下賜

 俺はゼノア王女、ゼラセ王女と仲良く手を繋いで大広間に戻る。

 だから王様、そんな怖い顔して俺達を見ないでください……


「ゼラセ、ゼノア。戻って来なさい。ではライト ブライトよ。今からお主に下賜を与える。今回の働き誠に見事であった。爵位を一つ上げ、准男爵とする。共に一千万オレンを受け取るがよい」


 それは嬉しくないなぁ。爵位なんてものは俺には不要だ。お金についても宝石を換金すれば問題無い。

 今俺達に必要なのは移動時間を解決する手段だけなのだ。


「王様。私は祖国アルメリアを愛しています。ナイオネル宰相閣下から現在の国庫の状況も聞きました。私などにそのような大金は不要です。爵位も今のままで充分です。他に功績を残した方のために取っておいてくださいませんか?」

「ほう、謙虚なことだ。では他に望むものは無いのか? 国の英雄たるお前を手ぶらで帰すわけにはいかん」


 では交渉と行きますか。王女様、作戦通りにお願いしますよ…… 

 二人に視線を送るとウインクを返してくれる。


「では僭越ながら。下賜ではなく貸与で結構ですのでスレイプニルを二頭、それと馬車を一台お貸し願いたいのですが」

「…………」


 王様の眉間にしわが寄り、視線が鋭くなる。怖い……


「あの馬は国宝に指定されているものだ。一貴族たるお前に渡す訳にはいかん。認める訳にはいかん!」


 おおぅ。お怒りになられた。しかしだよ、交渉はまだ始まったばかりだ。ここで怯んでいてはいかん。


「スレイプニルを欲するには理由があります。これはアルメリアの国益に繋がることでもあります。どうかお話だけでも聞いて頂きたいのですが……」


 国益と言ったところで王様の眉がピクッと動くのが見えた。よしよし、少し餌に喰いついたな。


「話せ……」

「ありがとうございます! 私はスレイプニルを使って岩の国バクーに行こうと思っています。ドワーフは一流の鍛冶職人が多いと聞きます。かの地で私は来たるスタンピードに向けて装備を整えに行こうと思うわけです。

 しかし、ご存じの通りバクーは遥か遠い国。往復だけでも半年かかります。その間にスタンピードが発生するリスクを考えると少しでも時間を短縮したいと思っています。そのためにもスレイプニルが必要なのです」


 フィオナが俺の言葉に続く。


「王様。発言をお許しください。私はライト ブライトの従者、フィオナと申します」

「ふむ。王宮内で大立ち回りをした女だな。発言を許す。申してみよ」


「ありがとうございます。次にスタンピードが発生するのは恐らくアルメリアでしょう。森の王国アヴァリではすでにスタンピードが起こり、サヴァントでは竜の森の主が退治され、魔素が薄くなっています。この二国で再びスタンピードが発生する可能性は低いです。残るはアルメリアかバクーだけです。この二国の中でしたらアルメリアが狙われる可能性が高いでしょう。

 アルメリア、バクーの人口を考えるとバクーは人の数も少なく魔物もそこを狙ううま味がありません。対してアルメリアはこの大陸で一番の人口を有し、文化も発展しています。多くを殺し、人としての戦力を削ぐにはここを狙うのが妥当と考えるべきでしょう」


 淡々と説明するフィオナ。王様の顔がみるみる険しくなっていく。


「だからこそ私達はバクーに行く必要があります。ライト ブライトは確かに強いです。ですが、あくまで一人の人間としてです。彼はサヴァントで瀕死の重傷を負いました。生存率を上げる必要があるのです。

 私達は早急にバクーへ向かい装備を整えてまいります。さすれば彼が生き残る可能性が高まります。彼が生き残りスタンピードを抑えることこそが国益に繋がるのです」

「スレイプニルを貸与するとしてお前達はどのくらいで戻って来れるのだ?」


 お? フィオナの説得が効いてきた。もう少し攻めるぞ。


「急げば往復で一ヶ月。装備を作る時間も合わせた滞在で一ヶ月。合わせて二ヶ月あればアルメリアに帰ってこれるでしょう」

「しかしだな…… あれは我が父が手塩にかけた名馬。国宝だ。もしそれが失われることがあれば……」


 王様は悩んでいる。ここで一気に攻勢をかける! 先生お願いします! 王女二人に合図の視線を送る!


「「お爺様…… お願い。ライトの言うことを聞いてあげて……」」

「うぐっ!? こら、お前達! そんな目で見てはいかん!」


 行け王女様! もっと王様にキラキラ光線を放つのだ!


「「お爺様……」」

「わ、分かった! ライト ブライトよ! お前にスレイプニルの貸与を認める! いいか、あくまで貸与だぞ! 必ず返すのだぞ! あれは国宝だと心に留めておくように!」


 よっしゃー! 移動手段ゲットだぜ! 最後に駄目押しの一手だ! 王女二人に向かいウインクする。二人は頷いて王様に抱きつく!


「「お爺様大好き!」」


 二人は王様のほっぺにキスをする。もうなんか王様の顔は溶けそうになっていた。デレデレの表情だ。


「むふふ…… ご、ごほん! では後はナイオネルに任せる! ゼラセ、ゼノア! 今度はおじいちゃんと遊びに行こうか。何か食べたいものはあるかい?」


 そう言って王様は二人の手を取って去っていった。ナイオネル閣下があきれ顔で俺達に話しかけてくる。


「全く…… 君達には不可能という文字は無いのかね? アヴァリ、サヴァントを救うのに続き今度は国宝を手にするとは……」

「いえ、出来ないことだらけですよ。それを克服するのに貪欲なだけです」


「ははっ。その姿勢は見習いたいものだ。では近い内に王宮に顔を出してくれ。馬と馬車を用意しておこう」


 これでバクーに行くための手段は揃ったな。俺達は意気揚々と王宮を後にした。



◇◆◇



 翌日、俺達はギルド長に報告に行くことにした。彼は机に向かってカリカリと書類に記入をしている。


「おはようございます! ギルド長! お休みをください!」

「ド直球で来るなお前は! そうか、行く気になったか。では休職届と有給申請書を提出しておけ。どれくらい休むつもりだ? 半年か?」


「いいえ、二ヶ月です」


 ギルド長は驚きの表情を浮かべている。


「おまっ!? バクーは五千キロ先の国だぞ!? 二ヶ月じゃ行きの途中……いや、何も言うまい。お前のことだ。どうせ何かしらの方法を見つけたんだろ?」

「ご名答。実は国宝の馬と王様の馬車を借りることになりまして」


「相変わらずめちゃくちゃな奴だな…… 分かった。二ヶ月で帰って来られるのはこちらとしても嬉しい。休みを認める。さっさと用を終わらせて帰って来いよ!」


 俺は書類に記入をして仕事に戻る。二ヶ月も掃除する人がいないんだ。念入りに綺麗にしておこう。



◇◆◇



 帰りがけにフィオナと二人でお買い物に行くことにした。彼女のリクエストで雑貨店に寄る。何を買うんだろうか?


「グウィネに教えてもらったんですけど、このお店には良質なスポンジと石鹸、肌触りのいいタオルが置いてあるんです。

 せっかくバクーに行けるんですから。温泉を楽しまないと!」


 楽しむ…… あれ? これって楽の感情? 俺との未来を想像出来ないって言ってたけど、これで喜怒哀楽全部揃ったんじゃないのか?


「なぁフィオナ。今楽しむって言ってたけど、楽の感情に目覚めてない?」


 と尋ねる。

 するとフィオナの表情が笑顔から真顔に戻った。


「多分もうすぐ楽の感情を得られると思います。でも今は完全なものではないんです。与えられた状況から未来を想像して楽しむことは出来ます。でも何もない所から想像する未来は見えません。今の感情は喜びに近いものですね」


 そうか、彼女もそれに気付いていたか。ひょっとしたらこの旅路の中で楽の感情に目覚めるかもな。

 そうなると喜怒哀楽全て揃うことになる。そうなれば彼女は一体どうなるのだろうか。


「ふふ、難しい顔してないでください。ライトさんも自分のタオルとか選んでくださいね。一ヶ月分買いだめしておかないと」


 ニコニコしながらお風呂用品を手に取るフィオナ。

 ははは、そうだな。気にしていてもしょうがない。大量の雑貨を買い込んで店を後にした。



◇◆◇



 二日後、俺達は大荷物を抱えて王宮を訪ねる。正門ではナイオネル閣下が出迎えてくれた。 

 その横には大きな馬車がある。馬車っていうか小さめな部屋を馬が引いている感じだな。

 そして馬車を引く馬は二頭用意されている。真っ白なのと真っ黒の対照的な二頭だ。


「来たか。ではこの馬車の説明をしよう。まず馬だが白馬の名はフギン。黒馬はムニンだ。簡単な人語は理解する。馬丁から説明されただろうが一日に最大で四百キロ走ることが出来る。だがこの馬は国宝だ。あまり無理させないで欲しい。出来れば三時間ごとに休憩を取らせてくれ」


 俺はフギン、フィオナはムニンの顔を撫でる。八本足の魔獣とはいえ、優しい目をしている。ごつい顔を俺の胸に摺り寄せてきた。


「はは、気に入られたようだな。大事にしてくれよ。では次に馬車の中を見せよう」


 中は…… 広い! これはテントを持ってくる必要は無かったな。この中で寝られるわ。

 床にはフカフカの絨毯が敷き詰められている。恐れ多いので靴を脱いで上がってみる。



 ―――フワッ



 この肌触り…… いつも寝ているベッドよりも上質な肌触りだ。恐るべし王族。こんな馬車を普段から使っているのか。


「馬車の上の取っ手を引くとタープが引き出される。雨が降ったら馬を入れてやって欲しい。実際にやってみよう」


 閣下が馬車の上にある取っ手と引くと組み立て式のタープが出てきた。なるほど。これに足を付けてタープにするのか。

 大きな馬がすっぽりと入るタープが完成した。馬用のテントだな。


「以上だ。他に聞きたいことはあるか?」

「いいえ! 素晴らしい馬車をありがとうございます! これで快適な旅が出来そうです!」


「喜んでもらって何よりだ。そうそう、王女からの言付けだ。帰還したらいの一番で王宮に顔を出すように。その際お土産は忘れてはならんそうだぞ」

「ははは! そうですか。王女様には協力してもらった恩がありますからね。必ず約束は守るとお伝えください。では行って参ります!」


 俺とフィオナは御者台に乗り込む。手綱を待つと勇ましくフニンとムギンが嘶いた。


「貴殿の安全な旅路を祈る!」


 閣下が手を振って見送ってくれる。さぁ、楽しい旅の始まりだ!



 今夜は馬車の中でしちゃおうかな。

 なんて馬鹿なことも考えていた。

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