温泉の町ヤルタ

 次の目的地、ヤルタの町に到着する。

 ここは鉄を含んだ赤い温泉として有名だそうだ。

 チシャがフィオナの膝に乗ってはしゃいでいる。


「ここの温泉も楽しみだねー」

「うふふ、そうですね」


 屈託のない笑顔だ。和むなぁ…… でもきっとここも奴隷の入浴お断りなんだろうな。

 出来ればファロの町のファルラ亭のような内風呂がある宿に泊まろう。


 ヤルタの町はなんか観光都市っぽくはないな。見慣れない看板が目に着く。

 あれは…… 鍛冶ギルド? そうだ、俺はこの国に装備を作りに来たんだ。

 顧客としてお世話になるかもしれん。ちょっと覗いてみようかな。


「フィオナとチシャはここで待っててくれないか? 少しギルドに顔を出してくるよ」

「いいですよ。チシャ、二人で待ってましょ」


「ライ、行っちゃうの……?」


 うぐっ! そんな潤んだ目でみちゃいかん! 連れていきたくなってしまう。


「チシャが行ってもつまらないだけだよ。二人は町でも見てきな」

「はい。チシャ、甘いものでも買いに行きましょうか?」

「うん!」


 二人は手を繋いで街中へと消えていった。では俺は話を聞きに行ってみるかな。

 馬車を路肩に止めてギルドの中に入ると……


「どうなってんだ!? 鋼もミスリルも在庫が無いだと!?」

「このままじゃ納品が間に合わないじゃろうが! ギルドは何をやっとんじゃい!」

「ひぃ!? み、皆さん落ち着いて!」


 荒れてる…… カウンターに座る受付は多数のドワーフに囲まれて涙目になっている。

 不機嫌そうに腕組みしているドワーフに何があったのか聞いてみた。


「みんな怒ってますけど、どうしたんですか?」

「なんじゃ、人族か。お前さんには関係無いことじゃ」


「いえ、そうでもないかもしれません。俺、こう見えても元冒険者なんです。人助けは得意ですよ。話を聞くことで何か助けになれるかもしれませんし。それに話すだけならタダですよ? 教えてくれませんか?」

「はっ!? 人族は口が減らん奴が多いの! まぁいいわい。鍛冶ギルドはわしらドワーフに材料を卸しているんじゃが、ここ最近めっきり鉱石が取れなくなっている。今日は仕入れに来たんじゃが、売れるものは何一つないだとよ! 材料が無くては、わしらは仕事が出来ん。おまんま食い上げって状態なんじゃよ」


 なるほど。つまりなんらかの原因で流通が止まり、みんな仕事が出来ないのか。

 そりゃ怒るのも無理はないだろう。でもここは岩の国だろ? 鉱石が無くなるなんて……


「材料が無い? 鉱脈を掘りつくしたとか?」

「ここは岩の国じゃぞ! そんな訳あるかい! この国が出来てから儂らは掘り続けてるが、まだ半分も取っておらんわい!」


「そんな怒らんでも…… じゃあ原因ってなんですかね?」

「独占じゃよ。なんでも東のルバイス組が上質の鉱脈を掘り当て続けているらしい。あいつら一年前までは大した実力も無くてクズみたいな鉄鉱石しかギルドに持って来れなかったのにだ」


「ルバイス組?」

「組頭のルバイスはあくどい奴でな。金の為なら親を質にいれるような奴じゃ。ここから先の話はギルド長にでも聞くがいい。あいつは口が軽いからな! わしもあいつに話があるんじゃ! ここで会ったのも何かの縁じゃ! よかったらお前さんも一緒に行くか?」


 そうだな。状況を把握するにはお偉いさんの話を聞く必要があるか。

 これは俺に全く無関係な話ではない。このまま材料が無くて俺の装備が作れないことになったとしたら、苦労してバクーに来た意味が無くなってしまう。


 それじゃ、この頑固じいさんっぽいドワーフとご一緒させてもらうか。


「お願いします。でもその前に自己紹介を。俺はライト ブライト。一応アルメリア王国の士爵です」

「なんじゃ、貴族様かい! お前さん金は持ってるようには見えんがの!」


「ははは、正直な人だ。俺は剣と鎧を作るつもりでバクーに来たんです。オーダーメイドでね。その意味分かりますよね?」

「やはり人族ってのは口の減らない奴ばかりじゃな! 気に入った! わしはデュパという! バクーで最高の鍛冶職人じゃ! よかったらお前さんの武器はわしが打ってやるぞい!」


 握手を求められた。いでででっ! なんて力だ! 身体強化術でも使ってんのか!?


「がはは! 軟弱なヤツじゃ! ライトと言ったな! ではついて来い!」


 ふー、痛かった。びっくりしたよ。

 デュパはドカドカとギルド二階へと上がっていく。そしてギルド長室のドアを壊れるぐらいの強さでノックした。


「シバ! いるんじゃろ! 勝手に入るぞ!」

「まったくなんだい! うるさいったらありゃしない! あら、デュパじゃないかい。なんの用だい」


 見た目はおっさんだが声色は女だ。ファルラ亭で見た女中と同じく髭が生えている。ドワーフの性別は見分けがつかない……


「注文したダマスカス鋼のことじゃ! 一体いつになったら届くんじゃ! こっちはもう半年も待ってるんじゃぞ!」

「それは私も悪いとは思ってるよ! でもルバイスが行方不明なんだよ! あいつらたんまりため込んだ鉱石をどこかに隠してるらしいんだけど、この数日あいつらから何も連絡が無いんだよ。なんでもファロの近くでいい鉱脈を見つけたらしいんだけど、まだ戻ってきてないらしいんだ」


 あれ? この話って…… 話に出てきたピースを繋ぎ合わせる。

 ファロ、鉱石、鉱脈、そして連絡が無い。もしかして……


「あのー…… 一つよろしいでしょうか?」

「なんだいこの枝きれみたいのは?」


 そりゃあんたらから見たら枝きれかもしれんが。ちょっとムッとしつつ質問する。


「初めまして。俺はライトといいます。そのルバイスっていう鉱夫ですが、奴隷を一人連れていませんでしたか?」

「あぁ、そういえば…… たしか、人族みたいな娘を一人連れてたみたいだね。それが何か関係あるのかい?」


 関係大有りだよ…… チシャはルバイスの奴隷だったのか。事情を話すべきだろうか? もしこいつらがチシャを利用しようとしたら……


 でもチシャを狙うヤツはドワーフだけではない。人族からも狙われているかもしれない。組織が相手なら味方は多いほうがいい。


 話すか……

 だが、万が一こいつらがチシャに手を出すようなら……



 ―――殺すだけだ。



 覚悟を決めた。俺は全てを打ち明ける。


「正直に話します。ルバイスという男ですが、もう死んでいます」

「何!? どういうことだい! どうしてあんたがそれを知っている!?」


「奴が人族に襲われているのを見ました。俺は野盗だと思い撃退しましたが、その時に奴隷を一人見つけて保護しました。

 その奴隷は不思議な力も持っています。希少な鉱脈を見つける力を。ルバイスは彼女を使い私腹を肥やしていたのでしょう」

「鉱脈を見つける力…… 私らドワーフが喉から手が出るほど羨ましい力だ。ルバイスの羽振りが良かったのはそのせいかい」


「俺はその奴隷をチシャと名付け、一緒に旅をしています。この国の奴隷制度のことなんか何も知りません。ですが…… チシャはもう俺のものだ。もし彼女を傷付ける奴がいたら……」

「分かってるよ! そう睨むんじゃないよ! あんた相当な腕だね。私もギルドを収める立場だ。あんたがどのくらい強いかも分かるよ。

 たしかにチシャって子の力は欲しいね。でも私は命の方が惜しい。命令出来る立場じゃないから、これは私達ギルドからのお願いだ。なるべく早いうちにチシャって子を連れてこの国を出ていっておくれ」


「どういうことですか?」

「分からないかい? その子がいて一番怖いのは鉱石の価格操作を行う輩が出てくるってことさ。希少金属を独占してから相場を吊り上げ、売り抜けをする。この国の経済は鉱石に依存している。その子一人がこの国の経済を握っているといっても過言じゃないからね。

 ギルドの長として鉱石を安定供給し、価格を一定に保つのも私の仕事なのさ」


「つまりチシャはこの国にとって望ましい存在ではないと?」

「そういうことさ。でもルバイスは死んだんだろ? なら少し我慢してればいつも通り、鉱石がみんなに均等に分配されるようになるさ。あんたも安心おし。

 だからそろそろ殺気を解いてくれんかね……」


 よく見るとシバを呼ばれるギルド長とデュパが震えている。

 それにしても殺気か。そんなもの出したつもりは無いんだけどな。


「ははは、あなた達に正直に話してよかった。これでチシャを心置きなく連れていくことが出来ます。

 あ、そうだ。デュパさん。これは迷惑料です。受け取ってください。シバさんもどうぞ」


 バックからダマスカス鋼を取り出しテーブルに置く。

 二人が目を丸くした。シバは開いた口が塞がらないようだ。


「ダマスカス鋼!? なんだこの大きさは!」


 五キロぐらいある鉱石の塊だ。

 それをマナの剣で二つに割り、それぞれを二人に渡す。


「ダマスカス鋼を一振りで…… お前一体何者じゃ?」

「元狩人で元冒険者。今はギルド職員で貴族でもあります」


「あはは! なんだいそりゃ! ライトとか言ったね! 面白いやつだ! デュパ! こいつはあんたにくれてやる! ライトの坊やに武器を打ってあげな!」



 ―――ブンッ バシッ



 シバはデュパにダマスカス鋼を投げ渡す。全力で…… 

 デュパはそれを片手で受け取る。当たったらどうするんだよ。


「ふん! お前に言われるまでもないわい! 先にこいつに約束したわ! ライト、わしはもう少ししたらタターウィンに帰る。絶対にわしの工房を訪ねろ! 最高の武器を作ってやるわい!」

「はい! 是非お願いします! あ、そうだ。お二人に質問なんですが、この辺りに内風呂が付いている宿ってありませんかね?」


「なんじゃ唐突に。わしはあまり風呂には入らんから分からん。シバ、お前はどうじゃ?」

「風呂付の宿かい。それじゃ、雪猫亭にいってごらん。たしか内風呂がついた部屋があるみたいだよ」


 雪猫亭か。いい情報を得たな。今回も三人で風呂に入れそうだ。

 それじゃ行くとしますかね。


「色々と貴重なお話、ありがとうございました。では旅の途中なので失礼させてもらいます。デュパさん、タターウィンに着いたらお訪ねしますので、その際はよろしくお願いします」

「おう、待っとるぞ!」


 二人に挨拶をしてギルドを後にする。早いとこチシャを連れてバクーを出たほうが良さそうだな。装備を整えたらすぐにアルメリアに帰ろう。


 でも鉱石が足りないって言ってたな。ちょっとだけチシャに手伝って…… 

 いかん。何を考えているんだ俺は。そんなことしたらルバイスのクソ野郎と一緒じゃないか。


 渡したダマスカス鋼で素材は足りるかな? ま、それはタターウィンに着いてから考えるか。

 そろそろフィオナも戻ってる頃だろう。馬車を止めている場所まで戻ると……

 

「ライトさん……」


 ん? 後ろから声をかけられる。声に元気が震えている。

 振り向くとフィオナが……涙を流している。

 どうした? 隣にはチシャが…… いない?



「チシャがいなくなったんです……」






 フィオナの一言で頭が真っ白になった。



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