カレー再び
俺達は岩だらけの街道を進む。次の目的地はヤルタ。スレイプニルなら二日で着くな。
もう少しファロの町でゆっくりしていってもよかったかもしれない。
日程に余裕はあるが、いかんせん食事がね…… 不味くはないのだが、味付けがどうも塩辛くて俺達の口に合わない。
鉱夫が多く住むバクーならではの味なのだろう。汗を大量にかくから、自然とみんな塩を求めるようになる。
それであんなにしょっぱい味付けになるんだろうな。
でも食材に関して大きな発見をした。
何と! 米を見つけたのだ! 以前銀の乙丸亭で新メニューを開発する際、見つけた穀物だ。
米を使ったカレーなる料理は絶品だった……
だが、オリヴィアは米を試験的に買い付けただけだったので、在庫はすぐに無くなり俺達はカレーを食べる機会を失ってしまったのだ。
しかしファロを出る前に買い物をしようと商店に寄ったら米を見つけてね……
買えるだけ買った。キャビンの中は米が入った袋で溢れかえっている。
今日からキャビンで寝ることは出来なくなったが、後悔は無い。米、そしてカレーが食えるなら……
「ねぇ、あれってなんていう食べ物なの?」
チシャが不思議そうな顔で質問してくる。フィオナはすごくいい笑顔で説明する。はは、フィオナも嬉しいんだな。
「んふふ。あれは米っていうんですよ。今日は米を使った料理を作るから楽しみにしててくださいね。ほら魔法の練習の続きです。目を閉じて、お腹の中にあるオドを探すんです。やってみてください」
「うん…… あれ? お腹の中に温かいのを感じる…… これがオドっていうの?」
「そうです。じゃあ次は……」
フィオナ先生の指導のもとチシャは魔法の練習を再開する。
昨夜、寝る前に俺達は二人で温泉に浸かりながらチシャの今後について話し合った。
チシャはこの旅が終われば然るべき施設に入れるつもりだ。
でもその前に彼女が今後生きるのに必要な知識、力を出来る限り与えておくことが彼女にとって最良と結論づけたのだ。
それとは別件だがチシャの入れ墨についても話し合った。一応入れ墨を消す方法はあるらしい。だがそれは……
これは本人に直接言わないとな。少し残酷な方法なんだから。覚悟がいる。
チシャにそれに耐えられるだろうか……?
―――ゴゥンッ
【
え!? 考え事をしてたら前方に火の玉が飛んでいく! まさかチシャが!?
「すごいですね。流石は妖精とのハーフです。チシャは魔法の才能があります」
「これが魔法…… すごい! ライ! 見てた!? 私、魔法が使えたの! もう一度!
今度は百メートルほど先にある岩に向かって、大人の頭位の大きさの火の玉が飛んでいく。
放たれた火の玉は着弾すると同時に岩を炎で包み込む…… 俺より上手だ。
「す、すごいな。で、でも人に向かって魔法を使っては駄目だよ。あ、危ないからね」
「ん? どうしてどもってるの?」
いかん、この三人の中で魔法に関してのヒエラルキーは俺が一番下のようだ。いいんだ…… 俺は魔法の代わりにマナが使えるし……
しかし、チシャに負けるとは。
「じゃあ次は違う属性の魔法です。オドはそのままで。風を思い浮かべて。木の葉は木から落ちる。風に乗って木の葉が飛んでいく。想像の中で風に色を付けてみてください……」
チシャの魔法修行は続く。休憩を取る頃には初級ではあるが、属性魔法全てを使えるようになっていた。
羨ましい……
◇◆◇
日も暮れてきたので野営の準備に取り掛かる。米を大量に買ったおかげでキャビンで眠ることが出来なくなったのでテントを張ることにした。
俺とチシャは二人でテントを張る。この子が将来どのような道に進むかは分からない。
もし冒険者という選択肢を取るなら、野営の準備は必須条件だろう。料理も教えないといけないかな?
「ライー、この鉄の棒ってなに?」
「あぁ、それはペグっていってテントを固定する金具だよ。こうやって地面に打ち込む!」
―――ガツンッ
石を使ってペグを打ち抜むとテントがしっかりと固定される。
「わ! すごい! お家が出来たね!」
「ははは、確かにお家だね。あんまり居心地は良くないけどね。ん? この香りは……」
食欲をそそる香りが漂う。むふふ。食べるのは久しぶりだ。
「出来ましたー。こっちの来てくださーい」
おぉ! 出来たか! 急げ! 生活魔法の水を使ってチシャの手を洗う!
「すごい! ライも魔法使えたんだね!」
「そそそ、そうだよ! おおお、俺だって魔法ぐらい使えるんだからね!?」
「どうして焦ってるの?」
いやね、生活魔法と攻撃魔法は別物でね。これは割と誰でも使えるんだよ……
でも黙っておこ。手を洗い終え、フィオナが待つ食卓に向かう。そこには……
夢にまで見たカレーが簡易テーブルに鎮座していた……
「んふふ。早く食べましょ! ほらみんな、席に着いてください!」
「これがカレーっていうの? 食べてもいい?」
「いいですよ。チシャが食べられるように辛味は少し抑えてあります。さぁ食べてみて」
フィオナに促され、チシャはカレーを一口。
「おいひい! こんなの初めて食べた!」
チシャは笑顔でカレーを食べ進める。それじゃ俺も……
いかん、スプーンを持つ手が震える…… カレーを口に運ぶと!?
んまい!
もうなんか言葉が無かった。フィオナは涙を流しながらカレーを食べている。はは、フィオナも大好きなんだよな。
でも米ってアルメリアでほとんど売ってないんだ。輸入してもらえるようナイオネル閣下にお願いしてみるか。
その後みんなお代わりを繰り返し、幸せな夕食の時間は終わった。
◇◆◇
「苦しいよぅ…… お腹いっぱい……」
「食べ過ぎだよ。昔から腹八分目って言ってな……」
チシャが俺の膝枕で横になっている。そりゃこんな小さいのに四杯も食べればねぇ。
「はい、ライトさん。熱いですよ」
フィオナがお茶を持ってきてくれた。ありがとね。
「チシャもお腹が落ち着いたら飲んでください」
「うん。ありがと……」
まだチシャは起き上がることは出来ないようだ。入れ墨のこと話すのは明日でもいいかな……
いや、駄目だ。この旅は予想以上に順調だ。俺達の別れが早くなるかもしれない。
ならこの話も先延ばしにするべきじゃない。
「チシャ、背中の入れ墨をどう思う?」
「背中にある絵のこと? あれ好きじゃない…… でも布で擦っても消えないの……」
「消したい?」
「うん…… 普通の肌がいい。絵はいらない……」
そうか…… なら少し残酷な話をしなくちゃ。ごめんな。
「消す方法はあるんだ。でもね、消す時にとっても痛い思いをするんだ。俺もフィオナもチシャの背中の絵を消してあげたい。チシャは痛いの耐えられそうかな?」
「…………」
チシャの体に力が入る。緊張しているんだ。今までずっと痛い思いをしてきたんだ。
せっかく温かい環境を手に入れたのに再び襲いかかる痛みを彼女は受け入れることが出来るだろうか?
決めるのはチシャだ。その意志に従おう。
「うん…… 出来るよ。大丈夫。どうやって消すの?」
今度はフィオナの出番だ。俺の横に座ってチシャの頭を撫でながら説明を始める。
「少しずつですが、入れ墨が入っている肌を焼くんです。入れ墨は皮膚の下に浸透しているから少し深めに焼かないといけません。入れ墨が皮膚ごと焼けたら回復魔法を使って肌を再生します」
「…………」
説明を聞いているチシャの体に緊張が走るのを感じる。でもこの子は強い子だ。多分それを受け入れることが出来るだろう。
と思ったが、予想以上の言葉が返ってきた。
「絵が消えたらライとフィオナと一緒に温泉に入れる?」
うぐっ!? そのセリフは反則だろ!
目から涙が溢れてくる…… いかん! こんな小さい子が覚悟を決めたんだ。泣いている場合じゃない!
ってフィオナ、そんな号泣しないでくれ…… お前、ほんと感情豊かになったな。
「ぶぉ~ん、おんおん…… よく決心しましたね。じゃあもう少ししたら治療を始めます。ライトさん、今の内に準備してきてください……」
チシャの頭をフィオナのふとももに移す。
俺はキャビンの中から新品のタオルを取り出しながら思う。
この治療は大人でも悲鳴を上げるレベルの痛みを伴う。それをこんな小さい女の子に……
いや、チシャの将来を思えばこそだ。ここで俺が日和ってどうする。チシャの為だ! 心を強く持て!
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