第二層 其の二
「ばうばう!」
俺はおじさん、もといカイル犬の後を追う。おじさんはフィオナ達を探すため、先祖返りの法を行使した。
これは獣の血が濃い獣人が出来る技らしい。その代わり言葉を失って犬特有の吠え方して出来なくなる。その姿は犬そのものだな。
「ばう……」
おじさんがジト目で俺を見ている。失礼なことを考えているのがばれたのだろうか?
違うか。道は二股に分かれている。右の道に向かっておじさんが呻る。
「がるるるる」
「どうしたおじさん? おしっこか?」
「ばうばう!」
二回鳴くのは否定の合図。ごめんごめん。冗談だよ。
「この道にフィオナがいる?」
「ばう!」
「魔物はいない?」
「ばうばう!」
いんのか…… この階層の魔物は手強い。蟲型の魔物は個体としての戦闘力は低いが、数の暴力でこちらを押し潰してくる。
しかも戦う場所はこの閉鎖空間。飛竜の群れを相手してた時の方が気が楽だ。
おじさんは戦力外だろう。頼れるのは自分だけか……
とにかく近づかせないように、敵の攻撃範囲外からマナの矢で数を減らしていくしかない。
有効属性は風と氷か。同時に違う属性の攻撃をするのって有効なのかな?
ん? もしかして属性同士を掛け合わせて新しいマナの矢とか作れないかな? ちょっとやってみるか……
「カイル、ステイ!」
「ばうばう!」
「あぁ、ごめん。ちょっと待ってて欲しいんだ。試したいことがあってね。少し実験をしてみようかと……」
マナを体に取り込む。
イメージする。
荒れ狂う竜巻、その中を無数の雹が舞い踊る。
竜巻は獲物を引き千切り、氷が体をすり潰す。
そのイメージのまま、マナの矢を創造する。試し撃ちだ。標的はあそこの岩だ。弓を構え矢を放つ……
―――シュオンッ
青白いマナの矢が狙った箇所に命中する。
サラサラサラッ……
すると岩を中心に凡そ直径五メートル以内の地面、壁、天井が霜に包まれた後、静かに砂になっていった。
すごい威力だな。属性を混ぜるとこんなことも出来るのか。
「ぐるるる」
おじさんが耳を伏せて呻っている。来たか……
カシャッ カシャカシャカシャカシャカシャカシャッ
音を立てて、こちらに近づいてくる。小型犬くらいの大きさの蜘蛛だ。数が多すぎる。洞窟を埋め尽くすが如くだ。
蟲が苦手な人だったらパニックになるだろう。俺だって怖いしな。
暗闇の中、蟲の目が赤く光る。その不気味な光が床、天井、壁を全て覆う。俺達を確認するとギチギチと威嚇してきた。
せっかくだ。新しいマナの矢を使ってみよう。
「おじさん、下がってて」
「ばうっ……」
蟲達は二十メートル先だ。俺は風と氷のマナの矢を創造する。
上手くいけよ……
弓を引き絞り…… 放つ。
シュオンッ サラサラサラッ
着弾地点は霜に包まれ音も無く砂になっていく。蟲も一緒にな。
よし、この攻撃はかなり有効みたいだ。そのまま歩みを進めながら矢を放つ。
「ばうばう!」
おじさんが尻尾をバタバタさせている。そんな誉めんなって。俺は照れながらも蟲の数を減らし続けていく。
そして……
「これで最後!」
―――シュオンッ
暗闇に浮かぶ赤い光に向けて矢を放つ。最後の蟲も砂になって虚空へと消えていった。
「ばうばう!」
おじさんは嬉しそうに鳴きながら尻尾をブンブンと振る。はは、そんなに誉めるなよ。
それにしてもすごい威力だったな。今度、他の属性も掛け合わせてみるか。新しい可能性に期待を感じつつフィオナの捜索を続けることにした。
フィオナ、無事でいてくれよ……
◇◆◇
【
私は目の前にいる蟲に魔法を放ちます。相手はカマキリのような蟲ですね。
命中すると思いきや僅かな動きで躱されてしまいました。
蟲の体長は二メートル前後でしょう。幸い一匹しかいないのですが、私とルージュはこの蟲相手に一時間以上戦っています。
強い…… こちらの攻撃は全て躱されてしまいました。範囲魔法を使おうとしても羽を広げ距離を取られてしまいます。
蟲特有の複眼は視野が異常に広い。ルージュが背後に回って攻撃しても、全ての斬撃は鎌で防がれてしまうのです。
「はぁはぁ…… やばいわね。フィオナさん、この状況を打破する都合のいい魔法って無いの?」
ルージュは息を荒げながらもその口元には笑みを湛えています。彼女も諜報員として何度も死線を搔い潜っているのでしょう。
危機的状況には慣れているのですね。しかし慣れているとはいえ勝機は見えてきません。
「ここでは強い魔法は使えません。崩落の危険があります。威力の低い魔法でダメージを与え続けていくかないでしょう」
「ふふ。なら撤退するしかないわね」
「お勧めはしません。撤退した先に蟲の大群がいたら挟み撃ちになって全滅は必至です」
「予想通りの答えね。ふふふ。やっぱりフィオナさん、サヴァントに来ない? 立派な諜報員になれるわよ」
「ライトさんと一緒なら行ってもいいですよ。来ます…… 構えてください」
ブブブブブブ ブォンッ
蟲が羽を鳴らしながら襲い掛かってきます。早い。両手の鎌で私の首を刈りにきます。
本当に厄介な相手です。今まで相手にしてきた蟲と違い、カマキリは個体での戦闘力が高い。
彼等は優秀なハンターです。自然界においてもカマキリは自分より体の大きい鳥なども食い殺します。
それが人より大きなサイズで私達に襲い掛かってくるのです。状況は極めて不利。
もしここが開けた空間で超級魔法を使えたら負けるはずもない相手なのですが。
―――ザンッ
「きゃあああ!」
蟲の一撃がルージュの右腕を切り落としました。私は杖を構え回復魔法を放ちます!
【
「これは……? ありがとフィオナさん!」
失った右腕が元に戻ります。ルージュは茫然としていましたが、瞬時に我に返ります。
ですが今度は私が蟲の注意を引いてしまいました。羽を広げ私を威嚇しながら両の鎌を構えて近づいてきます。
「伏せて!」
―――シュッ
ルージュがナイフを蟲の背後に投げつけますが、全て避けられてしまいます。
本当に複眼とは厄介です。恐らくライトさんの千里眼並みの視野を持っているのでしょう。
仕方ありませんか……
「いよいよやばくなってきたわね」
「ルージュさん。時間を稼ぎます。ライトさんを探してきてください」
「ちょっと何言ってるの!? あなた死ぬ気!?」
「いいえ、私はトラベラー。絶対的な死は存在しません。ライトさんがいれば復活出来ます。あなたは違います。このままでは二人とも死ぬだけ。
あなたが生き残る可能性が高いほうに賭けましょう。探す先に蟲の大群がいないとも限りません。十分に注意してください」
「ふふ…… そうだったわね。あなたよく笑うし、トラベラーだってこと忘れてたわ。ごめんね、お願いしていいかしら?」
「行ってください」
ためらうことなくルージュは戦線を離脱しました。それでいいです。それが最良の選択です。勝てないにしてもなるべく時間を稼ぎます。
ルージュ、頼みましたよ。
そしてライトさん……
復活は任せました……
―――チャッ
右手に杖、左手に護身用のナイフを構えます。短刀術はあまり得意ではないのですが、もし隙があったら喉に突き立ててやるつもりです。
ここには私と蟲しかいません。これなら誤爆することを気にせず魔法を放てます。
【
魔法を放ちます。単発ではなく、私を中心に蟲が逃げる隙間が無いくらいに複数放つ。
私自身にはレジストをかけてあるので自爆の心配はありません。
この魔法は威力が弱い。でも蟲をこの魔法で倒すつもりはありません。動きを鈍らせるためです。
魔物とはいえ、蟲としての体を持っている以上彼等は変温動物のはずです。自己体温調整は出来ないのです。
案の定、蟲の動きが鈍くなりました。蟲はゆっくり後ろに下がります……
逃がしません!
【
さらに魔法を発動! ですが、また躱されてしまいました。当てるにはもう少し動きを鈍らせる必要がありますね。
ならばもう一度
―――フラッ
杖を構えた瞬間、足元がふらつき視界が歪みました。
いけません。オドを使いすぎたようです。
これ以上魔法を使えば、魔力枯渇症になり、私の敗けが決まります。
ならば……
ガッ ザクッ ザクッ
私は蟲の背後に飛びつき何度も喉にナイフを突き立てます。このまま切り落としてやろうかとも思いましたが、皮膚が固くナイフが横に走りません。突き立てるだけで精一杯です。
でも呼吸器は傷つけました。このまま刺突を続ければ蟲は窒息して死ぬでしょう。
―――ギロッ
目が合いました。
複眼の全てが背後にいる私を見ていました。
私を振り落とそうと信じられないほど暴れ始めます。
なぜですか? 致命傷を与えたはずです。
今はまともに呼吸出来ないはず……?
―――フシュー フシュー
蟲の息づかいが聞こえます。口や喉からではありません。
しまった…… 蟲の呼吸器官は腹にあるのですね……
―――ドスゥッ
「きゃあっ!?」
蟲は私を壁に叩きつけます。私は振り落とされ地面に倒れこむ。見上げると蟲が鎌を構えてゆっくり近付いてきました。
ここまでですか……
ライトさん、早く私を見つけてくださいね……
私は覚悟を決めて目を閉じました……
「そのまま伏せてろ!」
声がします。
癒される声。胸に喜びが宿ります。
飛びそうな意識の中、最後に見たのは……
体を砂に変える蟲の姿でした……
『フ…… フィオ……』
誰かが私を呼んでいます。
その声色は優しく。
胸を暖かくしてくれる。
いつまでも感じていたい。
誰かが私を抱きしめています。
その温もりは喜びで私を満たします。
ライトさんですね。
朦朧とする意識の中、私は喜びに包まれていました。
もっと喜びを感じたい。再びこうしてライトさんに会えた喜びを……
私は彼に抱きしめられたまま口付けを交わしました。
もっと……
もっとライトさんを感じたい……
契約の時のような口付けを交わしました。
彼の舌がおずおずと私の舌に絡まってきます。
更なる喜びが胸に灯る。
でもまだ足りません。
私は我がままなのです。
もっと、もっと。
もっともっともっともっと。もっとライトさんを感じたい。
どうすればもっとライトさんを感じられるでしょうか?
グリフとグウィネのことを思い出しました。
二人は恋人同士。愛を確かめるため性交渉をしていたはずです。
そうですね。人は愛を確かめあう時、生殖行為を以て愛を表現するのです。
私とライトさんが一つになれば、どのような喜びが待っているのでしょう。
考えるだけでもお腹が熱くなります。
ライトさん。貴方と一つになれたら……
◇◆◇
「んーっ!? プハッ! ちょっと駄目! フィオナ! これ以上は駄目! みんな見てるって! ちょっとおじさんとルージュさん! 笑ってないで何とかして!」
「ばう」
「ふふふ。フィオナさんって大人しそうな顔なのに積極的なんですね。とても大胆。羨ましいわ」
びっくりした。フィオナを介抱していたら襲われそうになった。場所が違えば大歓迎だがこの状況はちょっと……
だってみんな見てるし。
「ん…… ライトさん?」
「よかった。気が付いたか。すまん…… 俺が罠を踏んだせいで、みんなを危険に晒してしまった」
―――ギュッ
フィオナはきつく俺に抱きついてきた。笑顔でだ。
「気にしないでください。最後はライトさんが助けてくれました。ありがとうございます。ところであの蟲を倒したのってマナの矢ですか? 見たことの無い属性でした」
「風と氷を混ぜてみました。中々強かっただろ?」
「混ぜてみましたって…… 混成魔法って魔法の秘術の一つなんですよ。それが出来る人なんてそうそういません」
そうなの? そんなに難しくはなかったけどな。でもその混成魔法も知らないことばかりだからね。ゆっくり研究して有効な属性を見つけてみるか。
皆の安否は確認出来た。さて次は第三層か。パーティリーダーであるルージュが立ち上がり……
「では皆さん揃ったことですし、先に進みましょうか。フィオナさん動ける?」
「はい、問題ありません」
フィオナは何事も無かったかのように立ち上がる。強いな。死にそうな目に会ったってのに。俺達は再会を喜びつつ先に進む。
道中蟲は出ることもなく順調に歩みを進め、第三層に続く階段を発見した。
この先にはラーデに続く魔法陣と俺達にとって脅威になる存在がいる……
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