何もない休日

「すー…… すー……」


 ん…… 寝息を聞いて目が覚めました。

 目を開けるとライトさんの寝顔が見えます。

 んふふ。かわいい寝顔ですね。思わず抱きついてしまいました。

 目の前にはライトさんの耳があります。大きく口を開けて……



 ―――がぶっ



 噛んでしまいました。ライトさんの耳を噛む度、喜びが胸から溢れてきます。

 んふふ。美味しいです。このままライトさんの耳を食べてしまいたいです。


「わわっ。こら、また俺の耳を噛んで! お仕置きだ!」

「きゃあんっ」


 ライトさんが私を押さえつけます。そして今度はライトさんが私の耳を噛みました。

 負けません! 私も耳を噛み返します! 


「こら! 悪い子だ!」

「ん……」


 ライトさんは私を抱きしめて…… キスをしてくれました。ライトさんの唇は口から首筋に…… 

 いいですよ。ライトさん、来てください……


 私は目を閉じます……



 ―――バタンッ!



「こぉらー! 朝から乳繰り合ってるんじゃない! さっさと起きな! 今日は私に付き合ってくれる約束だろ! さっさと着替えて降りておいで!」

「す、すいませんでしたー!」


 目を開けるとオリヴィアがいました。もう、邪魔しないでください。

 ライトさんは焦ったように服を着替え始めます。

 ふふ。もうオリヴィアより強いのに、いつも怒られてばかりですね。


 私達が獣人の国、サヴァントから帰ってきて一週間が経ちます。

 今日は日光日なので仕事はありません。

 ライトさんとゆっくりしたいのですが、オリヴィアと約束してしまったので、仕方ありませんね。


 私も着替えて一階に降ります。

 オリヴィアに新しい料理のレシピを教える約束をしているのです。


 キッチンに行くと食材がいっぱい並べられていました。

 オリヴィアは腕組みをしながら私達に話しかけてきます。


「あんたらのおかげでこの宿は大繁盛だ。でもね、昨日も言ったけどうちの料理を真似する奴等が出てきたんだ。もう王都ではラーメンもパスタも珍しい料理じゃない。美味い不味いはあるけどね。でも、うちの売上が下がって来てるのも事実なんだ。だからさ! ここで新しい目玉商品を提供したいんだ! 今日は頼んだよ!」


 オリヴィアの言う通り、ラーメンなどはどこでも食べられるようになりました。

 露店でラーメンを売っている商人もいるぐらいです。


 それじゃ何を作りましょうか…… 私は食材を少しずつ摘まみ始めます。

 私は料理を記憶で作るのではありません。体が記憶している味を頼りに異界の料理を再現しているのです。


 私は三千世界の旅人トラベラー。異界を彷徨い歩く者。転移の度に記憶を失います。もちろん料理の作り方もです。

 今思うと不便ですね。ふふ、前はそんなこと思いもしなかったのに。


 食材を次々に口に入れます。

 違う…… これでもない…… 

 私が食材の味見をしているとライトさんは何かを見つけたようです。

 それを持ってオリヴィアに訊ねていました。


「これって何ですか? 初めて見ました。麦みたいだけど……」

「あぁ、それは米だよ。サヴァント南方で作られてるらしい。アルメリアではあまり食べられてないね。ほとんどが岩の国バクーに輸出されてるらしいよ」


 米…… 私は米と呼ばれる食材を手に取ります。

 たしかに麦のようです。それを一粒口に入れ、味を確かめることに。



 ―――ぽりっ



 淡泊な味。穀物ですね。単体ではそこまで美味しいものではないけど…… 

 何となく体がこの味を覚えています。私は米の味を覚えつつ、食材の味見を続けます。


 スパイスがあったので、指にとって一舐め。わっ! 辛いです! 喉が痛いです! 思わずむせてしまいました!


「ごほっ! ごほんっ! maltajoaΣlta解毒!」


 自身に魔法をかけます。おかげで喉の痛みが引きました。

 ちょっと驚きました。そんな私を見てオリヴィアが笑います。


「ははは! 直接チリを舐めるなんてね! それは辛いよ! 何かに少しだけかけて食べる調味料なのさ!」


 チリ…… 

 これも前に味わったことが…… 

 そうだ!


「オリヴィアさん! 米を炊いておいてください! ライトさんはこっちに来て手伝ってください!」

「フィオナ? って、わわ!?」


 不思議そうな顔をするライトさんの手を強引に引いてスパイスが置いてある棚に向かいます。


「スパイスを一緒に探してください! クミン、コリアンダー、ターメリック! 出来ればカルダモンもお願いします!」

「わ、分かった!」


 私に気圧されたようにライトさんはスパイスを探します! 

 自分でも分かりません! 

 体が興奮しているのです! 体がを求めているのです!


 見つけました! コリアンダー! クミンも!


「フィオナ! 見つけたぞ! ターメリックとカルダモンだ!」

「ライトさん!」


 私はライトさんに抱きついてキスをします! 


「わわっ!? どうした!?」

「嬉しいんです! これがあればが作れるんです!」


 私達の騒ぎを聞いたオリヴィアが寄ってきました。


「一体どうしたんだい!? 一応米は炊いておいたよ」

「ありがとうございます! それじゃ早速調理開始です!」


 私は興奮する気持ちを抑えられずに玉ねぎをみじん切りにします! そしてアメ色になるまで炒めました! 


「ライトさん! トマトピューレを取ってください!」

「分かった!」


 トマトピューレーを炒め、水分が少なくなるまで火にかけます! そこでスパイスを投入! 

 あぁ…… いい香り……


「なんだいこれ? う!? ごほっ! す、すごい香りだね!」

「これから美味しくなります! 見ててください!」


 一口大に切った豚肉を入れ、炒めます! そして水を入れて強火にかける!


 この匂いを嗅ぐだけで、胸から喜びが溢れてきます。

 ふと心の声が聞こえました……



 ―――んふふ、カレーだ。美味しそう……



 カレー? この料理はカレーって言うのですか?

 なんだか懐かしい響き…… 


 ふふ。また私、懐かしいと思っています。不思議ですね。こんな料理初めて見たのに。

 水分が少なくなってきて、カレーにとろみが出てきました。もうすぐ完成ですね。

 ライトさんは興味深そうに鍋の中を見ています。

 

「すごくいい匂いだな。お腹が空いてきた……」

「ふふ、もうすぐ出来ますよ」


 ちょうど米も炊きあがったみたいです。


「炊けたよ! 次はどうするんだい!?」

「米をお皿によそって持ってきてください!」


 オリヴィアが米を持ってきてくれました。

 私は出来上がったカレーを米の盛られた器に…… 

 かけます!


「出来ました! すぐ食べましょう! 今すぐ!」

「フィ、フィオナ。そんな興奮しないで……」


 ライトさんは私を諌めるけど、気持ちが抑えられません! 

 私達は食卓に着きます! そして!


「頂きます!」


 私はスプーンをとってカレーを口に運ぶ! その味は……!



 ―――コメの甘味。

 ―――カレーの辛味。

 ―――スパイスの香り。



 それが混然一体となって口の中でハーモニーを奏でます……

 美味しい…… あれ? 頬を伝う感触…… 

 これは涙? いつの間に泣いてたんでしょう?


「ぶぉ~ん、おんおん…… 美味しいですぅ……」

「はは、フィオナが泣きながら食べてる。どれ、俺も一口……!? 美味い! 美味いぞ! 何だこれ!?」


 ライトさんもオリヴィアもカレーを夢中で食べ始めます。私は一杯目のカレーを完食し、二杯目に突入。

 私に追いつくようにライトさんとオリヴィアもお代わりをして…… カレーも米も無くなってしまいました。

 ライトさんは満足そうにお腹を擦ります。


「美味かった…… ラーメン以上だ。フィオナ、あれって何て料理なんだ?」

「ぐすん…… あれはカレーという料理です。オリヴィアさん、作り方は覚えましたか?」


「あぁ…… ばっちりメモは取ったよ…… でも困ったね。米は試験的に買い付けただけなんだ。カレーは出来ても米はサヴァントに直接買いに行かないとね……」

「ライトさん! サヴァントに行きましょう!」


 米のためなら! 私は立ち上がり、ライトさんの手を引いて部屋に戻ろうとします! 

 旅の支度をしないと!

 

「フィオナ! ちょっと落ち着きな! 米はしばらく手に入らないよ! 商人の話じゃ今年は干ばつであまり収穫出来なかったそうだ。手に入れるには岩の国に行くしかないだろうね」


 そんな…… しばらくカレーが食べられないなんて…… 

 そう思うと哀しみが私の心を支配します。哀しみの涙が溢れてきました……


「ぶぉ~ん、おんおん…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 そんな私を見てライトさんが慰めてくれました。


「泣くなよ…… でもさ! すごく美味しかったよ! フィオナ、米が手に入ったらまたカレーを作ってくれよな?」

「はい……」


 今日は喜んだり哀しんだりと忙しい一日でした。

 部屋に戻ってライトさんとお話をするけど、まだ少し哀しいです。



 なのでライトさんを押し倒して耳を噛むことにしました。んふふ。


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