は無事にこの迷宮の中から生きて出られることが出来るでしょうか?


 父さん、母さん、どうか俺を守ってください……




 父さん、母さん……




『ライ…… ライト…… ライトさん?』



 俺を呼ぶ声がする。


「ライトさん、意識飛んでますよ。しっかりしてください」

「は!? フ、フィオナ?」


 いかんいかん。予想以上の辛さに意識がどこか遠くに行っていたようだ。自分の頬をパシパシ叩く。


「すまん。もう大丈夫だ。帰ってきたよ」

「どこにも行ってませんでしたよ? でもお帰りなさい」


 さて現実逃避タイムは終わりだ。今から第二層に挑む。

 正直戦闘は特に辛くはなかった。俺だけで対処出来る魔物が多かったのもあるが、ルージュが予想以上に強い。身体強化術とは別の能力を持っているのだろうか?


 レイスに向かっていったあのスピードは異常だった。戦闘能力はオリヴィア以上なんじゃないだろうか? 非常に心強い。


 それにしてもルージュは美人だ。キリっと整った顔にショートボブが仕事が出来る女を連想させる。


「どうしました? 私の顔に何かついてますか? 準備が良ければ行きますよ」


 おっと、見つからないようルージュを見ていたつもりだったが。さすが諜報部のトップだ。勘が鋭い。


 さぁ、そろそろ行かないとな。先に進まないとここから出られないし。

 

 頑張れ、俺! もう一度バシッと頬を叩いて気合を入れる!


「よし! 立ち直った! 行くぞ!」

 

 第二層攻略開始だ。



◇◆◇



 第二層。構造自体は第一層と変わらない。上と同じように壁に沿って進み、道が分岐するところでマーキングを繰り返す。


 俺の体感では三時間は経っている。でも閉鎖空間では時間感覚が狂うんだよな。

 昨日よりは慣れたきた。きっと一時間半くらい経っているはず。俺は振り向かずにルージュに聞いてみる。


「どのくらい経ちました?」

「四十八分です。まだこれからですよ」


 思った以上に時間が経っていなかった。先が思いやられるな。今度はルージュが俺に質問してきた。


「ライト君って魔法は使える? 恐らくこの階層の魔物は蟲ね。音がする。甲殻がこすれる音…… かなり多い。個体ごとの強さは大したことはないけど数が多いわ。私の剣ではすぐに囲まれてしまう。なるべく範囲の広い攻撃を遠方から仕掛けていきたいの」


 蟲か…… この閉鎖空間で大量の蟲に囲まれることを想像すると鳥肌が立つ。

 おお、気持ち悪い。


 属性を込めたマナの矢なら魔法代わりになるが、やはりここは本職の方にお願いしよう。


「フィオナ、ポジションを代えよう。俺は後ろに下がって援護する。フィオナは前に出て、蟲が出たら魔法で攻撃だ」

「任せてください。もしマナの矢を使うのでしたら、火属性以外でお願いします」


「火は駄目なのか? 蟲に有効だと思うけど」

「ここが地上なら私も火を使います。でも迷宮で使えば酸欠になる可能性もあります。燃やすことで有毒ガスを出す蟲もいますから火は止めておきましょう」


 なるほど。なら氷の矢を使うか。飛竜に止めをさしたのも氷の矢だったしな。

 前衛をフィオナに譲る。彼女のことだから心配する必要は無いな。なんたって魔法のエキスパートなんだから。

 

 フィオナは強い。総合的な戦闘能力なら俺以上だろう。

 森の王国アヴァリでスタンピードを止めたのは俺じゃない。フィオナなんだ。フィオナには切り札とも言える魔法があるしな。


 信頼出来る相棒に前衛を任せて進むこと一時間。フィオナが足を止め、小声で話しかけてくる。


「静かに…… います。小型だけど数が多いです。ライトさんは後方だけ注意してください。決して囲まれないように。始めます……」

「…………」


 俺達は無言で頷く。戦闘開始だ。前方の敵はフィオナに任せる。俺は後方警戒だ。

 弓を構えた瞬間……


aireaηvalt風爆



 ―――バシュッ パァァァンッ



 風属性か。あの魔法は当たる時に衝撃波を発生させ、広範囲にダメージを与える。

 前方からフィオナの魔法が炸裂する音が響く。後方は静かなものだ。フィオナを助太刀したいが持ち場を離れるわけにはいかん。俺は後方警戒に徹する。


「だいぶ数が減ってきました。後ろは大丈夫ですか?」

「問題無い! ごめんな、手伝えなくて!」


「気にしないでください。ライトさんが背中を守ってくれてから安心して攻撃出来ます。もう少しお願いしますね。mistinaaicia氷霧

 

 フィオナを魔法を放ち続ける。頑張ってくれよ…… 


 

 ―――カシャッ



 あれ? 後方に敵影は無いのだが、物音がする。何かが近付いてる……?


「フィオナさん、すごいわね…… さすがトラベラー。閣下、今後トラベラーを見つけたら諜報部にスカウトしてもいいですか?」

「許可してもいいが、無理なんじゃないか? あいつらって一所に縛られるの嫌うだろ?」


「ふふ、そうですね。やはりライト君をこちらに引き込んでから、フィオナさんも…… ライト君! 上!」


 なに? 上……!? 



 ―――カシャッ カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ



「…………!?」


 蟲だ。天井にはびっしりと蜘蛛のような蟲が張り付いていた。隙間が見えないほどびっしりと…… 

 嫌悪感が全身に走る。油断した。くそ、千里眼が使えたら……


「少しずつ前に進みます」


 フィオナは魔法を放ちながら歩みを進める。俺はマナの矢を撃ちながらその後を追う。


 少しずつ、少しずつ蟲は俺達との距離を詰めていく……


 くそ! 来るな、来るな! 冷静さを失いながらマナの矢を撃ち続ける!



 ―――カチリッ



 ん? 俺の足の裏が何かを踏み抜いた感覚を覚えた。これって……



 ―――ブゥン



 音を立て魔法陣が俺達を囲う。しまった…… 罠の存在を忘れていた。



「フィオナ!」「ライトさ……」



 俺はフィオナを掴もうと手を伸ばす。

 その瞬間、目が眩むほどの光が俺達を包み込む……















 ここはどこだろうか



 暖かい



 母の胎内にいるようだ



 俺はどのくらいここにいるのだろう

 


 夢の中にいるかのようだった



 どこにいけばいいのだろう



 当てもなく彷徨い続ける



 遠い先に光が見える



 そうだ、あそこに行こう



 一秒か、一時間か、一年か、長い様な、短い様な時間をかけて光にたどり着いた



 光が俺を包み込む……








『ラ…… ライ…… ライト!』


 俺を呼ぶ声。誰だ? 俺はゆっくりと目を開ける……


「ライト! 大丈夫か! ライト!」

「おじさん……」


 目を開けると見えるのはカイルおじさん。

 俺を抱えて心配そうにしていた。


「よかった…… 気が付いたか。どうやら飛ばされたみたいだな」

「飛ばされた……?」


「あぁ、罠だよ。転移魔法陣だ。くそ、フィオナとルージュの姿が見えん。あいつらは違う所に飛ばされたみたいだ」

「転移魔法…… 迷宮……? フィオナ! 行かなくちゃ!」


「落ち着けって! むやみに動いてもまた蟲に囲まれるだけだぞ!」

「でも! ルージュと二人じゃ危ない! 助けに行かないと!」


「だから! 危ないのは俺らも一緒なんだよ! ちょっとは冷静になれ!」



 ―――ゴスッ



 おじさんは俺にげんこつを落とした! 痛い…… いたずらした後はいつもこれを食らったっけ。でもこんなに痛かったか? 


 頭を押さえてへたり込んでしまった。少し頭から血の気が引いていくのを感じる。


「いたー…… ありがとう…… 少しは落ち着いたよ。てか、頭痛い以外考えられない……」

「がはは。そりゃよかった。じゃあこれからどうするか考えるぞ」


「どうするもこうするも探しに行くしかないでしょ? ほらおじさん犬なんだからフィオナとルージュの匂いを追って探しにいこうよ!」

「それを今からやろうと思ってたんだよ。ったく先に言うなよ」


 え? 冗談で言ったんだけど、そんなことが出来るのか?


「そんな犬みたいなことが出来るの?」

「犬って言うな。この状態では出来ん。犬獣人とはいえ、嗅覚は人族より数十倍いい程度でしかない。だから今から先祖返りの法を使う」


「犬になるってこと?」

「そんなところだ。でもな、あれを使うと言葉が喋れなくなるんだよ。あまり使いたくはないが…… しょうがないな」


「獣人ってみんなそんなこと出来るの?」

「いや、俺のように獣の血が濃い者だけだな。人族タイプのルージュには出来ない技だな。時間が無い。さっさと始めるぞ。しばらくは喋れなくなるからコミュニケーションはお前から取れ。俺はそれに『はい』か『いいえ』で答える。『はい』なら一回鳴く。『いいえ』なら二回だ。よし、やるぞ……」


 おじさんは全身に力を込める。身体強化術みたいだな。


「ぐぅぅぅ…… うおぉぉー!」

 

 おじさんの叫びがこだまする! 次の瞬間!



 ―――ゴキッ バキッ



 体毛が伸び、指が短くなる。

 二足歩行から四足歩行になり……

 でっかい犬になった。


「ばう……」 


 ばう? 思わず笑ってしまいそうになる。そうだ。ちょっとからかってやろう。

 

「お手」

「ばうばう!?」



 ―――ガブッ



 おじさんは抗議のまなざしで俺の手に噛みつく。いたた…… ふざけてごめんなさい。

 とはいえ、これでフィオナ達を探すことは出来そうだ。 



 おじさん、いや、カイル犬! 頼んだぞ! フィオナを見つけたらご褒美に骨をあげるからな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る