八本足の名馬

「シーザーの持つ短剣がライトに襲い掛かる! ライトはその腕を掴みシーザーを投げ飛ばす! シーザーは投げられながらも剣を振るう! 剣がライトの頬をかすめる! 一進一退の攻防だ!」


 ゼノアが顔を赤くしながら俺の話を聞いている。

 興奮しているのが伝わってくる。さぁ、ここからが山場だぞ!


「二人は勝負の方法を変えた! 戦う中でお互いを認め合い、勝者の言うことに従うことにしたのだ! 短剣をしまい二人は構える! 拳での勝負だ!」


 祈るように手を胸の前で組むゼノア。


「力が互角なら想いの強い方が勝つ…… ライトの恋人の言葉だ。シーザー、ライト、どちらの想いが強いのか? 様々な思考がライトの頭を過る。しかし最後に思い浮かぶのは恋人の笑顔だった。

 次の瞬間シーザーの拳がライトの頬をかすめる! シーザーの懐に飛び込むライト! 反撃の一撃! ライトの拳がシーザーの顎を打ち抜いた! 意識を失うシーザー! 最後に立っているのは…… ライト ブライト! 勝者はライト ブライトだ!」

「やったー! ライト、すごいわ!」


 椅子から飛び上がって俺の勝利に大喜びするゼノア。

 俺も話に熱が入るあまり、なんだか講談師みたいな口調になってしまったが、かえってそれが良かったみたいだ。


「ねぇもう一回! もう一回今のお話をして! お願い!」


 え? 今のを? サヴァントに行く経緯からだと三千分以上かかるんだけど。

 フィオナに助けを求めるように視線を送ると……


 何をしているんだろうか。演武みたいなことをしている。それを見ているゼラセはすごく嬉しそうだ。決闘の再現でもしているんだろうか? 

 しょうがないので俺もフィオナも王女様のリクエストにお応えしてアンコールを行う。後一回だけですよ?


 話は終わったがゼノアの興奮は冷めることはないようだ。

 俺の手を握っているのだが、熱い体温が伝わってくる。喜んで頂いたようで何よりです。


「面白かった! ねぇ、お爺様! 今度はライトと遊んできていいですか!?」


 俺の手を引いて王様の前でゼノアはお願いする。

 王様は複雑そうな表情を浮かべ…… あ、ちょっと睨まれた。お孫さんを盗るような真似はしませんので……


「ゼノアよ。ライト ブライトはこれでも忙しい身だ。あまり引き留めてはいかんぞ。ライト、そなたに下賜があるが何を望む?」


 お? どうやら王様は早く俺に帰ってもらいたいみたいだ。逆にありがたい。だって話のし過ぎで疲れちゃった。

 幼女に好かれるのは悪い気分ではないが、息が詰まりそうな王宮からは解放されたい。自分、一小市民ですから。


 今度はゼラセがフィオナの手を引いてやってきた。


「お爺様! 私からもお願い! 少しでいいから!」


 二人は一度顔を合わせてから王様を見つめる。

 その瞳はフィオナが俺に見せた潤んだ瞳。しかも上目遣いだ。


「「お爺様……」」


 キラキラとした視線が王様に発射される。


「わ、分かった! だから二人ともそんな目で見ないでくれ!」


 王様撃沈。末恐ろしい王女だ。こんな幼い時分から女の武器を使いこなしているとは。彼女らは再び俺達の手を取った。


「やった! ねぇ、お庭で遊びましょ!」


 小悪魔二人に連れられ庭に行くことになった。

 俺達を見る王様の視線に僅かな殺気が籠っていたのは気のせいでしょうか……?


 庭に行くと美しい花が咲き乱れており、甘い香りが辺りに漂う。

 あそこは…… フィオナが決闘をした場所だ。むき出しだった地面には花が植えられている。美しい黒薔薇が咲いていた。黒薔薇アイシャか……


 アイシャを思い出し、少し胸が痛くなった。

 今彼女は異界で生きているだろう。元気にしているだろうか?


 庭園の端に馬小屋があるのが見える。前に来た時は気付かなかった。

 王様の馬だ。さぞかし立派なお馬さんに違いない。目を凝らして馬を観察する。


 大きな体に見事な毛並み、八本の長い足を備え…… え? 足多くない?


「王女様、あの馬は何でしょうか……」

「あれはスレイプニルっていう馬よ。興味あるの?」


「はい、よろしければお話を聞かせてください」


 二人は今度は自分の番とばかりにドヤ顔でスレイプニルの説明をし始めた。


「あれは元々は魔獣なの。私の曽祖父であるエスキシェヒル四世の時代に軍備を増強しようとしてね。スレイプニルを捕まえて調教しようとしたの。

 スレイプニルはとても賢くてすぐに言うことを聞くようになったみたい。でもね、子供を産む力は弱いみたいで少しも増えなかった。一頭が産まれる頃には一頭が死んでの繰り返しだったそうよ」


 とゼラセ。なるほどスレイプニルを使った騎兵がいればとても強そうだ。八本足の騎兵隊が迫ってきたら敵軍は足がすくむだろうな。


「生産出来ないスレイプニルをどうするか悩んだ軍部は処分することにしたみたい。でも曽お爺様はよく言うことを聞くスレイプニルを憐れんで全頭を引き取ることにしたの。

 それからスレイプニルは王族の式典とかで馬車を引く役目が与えられることになったのよ」


 今度はゼノア。馬丁からニンジンを貰い、スレイプニルに与える。スレイプニルは優しい目をしてゼノアに甘えてくる。

 お、本当に賢いようだな。人の言うことをよく聞きそうだ。


「すごいな…… この馬ってどの位の速さで走るんですか?」

「うーん、それは…… あ、そうだ。フレキ、説明してあげて」


 フレキと呼ばれた馬丁は俺達に説明を始める。


「スレイプニルは休まずに五時間走り続けられます。先代様の時代に実際に計測したそうですよ。最大で一日四百キロ走れたそうです。魔獣ですので、通常に餌を食べるだけではなく大地の精を取り込みながら走っていると聞いたことがあります」

「一日四百キロ!? すごいな……」


 フィオナがスレイプニルの顔に手を置いている。スレイプニルは嬉しそうにスリスリしてきた。


「ライトさん、この種自体に加護がかかっているみたいです。ライトさんと同じ女神のものですね」

「ということはこの馬もマナを使えるってこと?」


「多分そうでしょう。取り込んだマナを走る力に使っているみたいです」


 フィオナが俺を見て嬉しそうに笑っている。同じことを考えてるな。よし、計算してみよう。

 岩の国まで五千キロ。最大で一日四百キロ……は少しかわいそうなので三百キロにしておくか。それでも十七日でバクーに到着する計算だ。


 思わず顔がにやけてしまう。でも鞍を付けていても一日三百キロも馬の上。お尻が心配だ。

 馬車……いや、馬車はそんなスピードに耐えられる設計になっていないはず。一日でバラバラになってしまうだろう。

 でもここは王宮。もしかしてだよ……?


「フレキさん。スレイプニルの速度に耐えられる馬車ってあるんですか?」


 フレキも王女二人と同様にドヤ顔で説明する。


「もちろんですとも! もともとは戦車として使っていたものを改良して作っています。今はパレードの馬車として使っていますが、王族の緊急避難用としても活用出来ます。一万キロ走っても壊れないよう車輪部分には強化魔法陣を描いています。こんな馬車はどこを探しても我がアルメリアにしかないでしょうな!」


「フィオナ……」

「ライトさん……」


 言葉は無くとも俺達の意見は一致したのが分かる。さて、後はどうそれらを手に入れるかだ。

 俺達は運がいい。王様を悩殺するキラキラ光線の使い手が二人も味方になってくれている。


「ゼラセ様、ゼノア様。新しいお話をしてあげたいのですが、よろしいでしょうか?」

「「聞きたい!」」


 かかったな! ふははは! 卑怯と呼びたければ呼ぶがいい!


「実は私達は今度岩の国バクーに行かなければなりません。しかし、バクーは遠い国です。往復で半年以上かかります。もしもスレイプニルと馬車を貸していただけるのであれば早く帰ってきて王女様にお話を聞かせてあげられるのですが……」

「でもあれはお爺様の大事な馬だし……」


 悩む二人。後一息だ、この子達を俺達の協力者にするためだ。

 フィオナが二人に話しかける。


「王女様、お土産は何がよろしいですか? 岩の国は宝石の産出地でもあります。かわいいアクセサリーを買ってきてあげますから。それに帰ってきたら新しい技を教えてあげますよ」

「「ほんとですか、師匠!?」」


 いつの間に二人を弟子にとった!? そうか、演武を見せてる時だな。王女様にあんまり物騒な技を教えちゃ駄目だぞ。護身術ぐらいにしておいてくれ。


「では二人ともお耳を拝借。ごにょごにょ……」


 二人は悪そうな笑いを浮かべ俺達の話を聞く。よし、これで作戦は決まった。では王様の所に戻りますか。


 俺達は四人仲良く手を繋いで城の中に戻っていった。


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