行方不明

「チシャ…… どこに行ったんですか……」


 フィオナが地面にへたりこんで泣いている。

 俺はフラフラとした足取りでフィオナに寄り添い、その肩を抱く。


「大丈夫…… 大丈夫だよ。一緒に探そう……」


 とは言ったが思考がまとまらない。俺はどうすればいい? あんな小さい子が。ひとりで。まいごにもしかのじょのみになにかあったらオレハナゼヒトリデコウドウシタドウシテイッショニコウドウシヨウトシナカッタイマオモエバエメラダヲネラッテイタノハドワーフダケジャナカッタダロヒトゾクノヤトウモエメラダヲネラッテタジャナイカ。俺は馬鹿だ。その危険を知りながらも彼女らを二人きりにしてしまった。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺の……



 ―――バシィッ!



 両手で自分の頬を力いっぱい叩く!

 いでぇ! よし! 落ち込むのはもうお終い!

 切り替えていくぞ!


「フィオナ! 鍛冶ギルドに戻るぞ!」


 この国での知り合いはさっき話したデュパとシバの二人だけだ。

 幸いにして片方はギルド長。きっと助けになってくれる……と思いたい。


「ライトさん…… ごめんなさい、少し目を離したらチシャがいなくなって……」

「フィオナのせいじゃない!」


 ぎゅっと抱きしめる。そんな泣くなよ。かわいい顔が台無しだぞ。


「心配するな! 絶対に見つけてみせる!」


 フィオナの手を引いて、出ていったばかりのギルド長室に駆け込んだ。


「また来ました! 助けてください!」

「「なんだ!?」」


 デュパとシバがびっくりしてる。驚かせてごめん! でも今は気にしてる暇は無い! とにかく事情を話さないと!


「チシャが居なくなったんです! 捜索に協力してください!」

「と、とりあえず落ち着きな。まずは初めから話すんだ」


 フィオナは涙を止めることが出来ず、嗚咽交じりに話し始める。まるで子供を心配して涙を流す母親のようだ。

 この光景を見て、フィオナをトラベラーと思う者がいるだろうか?


「ライトさんがギルドに行っている間に大通りに買い物に行ったんです。露店から甘い匂いがしたから、チシャがあれを食べたいって…… 

 本当に少しの間でした…… お菓子を受け取った時にはチシャはもういなかったんです…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 フィオナの真剣な想いは伝わったと思う。最後の泣き声はちょっとアレだが。


「迷子になっとるんじゃないか? シバ、お前のとこの若い衆を使って探してこさせんか」

「そうだね。迷子の可能性もあるだろうさ。でももう二つ可能性があるよ。チシャって子は奴隷だったんだろ? 奴隷商人に捕まったかもしれないよ。

 もう一つはチシャの力に目を付けた誰かに連れ去られた。誘拐ってことさ。ルバイスが殺された原因はチシャだろ? 狙われてもおかしくない」


「誘拐……」


 その言葉を聞いて体から血の気が引いていくのを感じる…… フィオナも動揺していた。

 フィオナは一人、ギルド長室を出ていこうとしている。


「あんた! どこ行こうってんだい!? 何も分からないまま探したって無駄だよ! ちょっと待ってな!」



 ―――チーン チーン チーン



 シバは怒鳴りながら机の横のベルを鳴らす。すると部下であるドワーフが駆け込んできた。


「シバ様、お呼びですか!?」

「ギリィかい! 手が空いている職員を全員集めな! 休んでいる奴もだ! 文句言うやつはぶん殴ってでも連れておいで!」


「かしこまりました!」


 ギリィと呼ばれたドワーフはドタドタと足音を立てて部屋を出ていく。


「どうするつもりですか?」

「どうするこうするもないさ! まずは情報を集めるとこからだろ! あんたらは座って待ってな!」


 確かに…… この国で右も左も分からない俺達が動いてもチシャは見つからないだろう。フィオナと二人でソファーに腰をかける。


 くそ、落ち着かないな。

 何もせず待っていることがこんなに苦しいことだなんて……


「飲め」


 なんだ? デュパが酒瓶を手渡してきた。

 こんな時に酒なんか飲んでいる気分にはなれないよ。


「いや、結構で……」

「いいから飲まんか!」


 怒鳴られながら、強引に酒瓶を持たされた。


「気付いてるか? 今のお前の顔、わしでも震えがくるぐらいじゃ。大切な娘なんじゃろ? なら少しでも気分を上げておけ。帰ってきた娘を笑顔で迎えてやれるようにな」


 そんな恐い顔してるかな? 壁に備え付けられた鏡を見てみる。

 うわっ。誰だこれ? 鏡には俺の顔をした鬼が映っていた。ははは、チシャが見たら泣くわ。確かに今は気分を変える方がいいみたいだ。

 コップに酒を注ぎ、フィオナに手渡す。


「ライトさん……?」

「ほら、少し飲もう。デュパさんの言う通りだ。笑顔でチシャを迎えてあげなくちゃ。コップを持って!」


「ぐすん…… 分かりました。泣き顔じゃチシャを迎えられませんよね」


 そうそう。俺達がしっかりしてないとね。俺は酒瓶を。フィオナはコップを持つ。


「「乾杯っ!」」



 ―――グイーッ



 酒を口に含むと……

 ん? 熱いな。いや、痛いぞ? や、焼ける。口が! 喉が焼けるー!?


「「ぶーーーっ!」」


 噴いた…… いたたたた! 何だこれ!?


「げほっ! げほっ!」「ごほんっ! ごほんっ!」


 俺は喉を押え、激しく咳き込む! し、死んじゃう!?


「何じゃ情けない。ただの火酒じゃぞ。度数はたったの95%なのに」


「95%!? 飲み物じゃないでしょうに!」

「ごほっ! ごほっ! maltajoaΣlta解毒!」


 フィオナが回復魔法をかけてくれた。でも酒で焼けた喉はまだ痛い…… 

 一瞬でグロッキーになった。おかげで沈んだ心は少しは晴れた……っていうか具合が悪くなってそれどころじゃない。

 立つことも出来ず、ここで一晩を明かすことになった。


 うえー、気持ち悪い……



 一日が経ち……



「喉が…… 胸が…… 痛いです……」

「大丈夫か? っていうか、魔法で回復しない二日酔いって……」


 ソファーでフィオナが横になって苦しんでいる。

 俺は飲む量が少なかったせいか、彼女ほどのダメージは負っていない。なんだよ、酒飲んでダメージを受けるって。

 濡れタオルをフィオナの額に当てていると……


「待たせたね! って一体どうしたんだい?」


 シバが帰ってきた。デュパが酒をあおりながら説明してくれる。

 あんたの酒でこうなったんだけどな……


「情けない連中じゃろ? 活を入れる為に酒を飲ませたんじゃが、この様じゃ」

「あんたねぇ。人族にドワーフの酒は強すぎるよ。その格好のまま聞きな。情報が手に入ったよ。一つは奴隷商人のとこに新しい奴隷が大量に入荷されたこと。その中に青色の髪の子供が混じっていたそうだ。

 それと盗賊ギルド。こいつらルバイスと揉めてたらしいね。もともとルバイスのくそ野郎は盗賊ギルドの連中を使って、ライバルの邪魔をしていたんだ。でも最近になってルバイスの羽振りが良くなったことを怪しんでいたらしく、そのチシャって子が鉱脈を見つける力を持っていることに気付いたらしい。チシャがいるなら、この二つのどちらかだろうね」


「チシャ……」


 頭を押さえつつフィオナがフラフラと起き上がる。そしてすがるようにシバの肩に手をかける。


「お願い、そこに案内してください。行かなくちゃ……」

「ちょっとお待ち。作戦もなく動いちゃ、チシャの命は保障出来ないよ。奴隷商人と盗賊ギルドは持ちつ持たれつの関係だ。どっちかに殴り込みに行けば、すぐに情報が漏れることになる。報復としてチシャが殺される可能性だってあるんだよ。やるなら両方同時だ」


 両方同時か。二手に分かれて救出に行くべきだろうな。


「ライト、この娘は魔術師だね? 腕は確かかい?」

「はい、これでも彼女はトラベラーでね。超級魔法の使い手なんです。戦力としては申し分ないはずです」


「超級魔法…… バケモンだね。ライト、あんたは私と一緒に来な。デュパ、あんたはフィオナを盗賊ギルドんとこに連れてっておやり。場所はセト山の麓の洞窟らしい。すぐに出な。あんたらの馬ならすぐに着くさ」


「わしがか? なんでそんな面倒なことをせにゃならん?」

「は! 今更何言ってんだい! ここまで関わったんだ! 無関係とは言わせないよ! それとも臆病風にでも吹かれたかい?」


「わしを腰抜け扱いする気か!? いいじゃろう! 行ったるわい」


 はは、単純な人だな。でも味方は一人でも多い方がいい。

 それにドワーフの膂力は頼りになる。握手を求められた時の握力はハンパじゃなかったしな。


「私も一緒に行くよ。これはこの国の危機でもあるんだ。さっきも言ったがチシャの力が悪用されれば、この国の経済はガタガタになるだろうしね」


 よかった…… とりあえずチシャ捜索の糸口を掴むことが出来た。

 さて行動開始だ。


「ご協力ありがとうございます! では俺は奴隷商人のところにいけばいいんですよね? シバさんがご一緒してくれるんですか?」

「あぁ。奴隷を購入するふりをしてチシャって子を探す。奴隷商人は最悪、殺しちまっても構わないよ。胸糞の悪い連中だからね。あんたの国と一緒で殺しはご法度だが、バレなきゃいいのさ。

 でも手を汚すのはあんたがやっとくれよ。あたしゃ縛り首になるのはごめんだからね」


「分かりました。時間が惜しい。シバさん、案内をお願いします。フィオナ、盗賊ギルドは頼んだぞ」

「はい…… あ、ちょっと待ってください……」


 フィオナが抱きついてきた。


「ライトさん、気を付けて…… みんなでチシャを助けましょう。チシャが帰ってきたら三人でお風呂に入りましょう……」


 フィオナの目から涙がこぼれ落ちた。そうだな、チシャは今怖い思いをしているだろう。帰ってきたらいっぱい楽しい思いをさせなくちゃな。


 俺はフィオナと別れ奴隷商人のもとに向かう。



 チシャ…… すぐに助けてやるからな。



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