奴隷商の館

 シバに連れられてヤルタの中心地にある奴隷商人の館にやってきた。

 フィオナとデュパは別行動だ。二人は盗賊ギルドを襲撃することになっている。


 チシャの安全を確保するためには、奴隷商人、盗賊ギルドを同時に潜入、または襲撃する必要がある。決行は正午ちょうど。そろそろだな……



 ―――ゴーン ゴーン ゴーン



 時計台から鐘の音が聞こえる。時間だ。

 奴隷商人の館はかなり大きい。ちょっとした城って言っても過言じゃないな。

 もしかしたらチシャはこの中にいるかもしれない。


 俺は目にオドを込める。先に千里眼で中を……あれ? 見れない? なんでだ?


「シバさん、ひょっとしてこの建物って何か障壁を張ってませんか?」

「よく分かったね。奴隷の中にも魔法を使える奴はいるからね。脱走防止で吸魔の魔法を館全体にかけてあるそうだよ」


 マジかよ…… サヴァントの首都を思い出すな。あそこは町全体に吸魔の魔法陣が埋め込まれてあった。

 ここで頼れるのは身体強化術のみ。いきなり突入は出来ないか。


「まずは穏便に行くとするさ。ライト、金は持ってるかい?」


 金については心配無い。アルメリアで宝石を換金してきたからな。

 俺達の装備の為の金だが、チシャの命に比べたら惜しくない


「今から奴隷を購入するフリをして中に入る。ここは一見は入れない。だが門番に少し握らせりゃ問題無いさ」


 館の正門まで行くと見張りに止められる。二人か。

 くそ、千里眼が使えたら押し通ることも可能なのに。いや、焦るな。チシャの安全が最優先だ。


「失礼。お約束はありますかな?」

「いや、無いね。でもここを通してくれないかい? ここにいるのは私の大事なお客様でね。このお方は奴隷を買いたいんだとさ」


「申し訳ございませんが、お約束が無い方をお通しすることは出来ませ………」



 ―――チャリンッ



 金が入った革袋から金貨を二枚取り出す。二十万オレンだ。


「お勤めご苦労様です。もしよろしければこれを酒代にでも使ってください。そうですか…… 約束が無いと中に入れないんですね。出直すとしますか。わわっ!」



 ―――ガシャンッ



 転ぶフリをして革袋を落とす。自分でやっていてもびっくりするぐらいの三文芝居だ。

 中にある金を地面にぶちまける。白金貨数枚が革袋から飛び出した。


「ははは、うっかりしてました! 大事な購入資金を無くすところでした! ではシバさん、一度帰ることにしましょう!」


 白金貨を見ると見張りの目の色が変わるのが分かった。かかったかな?


「お、お待ちを! あなた達のことを一度主に報告させていただけませんか!? 悪いようにはしませんので!」


 見張りは一人館の中へと戻っていく。その前に金貨を五枚取り出し見張りに渡す。


「その主の方へのお土産です。遠慮せず受け取ってとお伝えください」

「え!? わ、分かりました! 少々お待ちください!」


 小走りで見張りは館へと戻っていった。大金だが惜しくない。

 事と次第によってはその金は三途の川の渡し賃になるんだ。持ってけドロボー。


 五分も経たないうちに見張りが戻ってきた。


「特別に主がお会いになるそうです! どうぞこちらに!」


 やった! とりあえず第一関門突破だな。


「上手くいったね」

「はい……」


 シバが囁く。でもここからが正念場だな。

 見張りのドワーフについていくと応接室に通される。明らかに金がかかっていそうな調度品の数々だ。

 ふかふかのソファー、色とりどりの文様が描かれた壺、よく分からないがピカピカの額に飾られた絵、裸婦像…… 金持ちの趣味はよく分からん。


「こちらでお待ちください。間もなく主がやってまいります」


 見張りは紅茶を用意して去っていった。ここは敵地。何が入っているか分からん。口を付けずに待っていることにした。

 俺もシバも口を開かない。もしかしたら会話を盗み聞きされる可能性もあるからな。



 ―――トントン



 ノックする音がした。来たか……

 ドアが開き、成金が着てそうな服を纏ったドワーフが部屋に入ってくる。


「ようこそお客人。私はこの館の主、リコと申します。お見知りおきを」


 握手を求めてきた。人の命を商売にしてるお前と握手なんてごめんだよ。

 でも自然にいかないとな。後でしっかり手を洗うとするか。リコと握手を交わす。

 さてここは役者になって……


「お招きありがとうございます! 私はアルメリア王国、王都エスキシェヒルからきましたライト ブライトと申します。突然の訪問にも関わらず、お話を聞いてくださるようで」

「はは! 私は商人ですからな! 金の匂いには敏感なのですよ。ライト様とおっしゃいましたな? 今日はどのような奴隷をお求めになられに来たのですか?」


「はい。子供の奴隷を数人買おうと思いまして」

「子供ですか…… あなたは運がいい! 最近活きのいい子供を大量に入荷しましてな! きっとあなたのお眼鏡に叶う奴隷もいるはずですよ! ただし子供は大人の奴隷に比べると少しお高くなっています。ご予算はいかほどを考えていますか?」



 ―――ジャララッ



 革袋を取り出し、中身を全てテーブルに並べる。白金貨十枚、一億オレン分だ。リコの目が丸くなった。


「この金で買えるだけ買おうと思っています。これで問題無いですよね?」

「は…… ははは! 素晴らしい! ライト様には最高の奴隷を用意しましょう! どのような奴隷をご所望でしょうか!?」


「四歳から六歳までの顔立ちの整った少女の奴隷です」

「夜伽用でしょうか?」


「それに答える必要は無いでしょう」

「はは、そうですな。失礼致しました。ですが、相手は子供なので、あまり無茶な使い方をしてはいけませんよ」


 そんな趣味はねえよ。クソ野郎が。


「では、奴隷を連れてくるとしましょう。厳選を重ねた美しい子ばかりです。きっとお気に召すとおもいますよ」

「ちょっと待ってください!」


「どうされました?」

「そちらが用意した奴隷が私の趣味に合わない可能性もあります。出来れば多くの奴隷をこの目で見てみたいのですが、それは可能でしょうか? せっかくここまで来たんです。自分の趣味に合ったものを選びたいですからね」


 チシャは館の中にいる可能性はある。しかし、こいつらが言うくそムカつく厳選から外される可能性だってあるんだ。自分の目で確かめないと。


「しかし部外者に館の中を案内するのは……」


 金貨を取り出しリコの手に握らせる。


「これでどうにかお願いします」

「ふふ…… あなたは商人の扱い方が上手いようだ。負けましたよ。ではこちらに」


 リコに連れられ、館を案内されることになった。地下へ続く階段を下りる。

 その先は頑丈そうな鉄の扉で閉ざされていた。見張りはここも二人か……


「開けろ」

「「はっ!」」

 


 ―――ゴゴゴッ



 リコの一言で扉が音を立てて開く。通路の先には牢屋が続いていた。かなりの広さだ。

 中を見ると成人女性の奴隷だろうか。虚ろな目をしてこちらを見ている。


「子供の奴隷はこの先です。ついてきてください」


 左右にある牢には様々な奴隷がいる。男、女、エルフに獣人、人族もいる。年齢も種族も様々だが一つだけ共通点があった。

 目が死んでいる。生きる気力を失った目だ。チシャもこうだったのだろうか。そう思うと怒りが込み上げてくる。


 殺意を抑えつつリコについていく。その先には大きめの牢屋があった。

 中には…… 子供だ。リコが鍵を開け、中の奴隷に命令する。


「出ろ! こちらの旦那様がお前達を買ってくれるかもしれんぞ!」


 顔立ちの整った女の子が静かに並んでいく。かわいい子達ばかりだ。だが顔に生気が無い。皆一様に死んだ目をしている……


 涙が出てきた。

 

 ごめんよ。俺は君達を助けることは出来ない。

 ちょっとした立場の違い、環境の違いで彼女らはここにいる。

 明るい未来を見る事も出来ず、この子達は生きることを諦めている。

 何もしてあげられなくてごめん。俺は無力だ……


 涙を見せないよう女の子達を見る。チシャは……いない。くそっ、外れか。

 なら盗賊ギルドのところか? もうこんなところに用はない。適当に挨拶でもして帰るとするか。


 背を向けた瞬間……


 ふと視線を感じた。一人の少女が俺を見ている。

 その目は…… 光が宿っている。この中で唯一生きた目をしている。

 何か言いたげに彼女は手招きをした。


「リコさん、ちょっとあの奴隷と話をしたいんですが。いいですか?」

「おや? 味見ですか? ははは、お好きですな。ですが、一度手を出したら必ず買っていただきますぞ。処女でなければ価値が下がりますからな!」


 下種が…… そんなことするかよ。リコに話が聞こえない程度の距離を取る。

 少女は小声で話し始めた。


「あなた、ライさん?」


 え!? どうして俺の名を!? 驚きを隠せなかった。

 少女は微笑んでから話し始める。


「やっぱり。茶色の髪の優しそうな男の人。笑顔がかわいいってチシャが言ってたもん」

「チシャ! あの子はここにいたのか!?」


「うん。わたしね、昨日ここに連れたんだけど、恐くてずっと泣いてたの。そしたらね、チシャっていう緑色の瞳の子がわたしを抱きしめてくれてね。大丈夫だよ、諦めちゃだめだよって慰めてくれたの。きっといいことがあるからねって。

 ライさんとフィオナさんのことも言ってたよ。我慢してればきっとライさんみたいな優しい人に会えるよって」


 チシャ…… 溢れる涙を抑えることが出来なかった。

 お前だって怖かっただろうに。でもチシャはこの子を勇気づけてあげたんだな。


「でもすぐに連れていかれちゃったの。なんかすごい恐い女の人が来てね。いやな笑い方をする人だったよ。一度チシャを叩いたの。でもね、チシャは泣かなかったんだよ。すごいよね。チシャは強くて優しい。わたしもチシャみたいになりたいな」


 なれるよ。もちろんなれるさ。君もチシャみたいに強くて優しい子にね。

 でもそのためには少し大人の助けがいるよな。


 俺の決意を察したシバが小声で囁く。


「あんたが考えてることは分かるよ。でもこの子らをここから出したとしても一時凌ぎにしかならないことも理解してるよね? 

 最後までこの子らの面倒を見れないなら、あんたのやろうとしていることは偽善でしかない。それでもやるのかい?」


 もちろんやるよ。偽善? 大いに結構。なさぬ善よりなす偽善だ。

 俺が彼女らを解放することで少しでも人として生きる可能性を与えられるなら偽善でも構わないさ。

 財布を取り出しリコに近付く。


「気に入りました。ここにいる奴隷を全て購入したいのですが」

「全員ですか!? 素晴らしい! ではお支払いですが……」


「支払いならこれで頼むよ」



 ―――ドクンッ



 高速回転クロックアップを発動。視界から色が消える。


 こいつにとっては一瞬の出来事なんだろうな。多分自分の死に気付くことも出来ないだろう。

 ダガーを抜いてリコの喉を貫いた。そのまま刃を横に走らせる。

 ゆっくりとリコと呼ばれた奴隷商人の首が落ちた。


 このまま露払いといくか。



◇◆◇



 館にいるドワーフはあらかた殺したかな? 目撃者はいないと思う。

 牢の鍵を全て壊して奴隷達を解放する。


「みんな! 逃げるんだ! 俺が出来るのはここまでだ! ここを出て自由に生きろ!」


 奴隷達は一様に逃げ出していく。みんな、頑張れよ。

 一人の奴隷が俺のもとに寄ってきた。先程の少女だ。


「ここから出てもいいの?」

「そうだよ。でもここから先は君一人で生きていくんだ。もしかしたら奴隷でいた方がマシだったと思うこともあるかもしれない。でも君は自由になったんだ。死ぬとしても家畜としてではなく、人として死ぬことが出来る」


「よくわかんない。ここから出ればライさんみたいな人に会えるかな?」


 そうだね、きっと出会えるさ。別れ際に少女に金貨を渡す。

 彼女はにっこり笑って走り去っていった。幸せになるんだよ……


「行く前にここを火にかけるよ。あんたも手伝いな」



 ―――バシャバシャバシャッ



 シバが油を館に撒いている。証拠隠滅か。

 一通り油を撒き終え、館を出て充分に距離を取る。

 マナの矢を創造し、炎属性を込める。そして放つ。



 ―――ゴゥンッ



 命中した矢で館は炎に包まれた。


「なんだいその魔法は? まったくとんだバケモンだね、あんた」


 ははは、褒め言葉と受け取っておくよ。



 俺達は馬を借りてフィオナと合流すべく盗賊ギルドの拠点へと向かった。



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