第三層
俺達は三層に続く階段を降りる。
降り続ける。
まだ降りる……
三十分近く降っているのだが着く気配がしない。地獄まで続いているのではないだろうか? 立ち止まりルージュに聞いてみる。
「斥候の人って自殺する前にこの先のこと何か言ってませんでした? フィオナは魔神がいるって言ってましたが」
「ごめんなさいね。三層どころかこの迷宮のことは何も語ってくれなかったの。ただ、ごめんなさいと呟き続けるだけでね。拷問に対する訓練も受けてきた猛者だったのよ。その彼が子供のように怯えて……」
一体この先に何が待ち受けているのだろうか? とにかく先に進まなくちゃ。
終わりの見えない階段を降り続ける。次第と空気が淀んでくるのを感じた。
「もうすぐ三層に着きます。注意してください」
とフィオナが言う。
注意ね。俺はいつでもマナの剣を創造出来るようダガーを抜いておく。相手が何であろうと障害は取り除くまでだ。
更に階段を降ること数分。ようやく階段が終わる。その先には大きな扉が…… 禍々しい彫刻で彩られている。触るのも気持ち悪いが、先に進むためだ。扉を全力で押してみるが……
―――グッ グググッ……
開かない…… 身体強化術を発動し、さらに押し続けるが!
「ふぬぬぬっ! ぷはっ! 駄目だ! ビクともしない!」
「この扉は封印が施されているようですね。魔力で解錠出来るかもしれません。時間が掛かると思いますが、やりましょうか?」
封印か。身体強化術を使い、力いっぱい押しても駄目だった。
そうだな。ここはフィオナに任せよう……としたのだがルージュが前に出る。懐から何か取り出して……
「ここは任せてください」
懐から出したのは鐘か。
ルージュは扉の前に立つ。
―――チリーン チリーン
涼やかな音が鳴り響く。すると扉からカチリという音が聞こえてきた。
「これで扉は開けられますね」
「ルージュさん。それって魔道具ですか?」
「あら、解呪の鐘をご存知ないかしら? ふふ、獣人は魔法が使えないでしょ。だから魔法の代わりになる魔道具の生産が盛んなの。アルメリアにある魔道具の多くはサヴァント産よ。
ライト君達が付けてる耳も私達の技術。魔道具だけじゃない。回復魔法の代わりに医術も発達しているしね。魔法で癒せない病を抱えた人が治療にくることだってあるのよ」
ルージュがお国自慢をしてくる。すごいな。魔法が使えないが故、高い技術力を身に着けたのか。
そういえば強さを数値化するスカウターっていう魔道具もサヴァントから買い付けたって言ってたな。
「ふふ、講釈はお終い。先に進むわよ」
「はい!」
―――ゴゴゴゴゴッ
音を立てて扉が開く。
中は…… だだっ広い空間が広がっている。天井も高く、直径五十メートルほどの円形状。壁には青く燃える松明。中央には祭壇があった。
「ここに転移魔方陣があるはず。皆さん、足元に注意して調べて下さい」
ルージュの指示のもと、内部を調べて回る。するとフィオナが中央の祭壇に乗って周囲を見回す。
おいおい、罠とか仕掛けられてないだろうな。またどこかに飛ばされでもしたら……
「皆さん、ここに上がってください」
フィオナに促されるまま祭壇に上がる。これは…… 祭壇を中心に部屋全体に魔法陣が描かれている。
なるほど、高い位置からじゃないと気付かないな。でも魔法陣があるだけで、何も反応しない。
「フィオナさん、この魔法陣って起動出来ない?」
「恐らくこれも何らかの封印が施されているようです。それを解かない限りは転移魔法は発動しないでしょう」
ここも封印か。さっきの解呪の鐘でなんとかならないかな?
そんなことを思っていたら……
『その通り』
声が聞こえる。
誰だ!? 俺達ではない誰かの声が聞こえてきた! こいつが魔神か!? その声は……
俺達が来た道から聞こえてきた。
―――カツーン カツーン
冷たい足音を断て、ゆっくりこちらに近付いてくる。
青白い松明がそいつのシルエットを浮かび上がらせる。
その姿は…… 獣人? おじさんのような獣タイプの獣人だ。腰巻には刀を差している。上半身は着衣を身に着けていない。
肌が黄色と黒の斑点。豹のような姿…… 猫氏族か?
「オセ……? ライト君! 気を付けて! 奴は獣人ではありません! こいつはかつてサヴァントに厄災を振りまいた死神です!」
獣人ではない? 確かにこいつから感じるオドは禍々しい。人ではないのだろう。
『おや、そんな昔のことを知っている人がまだいたんですか。ふふ、あれは楽しかったですね。貴殿方をちょっと誑かしただけで犬族、猫族以外の獣人が居なくなってしまったんですから。ほら、そこの人族に言ってあげたらどうです? 貴殿方の罪をね』
「がるるる!」
「貴様!」
おじさんとルージュが激昂している。とりあえずこいつは俺の友達にはなれそうにないな。
オセとかいったな。魔神の一柱なのか? 丁寧な話し方だが外道の臭いがプンプンしてくる。嫌いなタイプだ。
俺は一歩前に出て、オセに話しかける。
「なぁ、猫ちゃん。悪いけど俺達はこの魔法陣を使いたいんだ。邪魔するんなら帰ってくれるかな。言うこと聞いてくれれば耳の裏を掻いてあげるぞ」
『それは魅力的な提案ですね。しかし、この魔法陣を起動するには私の許可が必要です。もしくは私を殺すことで起動させることも出来ます。貴方はどちらを選びますか?』
「出来れば前者を選びたいんだけど。でもお前は俺達を殺す気なんだろ?」
『はい、こんな地下深くで何の楽しみもなく過ごしているんです。この機会を逃すつもりはありません。貴殿方は私を楽しませてくれますか?』
「お前の趣味に付き合ってる暇は無いからね。さっさとお前を倒してラーデに向かうとするよ。悪いけど、みんなは下がってて。俺が相手をする」
―――チャッ
ルージュが魔剣を抜く。一緒に戦ってくれるつもりなのだろうが…… オセは間違いなくルージュより強い。下がってもらった方がいいだろうな。
「ライト君! 気を付けてください! こいつはあらゆる者に変化する術を身に付けています!」
『おやご存知でしたか。そうそう、この能力を使って五百年前、当時の王様を誑かしたんでしたっけ。
ふふふ。単純な王様でした。絶世の美女に化けて王様と結婚してあげたんですよ。色に溺れた彼は私の言うことを全部聞いてくれました。少数民族はいらないでしょって言ったら全部殺してくれました。楽しかったですよ。彼らを様々な方法で殺しました。それを肴に王様と酒を飲んだものです。
おかげで今のサヴァントは犬と猫の国になりました。すっきりしたと思いませんか、ねぇお嬢さん?』
―――ブワッ
ルージュの髪と尻尾の毛が逆立つ。
「貴様!」
怒りを抑えられなくなったルージュは魔剣を構え、オセに斬りかかる。
しかし、斬りかかった先にいたのはオセではなく……
『おやおや、ずいぶん勇ましいお嬢さんですね』
ルージュがいた。変化の力か?
オセはルージュと同じ武器、魔剣アパラージタを持っていた。それまでコピー出来るのかよ?
―――ガキィンッ
二本の魔剣が青白い火花を散らす。
『これが私の戦い方です。相手と同じ姿になる。同じ戦闘能力に加え、もともと私が持つ力が加わる。この戦法で負けたことは一度もありません』
オセはルージュの魔剣を簡単に捌く。そのまま彼女の手首を斬り落とした。手首を失った先から血が噴水のように噴き出し始める!
「くうっ!」
ルージュの表情が苦痛で歪む。彼女は諦めなかった。
残った左手でナイフを抜いてオセに投げつける。オセはジャンプしてそれらを簡単に躱すと空中からルージュにナイフを投げてきた。
―――ドシュッ
「うぐっ!?」
ナイフがルージュの腹に深々と刺さる。まずい!
「フィオナ!」
【
フィオナはルージュに回復魔法をかける。手首は元に戻ったが、ルージュは力無く膝を着く。
駄目だな。ルージュではオセに勝てない。
「ルージュさん! 気持ちは分かるけど、ここは俺に任せて!」
「はぁはぁ…… ごめんなさい…… でもね、あいつは私達獣人全員の仇なの。さっきあいつが言ってたでしょ? 少数民族の虐殺の話。もともとサヴァントは氏族の垣根なんか無くて、みんな仲良く暮らしていたの。
そこから先はあいつが言った通りよ。この国の歴史上最悪の虐殺劇が始まった。犬族、猫族以外の全ては王の命令で殺されたわ。赤ん坊に至るまでね。この悲劇を繰り返さないためにも残された私達は一人に権力が固まるのではなく、氏族間で選挙を行い王を出す今の制度が出来たの」
『おかげで私はつまらなくなってしまいました。また王を誘惑しようとしたんですよ。その途中で王の任期が終わってしまうなんて。任期が終わればただの犬猫ですからね。まったくつまらない時代になってしまいました』
ルージュに化けたオセは悲しそうな表情を浮かべる。
うん、こいつは殺すべきだ。冷静に俺は思う。俺は切れると冷静になるタイプみたいだ。今も頭がすっきりしている。
俺はダガーを抜く。戦いが始まればオセは俺に化けるよな。自分自身が相手か……
ふと昔フィオナに言われた言葉を思い出した。ふふ、久しぶりにフィオナの口から聞いてみたい。
「フィオナ、相手との実力が拮抗してる場合はどちらが勝つんだっけ?」
「より努力した方です」
そういうことだ。さぁ、猫ちゃん。今から俺が遊んでやる。
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