温泉

 新しい朝が来た。眩しいほどの朝日が窓から差し込む。

 さて今日も仕事だぞ。


「ほらフィオナー、起きろー」


 俺は服を着て出勤準備済みだ。だってそうしないとフィオナにまたベッドに引き込まれて襲われてしまう。

 朝から営むわけにはいかん。遅刻してしまうし。


「んむぅ…… ライトさん、来て下さい……」


 フィオナが寝ぼけながら両手を広げて俺を誘う。

 誘惑に負けそうだ。でも続きは夜にな。


「寝ぼけてないで。ほら、早く服を着て」

「ん…… おはようございます」


「はい、おはようさん」


 ようやくフィオナも目を覚ましてくれた。簡単に朝食を済ませ、ギルドへと向かう。

 獣人の国サヴァントから王都に戻り一月が経つ。ようやくいつもの生活リズムに戻ったように思える。

 サヴァントでは緊張の連続だったからな。


 最近暑くなってきたせいか、フィオナはギルド内で薄着をしている。上はノースリーブのシャツ一枚だ。

 本人は全く気にしてないが、露出が多くなったせいかフィオナが座る依頼受付カウンターには長蛇の列が並ぶ。

 冒険者達よ、その子は俺のだからな! あんまり鼻の下を伸ばすんじゃないぞ!


 俺も自分の仕事をするか。今日の日報を見てみると俺の仕事内容が書かれている。

 なになに…… 午前中はギルド内清掃、午後からはEランク依頼の商業区のどぶさらいか。

 いつも通りっちゃいつも通りだが貴族のやる仕事ではないわな。


「がはは! 今日もいい掃除日和だな!」


 豪快な笑いと共にギルド長が話しかけてくる。 

 何だかちょっとムカついたので……


「ギルド長ー…… 別に文句があるわけじゃないんですが、この一ヵ月掃除ばかりじゃないですか。Aランク依頼の派遣とか無いんですか?」

「今のところ無いな。何故か分からないが魔物の被害が少なくなっている。討伐依頼もEからCで対応出来るものばかりだ」


 そうか。俺が王都に帰ってきてから一回も派遣依頼が来ていない。魔物の数が少なくなってるのか? 

 いや、違うな。今はなりを潜めているだけだ。いつかきっとアヴァリで起こったようなスタンピードが発生する。

 そしてその背後にいるのはアモンだ。


「分かりました。では今日の仕事に取り掛かるとします。でも、もうちょっと上品な仕事を斡旋してくれませんか? これでも俺、貴族様なんだし」


 冗談っぽく言ってみた。そしたらギルド長は意外な返しをしてくる。


「それを言ったら俺だって貴族だぞ。お前のとこのオリヴィアだってそうだし」

「嘘!? ギルド長が!? ハゲてるのに?」


「ハゲは関係ないだろうが! それにこれは剃ってるだけだ! 俺も士爵だよ! アレクサンダー フロイライン! これが俺の名前だ!」


 マジか…… こんな身近に貴族様がいたとは。全くそれっぽくないけど。


「そういえばオリヴィアさん、バレンタインっていう苗字がありましたね……」

「そうだ。一定の功績を残せば士爵なんて誰でもなれるもんだ。領地を持たない貴族なんて割りと多いぞ」


「すいません…… 調子乗ってました」

「分かったらキリキリ働いてこい!」


 ギルド長は俺の尻をバシっと叩いて去っていく。そういえば初めはよく分からなかったが、こんなジョークを聞いたことがある。


【石を投げれば士爵に当る】


 これの意味をやっと理解したわ。



◇◆◇



 夕方になり仕事が終わる。受付は定時で閉まるので残業は無し。俺も掃除は手慣れたもので定時きっかりに上がれる。

 ギルド長に報告を済ませ帰ることに。それにしてもこのハゲが貴族様か。フロイライン…… 

 俺のブライトよりかっこいい名前だな。交換してくれないかな?


 帰り道はフィオナと手を繋いで帰る。


「ふふ。お腹空きましたね」


 と笑顔で話しかけてくる。もう君は人間だよね!? 

 出会った頃は人形みたいに無表情だったのに…… 

 銀の乙女亭に着くと中はディナータイムで混雑している。


「お帰り! あんたも食べていきな!」


 脳筋の貴族様ことオリヴィアが迎えてくれる。今日は何を食べようか。


 今日はサラダとイノシシの香草焼き、パスタはプッタネスカ、飲み物はワインの気分じゃなかったのでエールを注文した。


 パスタを口に入れる。刺激的な味だ。

 辛味、塩味、酸味。色んな味が口の中で一体となる。トマトを使ったパスタの中ではこれが一番好きだな。

 これもフィオナがオリヴィアに教えたんだよな。


「美味い! ところでプッタネスカってどういう意味なんだ?」

「娼婦風って意味ですよ。うふふ……」


 そんな妖艶に笑われても…… 興奮しちゃうだろ。


 食事を終え、部屋で体を布で拭く。本当は風呂に行きたかったんだけど、あんな妖艶な顔を見せられたらな……


 上着を脱いで体を拭くフィオナを後ろから抱きしめる。


「いいかな?」

「はい……」

 

 フィオナは抱きしめられたまま頷く。ベッドへと誘い、優しく押し倒す。


「綺麗だ……」

「んふふ……」


 嬉しそうに彼女は笑顔を見せる。

 そして目を閉じて…… 



◇◆◇



 翌日もお仕事だ。いかんな、昨晩はハッスルし過ぎた。腰をトントン叩きながら、いつも通り日報に目を通すと…… 

 仕事前にギルド長室に来るように書いてある。フィオナもだ。なんだろうか。

 フィオナを連れてギルド長室に向かう。


「おはようございます! ボーナスですか!」

「お前そればっかだな。まぁ座れ。今がチャンスだと思ってな。お前、岩の国に行ってこい。休みをやる」


 岩の国…… そういえば叙爵式に出るために王都に戻った時、ギルド長に宝石を貰ったんだよな。それで装備を作ってこいって。


「魔物の数が少なくなっている今ならお前がギルドを抜けても俺達だけで対応出来るからな。これでスタンピードが発生しちまったら、お前には王都に留まってもらわなくちゃならん。しかし決めるのはお前だ。今決めなくてもいいが、意見を聞いておきたい」


 岩の国か。たしかにアモンと再び対峙する時にいい装備を整えておくべきだ。行ってみたい気もする。

 フィオナはなんて言うかな? 俺の行くとこならどこでも行くって言ってたけど。


「フィオナはどう思う? 俺に気を遣わず正直に言って欲しい」

「行くこと自体には賛成です。問題は移動距離とそれに費やす時間ですね。あまり長い間王都を離れるべきではないと思います。次にアモンが出るとしたら、岩の国かアルメリアでしょうから」


「どうしてそれが分かるんだ?」

「魔素が濃いからです。ライトさんはアヴァリでアモンを退けました。そしてサヴァントでは森の主を退治しました。そのせいで魔素が薄くなっています。

 今後アヴァリとサヴァントでスタンピードが起こる可能性は低いはずですよ」


 なるほど…… アルメリアは慣れた土地だし、対応しやすいだろう。岩の国はどの程度戦力があるのか知らないし、土地勘も無い。

 たしかにあまりここを離れるわけにはいかないな。


「岩の国ってサヴァントの先ですよね? どのくらい遠いんですか?」

「ちょっと待ってろ」


 ギルド長は机から地図を持ってきて俺達に見せてくれた。


「サヴァントの首都ラーデは王都から西に千五百キロ。そして岩の国バクーはラーデから北西に…… 三千五百キロってところか」


 合わせて五千キロ先か。

 一日がんばって五十キロ進んだとして…… 百日。往復で二百日か。


「ライトさん。滞在を合わせるともっとかかりますし、何らかの足止めも考えるともう五十日は考えたほうがいいと思います。この話は無かったことにしましょう。装備は王都でも整えられます」

「そうだな…… さすがに半年以上もここを離れるわけにはいかないよな。ギルド長! 提案ありがとうございます! ですが俺達は王都に残りますよ!」


「そうか…… 決めるのはお前達だからな。いいだろう。引き続きギルドの仕事をがんばってくれ!」


 席を立って部屋を出る前に地図をもう一度見てみる。あぁ…… バクーがもう少し近かったらなぁ。

 ん? 地図に見慣れないマークが書いてある。何だろうか?


「ギルド長。この印ってなんですか?」

「あぁ、それは温泉の印だな。岩の国ってのはその名の通り岩だらけのゴツゴツした土地らしい。この大陸で唯一活火山がある国でもある。保養地としても有名らしいぞ」


 温泉か! 風呂好きな俺としては興味があるな。

 よし! アモンを倒したらフィオナと遊びに行こう!


「ありがとうございます。では仕事に……」

「岩の国に行きます!」


 え!? フィオナ、いきなり何言ってんの!?


「フィオナ…… ここを離れるべきじゃないって言ったよね?」

「行くの」


「半年以上かかるんだよ?」

「行くの」


「スタンピードが……」

「行くの」


「えーっと……」

「行くの」


 

 ―――ギュッ



 フィオナが抱きつきながら、瞳を潤ませつつ上目遣いで俺を見上げてくる。お前どこでそんな技覚えた……

 最後は更にきつく抱きついて……


「行くんだもん……」


 はい、行きましょう。

 この潤んだ瞳には逆らえん。


「すいませんギルド長、前言撤回です。バクーに行かせてください……」

「なぁライトよ。フィオナってトラベラーだったよな……?」


 カイルおじさんと同じ反応だ。そりゃそう思うよな。俺も最近そう思うもん。



 それにしても半年以上かかるのか…… 何とか短期間に到着する手段は無いかな? そう思いながら俺はいつもの掃除に取り掛かった。

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