王宮からの呼び出し

 ギルドの仕事が落ち着いた。休憩の時間だ。

 ふー、午前中の掃除も終わった。午後は食堂の清掃からだったな。


 休憩室に入るとフィオナがいた。夢中で本を読んでいる。

 何を読んでいるのかな? えーっとタイトルは……


【秘湯百選 岩の国編 風呂好きならここは行っとけ!】


 行く気満々だ…… 

 しかし迷う。だって岩の国は遥か五千キロ先にある遠い国だ。

 往復、滞在を含めると半年以上かかる計算になる。

 何かいい移動手段は……

 そうだ! グリフィンのクルルがいた!


 いや、駄目か。だってアヴァリまで馬で二ヶ月はかかるだろう。それだけでも時間がかかる。

 トータルすると少しは短縮出来るかもしれないけど、確実にクルルを貸してくれるとは限らない。


 それにしてもフィオナには驚いた。こんなにも自分の欲求を主張するようになるとは。

 最初、彼女はバクーに行くのを反対していた。だが温泉の話が出た途端に手のひらを返したようにバクー行きを主張し始めたのだ。

 潤んだ瞳、上目遣いで迫ってくるフィオナに逆らえるはずもなく、俺も岩の国に行くことを決めた。


 行くのはいいが、どうやって距離の問題を解決しようか? 馬を潰しながら行くのも有りだが金の問題がある。馬一頭三百万オレンだぜ? 

 こちとら薄給の一ギルド職員でしかない。無駄に使う金など一銭も無いのだ。


 俺が休憩室にいることに気付いたフィオナが話しかけてきた。


「ライトさん! バクーに着いたらまずはファロの町に行きましょ! ここにある温泉は美人の湯として有名なんです! 入った後は肌がツルツルになるみたいですよ! レビューには髪にもいいって書いてあります! しっとりツヤツヤになるみたいです!」

「は、はい……」


 俺が少し引くぐらいフィオナが興奮している…… これはもう行くしかないな。

 宝石を換金して馬を買うか。たしかこの宝石って換金すると二億オレンになるって言ってたな。


 ざっくり計算してみる。二人乗りをすると馬の負担が増える。一人一頭が妥当だろう。馬を潰すつもりで一日八十キロ移動。全力で走らせれば二日で潰れるよな。百六十キロで馬二頭買うとなると…… 

 バクーまで六十四頭必要になる。大体二億オレンか…… 一応予算内に収まるな。

 でも馬だけで予算のほぼ全てを消化してしまう。装備を買えるはずもないか。


 これからスタンピードが発生するかもしれないリスクを考えるとバクーに行く時間を少しでも短縮したい。

 馬を買えばそれが可能になる。でも装備は買えない。

 時間をかけてバクーに行って装備を買う。でも半年以上経過してて、その間にアルメリアにアモンが出たとしたらシャレにならない。

 あー、どうするべきか……



◇◆◇



 悩みが解決しないまま翌日を迎える。いつも通り出勤し、日報に目を通すと…… 

 午後から王宮に行けだと? また依頼があるのだろうか? 嫌な予感しかしない…… 

 一応ギルド長に聞いておくか。ギルド長の出勤時間は遅い。社長出勤というやつだ。羨ましい。

 朝の掃除を終える頃、ギルド長はやってきた。


「おはようございます! 日報見ましたが、あれなんですか!? また国からの依頼とか嫌ですよ!」

「あぁ、あれか。すまんが俺も詳しくは知らん。昨日お前が帰ってから使者がやってきてな。王がお前の話を聞きたいそうだぞ」


 王様か。叙爵式で会っただけだな。怖い感じの人だった。

 この国のトップが俺に何を聞きたいのだろうか?


「断ることは出来ん。行ってこい。お前宛ての依頼は全てキャンセルしておいた。一度帰って謁見用の服を着て行けよ。フィオナも連れてけ。お前ら叙爵式の時、一悶着あったんだろ? その話も聞きたいんだとさ」


 あぁ、あの決闘もどきの件か。気持ち悪い風味の親子がケンカ売ってきたんだよな。それをフィオナが返り討ちしたんだ。あれだけ大暴れしたんだ。もしかして何か罰を受けるのでは…… 

 少し心配になってきた。とにかく王様の呼び出しだ。俺達は一度銀の乙女亭に帰り服を着替えることにした。



◇◆◇



 俺は一張羅であるダブレット、フィオナはセクシーな黒いドレスに着替え王宮に向かう。さて何を聞かれるのやら…… 

 城門まで着くと衛兵がすんなりと俺達を通してくれる。そのまま城内へ。

 大広間の扉の前で髭の紳士が出迎えてくれる。ナイオネル宰相閣下だ。


「ライト殿、久しぶりだな。突然の呼び出しに応えてくれて感謝する」


 閣下は俺達に頭を下げる。とりあえず城内での騒ぎに関して罰を受けるとかではなさそうだ。ほっと一安心。


「お久しぶりです、ナイオネル閣下。今日はどのような要件なのですか?」

「今日は貴殿に対し下賜がある。獣人の国の謀反を平定したことに対してな。だがその前に我が君の孫であるゼラセ王女、ゼノア王女に貴殿の冒険譚を語って欲しいのだ。王が王女に君の話をしたら是非会って話を聞いてみたいと駄々をこねたらしいのだ。手間を取らせてしまって申し訳ないが、王女に話を聞かせてやってくれ」


 下賜ですと!? つまりは王様が俺にプレゼントしてくれるのか!? やっててよかったS級ギルド職員。

 王のお孫さんに話をするだけで素敵な物を頂けるのであれば何でも語りましょうとも。


 閣下の先導のもと、大広間に入ると玉座に座った王様……の膝の上に二人の女の子が座っている。

 叙爵式で見た王様の顔はおじいちゃんという歳にも関わらず、生気が溢れ、精悍な顔付きをしていた。

 今見る王様の顔はデレデレだ。孫を可愛がる一人のおじいちゃんの顔をしている。微笑ましいなぁ。


「いたた。こら、髭を引っ張ってはいかん。お、ゼラセ、ゼノア。あれが先に話した士爵ライト ブライトだ」

「「ライト!」」


 ハモッて俺の名を呼ぶ二人。タイミングばっちり。顔もそっくりの双子ちゃんだ。可愛いドレスを着てお人形さんみたい。

 二人の小さな王女様は俺の左右の手を取ってくる。


「こんにちは、ライト! 私はゼラセ! お願い! お話聞かせて! 私はアヴァリでの戦いの話がいい!」


 右手を掴んでいるのがゼラセ。左手を掴んだゼノアもそれに続く。


「あ! ゼラセ、ずるい! 私はゼノア! 私はサヴァントのお話がいい!」

「ゼノア! 私が先にお願いしたんだからね! 早くお話して!」


 両手を幼女に掴まれ、笑顔で話をしろとせっつかれる。相手は幼女だがモテモテだ。悪い気分ではない。

 フィオナ、相手は幼女だ。だからそんな怖い顔して俺達を見ないで…… 王様もです。

 今俺を見るあなたの目は殺意に溢れているのにお気付きでしょうか……


 左手を掴んでいたゼノアがふとフィオナを見つめる。そして近付いていってからスカートの端を持ってちょこんと一礼。


「初めましてレディフィオナ。あなたの話も聞かせてください…… この間、代理闘士として決闘を行ったと聞きました。その話をお願いします……」


 ゼノアがモジモジしながらフィオナに話かける。憧れの眼差しだ。

 五十キロに満たないフィオナが二メートルを超える大男を倒したんだ。憧れるのも無理はないよな。


「私も聞きたい!」

「ゼラセは私の後! ね、レディフィオナ、いいでしょ!?」


 俺達は交互に今までの冒険譚を話し始める。二人のワクワクした顔がとてもかわいかった。

 俺がカイルおじさんの話を聞いていた時もこんな顔していたのかな。


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