治療
「始めます。チシャ、シャツを脱いでください」
「うん……」
チシャは上着を脱ぐ。表情は硬い。
そりゃそうだ。今から皮膚を焼かれるんだから。俺はチシャにタオルを噛ませる。
「しっかり咥えてるんだ。怖くないよ。おいで」
「…………」
チシャを抱きしめる。チシャも力いっぱい俺を抱きしめてきた。
怖いよな。ほんとごめんな。
フィオナがチシャの長い髪を治療の邪魔にならないよう紐で束ねる。
「痛いのは少しの間だけです。ライトさん、準備はいいですか?」
「あぁ……」
チシャの力が更に強くなる。
頑張るんだぞ。チシャの頭越しにフィオナが杖を構える。
【
―――ボッ
フィオナが魔法を放つ。込めたオドは最小限。極小の火の玉だ。それをゆっくりとチシャに向かってくる。
頑張れチシャ!
―――ジュワッ
「んー!?」
ゆっくりと火の玉はチシャの皮膚を焼いていく……
抱きつく力は更に強くなり、チシャの股間が湿ってくる。
失禁か。大丈夫だよ。俺はそのままチシャを抱きしめ続ける。
「んー! んんー!?」
「頑張れ! もう少しだ!」
「お終いです!
―――パァァッ
優しい光がチシャを包み込む。辺りには焦げ臭い匂いが漂っている。
チシャの体から力が抜ける……
「チシャ! 大丈夫か!?」
「…………」
「気を失ってます…… ライトさん、馬車に運びましょう」
チシャを抱きかかえ馬車に移動する。おしっこで濡れた下着を替えないとな。
そういえば今日の治療でどのくらいの入れ墨が消えたんだろうか。
背中を見ると、わずか一センチ四方の入れ墨が消えているだけだった……
「全部消すまでは時間がかかります。これ以上は痛みで発狂してしまいますから。毎日少しずつ消していくしかありません……」
全て消すのにどのくらいかかるのだろうか? 入れ墨は首から肩にかけてびっしりと描かれている。それを毎日少しずつ除去していくのか。
がんばれよ…… チシャの頭を撫でる。その顔は涙で濡れていた。
体を拭き、着替えを終わらせ毛布をかける。そのままキャビンの中に寝かせてあげよう。俺とフィオナはテントで眠ることにした。
「今日はこのまま寝ようか……」
「そうですね。おやすみなさい」
気分にはなれなかった。軽くキスだけして眠りに落ちていった。
『ライ!? フィオナ!?』
―――バッ!
チシャの叫びが聞こえる! 俺達は同時に飛び起きる! どうした!? 俺はダガーを構え、フィオナは杖を持ってキャビンに駆け込む!
「大丈夫か!?」「チシャ!」
チシャは毛布に包まって震えていた。
よかった。敵襲ではないようだ……
しかし、用心にこしたことはない。一応索敵しておくか。
「フィオナはチシャの様子を見ていてくれ。大丈夫だと思うけど一応辺りを見てくるよ」
「だめ! お願い、ライもここにいて…… 一人にしないで……」
と言って抱きしめられる。
ん? もしかして……
「起きたらね…… ライもフィオナもいないんだもん。置いて行かれたかと思った…… もう一人はいやなの…… ぐすん…… そばにいて……」
やっぱり寂しかっただけか。二人でチシャを抱きしめる。
キャビンで寝るには狭すぎるな。チシャを抱いたままテントに移動した。
三人で川の字になって眠る。安心したのかすぐにチシャの寝息が聞こえてきた。
◇◆◇
ヤルタの町まで後一日で到着する。ここに来て心配事が一つ出てきた。
それはチシャに情が湧いてしまったということ。
まだ出会って数日だというのに保護者意識が芽生えてしまい、そう簡単に彼女と別れることは出来なさそうだ。
このままチシャが俺達に依存するのも問題だろう。俺達には目的がある。仇であるアモンを倒すこと。
死ぬつもりはないが危険は伴う。俺達がこのままチシャを保護し続け、万が一俺が死ぬようなことがあれば……
まだ先の話だろうが施設に入れる可能性も考えておかないと。でもチシャの入れ墨を完全に消すまでは彼女を手放す気はない。
入れ墨の大きさからいって一、二ヶ月でお別れってことにはならなそうだしな。
【
―――バシュンッ
あー…… 今日もチシャが魔法を放っている。ほんとすごいなこの子。実年齢は分からないが四、五歳ってとこだろ?
そんな幼い子がフィオナのアドバイスだけで魔法を使いこなしている……
そういえばこの子って奴隷だった時は何をしていたんだろうか。聞いてみ……止めておこう。古傷を抉ることになりかねないからな。
「ライ! 馬車を止めて!」
チシャが叫ぶ。言われるがままに馬車を停止する。
「トイレか?」
「ちがうよ! こっち来て!」
俺とフィオナの手を引いてチシャは駆けていく。着いた先には大岩があるだけ。これがどうしたというのだろうか?
チシャの緑色の瞳の輝きが更に強くなっているのに気付いた。
「この岩の中に何かあるよ」
中に? よく分からないがチシャは真剣な表情をしている。俺はマナの剣を発動する。
―――ブゥン
「ちょっと離れてて」
「わ、すごい…… 剣が出てきた」
そうか、この子の前でマナの剣を見せるのは初めてか。ふふ。お兄さんはすごいだろ。
魔法は使えなくてもこんなこと出来るんだぞ! あとでマナの矢も見せてあげよーっと。
―――シュパッ
ちょっと得意になりつつ岩を切り裂く。真っ二つにすると、切り裂かれた岩がゆっくりと左右に倒れる。
断面には…… 鉱石か? 不思議な模様をしているな。まるで木のようだ。フィオナが目を丸くしているな。
「これってダマスカス鋼……? アダマンタイトより貴重な金属です。チシャ、こっちにいらっしゃい」
フィオナはチシャを手招きする。顔を優しく押さえて目を合わせる。
分析だ。チシャのステータスを見ているんだ。
「やっぱりですね。大地の妖精ノームのオドを感じます。チシャが捕まっていた理由が分かりました。チシャ、貴女は鉱山で希少金属の掘削を手伝わされてたんですね?」
「きしょうきんぞく? よく分かんないけど、洞窟の中に連れて行かれてね。それで岩の中に何か感じたらそれを教えろって言われてたの。でも見つからなかった時はすごく怒られた…… いっぱいぶたれたの……」
「つまりチシャは宝探しの道具にされていたってことか?」
「…………」
フィオナが悲壮な表情で頷く。
「ライトさん、しばらくはチシャを手放すべきではありません。この子を様々な人が利用しようとするでしょう。やはり野盗に狙われたのはこの子が目的です」
こんな幼い子を道具扱いか。奴隷だからって人権無視かよ。たかが金属のためにチシャを利用しやがって……
でもこの鉱石ってそんなに珍しい物なのかな?
「初めて聞く名前だけどダマスカス鋼ってどのくらいの価値があるの?」
「世界によってまちまちですが、高価なものには変わりありません。恐らく…… 一キロで十億オレンはするはずですよ」
十億…… この子が狙われる訳だ。余計にチシャを保護する理由が増えたな。
「ねぇ、ライとフィオナはわたしを使って石探しはしないよね……?」
その言葉を聞いてチシャを抱っこする。
「わわっ!? どうしたの?」
「大丈夫だよ。そんなことしない。でもチシャも今みたいにこの力を使っちゃ駄目だよ。君を狙う悪い奴がまた出てくるかもしれない」
「もし悪い人が出てきたら助けてくれる?」
「もちろんですよ、お姫様。このライト ブライト、命をかけてあなたを守りましょう」
「え? なに? どうしたの!?」
チシャが焦ってる。かわいいな。一応ダマスカス鋼は持って帰ることにした。
一応ね。ほら、なんかもったいないじゃない。
◇◆◇
夜になり野営の準備に取り掛かる。今日も米を食べるので、おかずは俺が作る。
「よろしくお願いします。私は米を炊いてきますね」
「分かった。それじゃ調理開始だな」
今日のおかずはポークソテーだ。道中で岩猪がいたので一匹狩ることが出来た。子供だったので肉質は柔らかいはず……
ごめんな。美味しく食べてあげるから許しておくれ。普段はこんなこと思わない。だって狩人だったし。
チシャと知り合ってからだな。獲物とはいえ、子供を殺すのに躊躇するようになったのは。人として成長はしたかもしれないけど、こんなこと考えていては狩人失格だ。
なんてことを考えながら猪を解体する。軽く血抜きをしておく。付け合わせは乾燥野菜を戻しだスープだ。
新鮮な野菜が手に入らないのが痛い。小さい子がいるんだ。バランスよく食べさせたいのだが。
「ライもお料理出来るの?」
「そうだよ。チシャもやってみる?」
「うん!」
簡単に出来ることからだな。なるべく刃物は使わせないような工程を任せるか……
「じゃあ、この乾燥トマトを細かく千切ってもらっていいかな?」
小さな可愛い手で一生懸命千切っている。がんばれ。肉を焼きながらチシャの様子を見守る。
「ライ! 出来たよ!」
「ありがと。じゃあ、次は刃物を使うからフィオナに手伝ってもらおうかな」
米を炊き終わったフィオナが合流し、三人で料理をすることにした。
そしてチシャはごはんを三回お代わりして、今日もダウンした。
「ふー、お腹いっぱい……」
チシャはお腹を抱えて苦しそうにしている。いかんな。腹八分目を教えないと。
奴隷時代が長かったのか、食べられるうちに食べておくっていうのが癖になっているのかもしれない。
でもそれは体にとって毒になる。まぁ今だけならいいか。
今日はフィオナの膝枕で横になっている。ちょっと羨ましい。フィオナは笑顔でチシャの頭を撫でている。
「今日も治療するつもりだけど、大丈夫ですか?」
「…………」
ちょっと顔が強張るチシャ。でもすぐに笑顔に戻る。
「うん! 背中の絵が消えればライとフィオナと一緒にお風呂入れるんだもん! わたし、がんばるよ!」
いい子だ…… なんてけなげな……
チシャのお腹が落ち着いた頃に治療を始める。前回同様タオルを噛ませ、抱きしめる。
「がんばって」
「…………」
俺の問いかけに無言で頷く。
「始めます。
フィオナが小さな火の玉を放ち、チシャの入れ墨を焼いていく。嫌な匂いが立ち込める……
―――ジュワッ
「んー!」
がんばれ! でも昨日よりは力が込もっていない……
「お終いです!
回復魔法の優しい光が俺達を包む。
チシャは…… お漏らしもしていない。震えてはいるが意識もある。
ゆっくりとタオルを口から放し、俺に笑いかける……
「はぁはぁ…… ライ、わたしがんばったよ…… えへへ……」
力無く笑うチシャ。お前は何度俺を泣かすつもりなんだ……
涙を見せないようにチシャを抱きしめる。フィオナはボロボロ泣いていた。それに気付いたチシャはフィオナの頭を撫でる。
「もう、フィオナの泣き虫。わたしは大丈夫だよ」
「ぶぉ~ん、おんおん…… チシャ……」
正面から抱き合う二人を見て思う。
駄目だな。しばらくこの子を手放せんわ。
もしチシャが自分の意思で俺達から離れるんだったらその意思を尊重しようと思う。
でも今はこの子の未来を見守りたい。フィオナもきっとそう思っている。
今日も三人で川の字になって眠る。ふぁぁ…… 明日にはヤルタに着くかな。内風呂がある宿があればいいんだけど。
三人で楽しく温泉に入ることを想像しながら俺は眠りに落ちていった。
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