温泉の町ファロ
ファロの町。ここはバクー有数の観光地らしく、大通りは露店で賑わっている。
だが岩の国を言われるだけあって緑が少ない。乾燥に強い木や草が申し訳程度に生えているだけだ。
食料とかはどうしてるのだろうか?
疑問に思っていたが答えは簡単に見つかった。あちこちに獣人の商人の姿が見える。
輸入だな。獣人の国サヴァントは一次産業従事者が多いはずだ。そこで採れた食材を隣国であるバクーで販売しているのであろう。
御者台に座る俺の隣にチシャが座っている。先ほどまではしゃいでいたのだが、町に入ってから表情が硬くなった。
「どうした? お腹空いたのか?」
「ううん…… ここにいる人達って、私に酷いことするのかなって……」
フィオナがチシャの手を握る。
「大丈夫ですよ。そんなことはさせません。貴女は守りますから、安心してください」
フィオナがそんな言葉をかけるようになるとは…… どんどん人間に近付いていくな。俺もチシャを安心させてあげよう。綺麗な青色の髪を撫でる。
「そうだよ。何も気にすることはない。それにフィオナってすっごく強いんだよ! 魔法使いなんだ! チシャに酷いことをするやつがいたらフィオナがやっつけちゃうから大丈夫だよ!」
「魔法使い!? すごい! ライも魔法使えるの?」
キラキラした目でチシャが見てくる。
うぅ…… そんな目で見ないでくれ。俺は魔法の才能が全く無いんだ。
水寄せを発動したら脇から水が飛び出してきたのは苦い思い出だ。
「う、うん。少しは使えるかな……? でも教えてもらうならフィオナにお願いしてね。彼女の方が上手だから……」
「そうなの?」
嘘は言っていない。ギリギリセーフなはずだ。
妙な汗をかいたな。今日泊まる宿は近いはずだ。そこで汗を流すとするか……
大通りを抜けると宿屋が多数目に入ってくる。ここら辺だな。
フィオナが一件の宿屋を指差した。
「あそこです。ファルラ亭、ファロの町で一番の宿屋ですよ。ここは源泉かけ流しの露天風呂があることで有名なんです! 私、受付を済ませてきますね!」
フィオナが鼻息を荒くして宿に入っていった。
今のうちに馬車を移すか…… 置ける場所はどこかな。
従業員らしきドワーフがいたので訊ねてみる。
「すいません。ここに泊まる者ですが、馬車はどこに置いたらいいですかね?」
「あら、いらっしゃいませ。そうこそファルラ亭へ。馬車は裏手に専用スペースがありますので使ってくださいね」
あれ? この声色…… 女性? でも髭が……
「ふふふ。その顔。お客様、ドワーフを見るのは初めてですね? 私達は成人になると髭が生えるのですよ。男女共にね。どうです、美しい髭でしょ?」
「は、はぁ……」
どうみても男性にしか見えない女ドワーフは自慢であろう髭を撫でながら俺を裏手に案内してくれた。
世界は広いなぁ。まだまだ知らないことだらけだ。
馬車を置いて受付に向かうとフィオナが宿の説明を受けている。
なんだろう? フィオナの様子がおかしい。
俺も受付の話を聞いてみるが……
「ではもう一度お風呂の説明をいたします。ファルラ亭はファロの町で一番大きな露天風呂を備えています。ですが奴隷の入浴はお断りさせていただきます。
お客様は奴隷をお持ちですか? もし奴隷を連れ込むのでしたら、専用の奴隷部屋を用意させていただきます。その際はフロントまでお申しつけください」
奴隷…… 黙っていれば分からないだろうが、チシャは奴隷の入れ墨を彫られている。風呂には連れていけないな。
納得出来ない気持ちもあるがこの国のルールは守らないと。
「奴隷はいません。でも私、あまり人に肌を晒したくないんです。背中に大きな火傷の跡があって…… でもせっかく親子三人で旅行に来たんです。どうにかみんなで温泉に入れる方法ってありませんか?」
フィオナが嘘をついている。親子三人って……
嬉しいこと言ってくれるね。受付は腕を組んで考えている。
「そうですね…… お値段は高くなりますが、内風呂がある部屋を用意することは出来ます。当宿で一番高い部屋です。一泊百万オレンですがご用意出来ますか?」
マジで? 金は持っているのだが、百万オレンはぼったくりだろ……
庶民感覚の俺としてはこの値段に対してホイホイ金を出すことに躊躇いを感じる。
ん? チシャがぎゅっと俺の手を握る。ちょいちょいって手招きしている。
顔を近付けるとチシャは小声で……
「私、大丈夫だよ。一人で寝れるから。お風呂楽しんできて」
チシャは笑顔で応える。はは、こんな小さい子が俺達に気を遣っている。大丈夫だよ。一人になんてさせないから。
「「そこでお願いします」」
ハモった。ははは、フィオナも同じ考えだったか。
この際多少の出費はしょうがない。とにかくチシャを風呂に入れてあげたいんだ。
百万オレンを支払い、内風呂がある部屋へと通される。
「ここです。どうぞごゆっくり」
広い…… これなら百万オレンは仕方ないか。部屋は二部屋あり共に大きなベッドが備え付けられている。
座ってみると…… ふかふかだ。逆に落ち着かない。マットはある程度固いのがお好みなのだが。
「…………」
ん? チシャがモジモジしながら俺を見ている。
少しいたずら心が湧いてきた。
―――ガバッ
チシャを抱きかかえる。
「きゃっ。どうしたの?」
そのままチシャをベッドに……
―――ポイッ ボフッ
投げ込む。するとチシャはベッドに沈みこんだ。
「あはは! 楽しい! ねぇ、もう一回!」
「おう! いいぞ! 何度でもやってやる! 来い!」
両手を広げてチシャを誘う。俺の胸に飛び込んでくるチシャを抱きかかえて、そのままベッドに投げる!
―――ポイッ ボフッ
「キャー! もう一回! もう一回!」
「ほら、それぐらいにして下さい。埃がたちますよ。それにせっかくお風呂があるんだもの。みんなで入りましょう。準備してきてください」
フィオナに注意されてしまった。
んん? っていうか、今なんて言った?
「え? 俺も入っていいの?」
「どうして遠慮してるんですか?」
「いや、だってチシャがいるし…… 小さいとはいえ女の子だし……」
チシャとは打ち解けたと思うが、まだ出会って間もないし。さすがに一緒に入るのは……
と思い、チシャに目を向ける。
だがチシャはキラキラした目で俺を見ていた。
「ライと一緒に入りたい。私、まだお風呂って入ったことないの。入り方教えて?」
「そういうことです。ほら、ライトさん。タオルと着替え持ってきてください」
三人で風呂に入ることになった。
フィオナはチシャの服を脱がす。一応俺は腰にタオルを巻いておくかな……
◇◆◇
―――チョロチョロチョロチョロッ
庭に出ると、そこには大きな露天風呂が。
三人どころか十人は余裕で入れそうだ。
湯船にはチョロチョロと絶え間なく温泉が流れていく。これが源泉かけ流しということなのか。
「うわー…… ひろーい」
チシャが目を丸くして驚いている。俺もびっくりした。内風呂って聞いてたけど、ここまで大きいとは思わなかった。
「この中に入っていいの?」
とチシャが聞いてくる。
「まだです。入る前に体を綺麗にしなくては。チシャ、ここに座って目を閉じていてください」
「う、うん…… わっ!」
―――ザバーッ
フィオナが桶を使ってチシャの頭にお湯をかける。石鹸を取り出しチシャの髪を洗い始める。
この香り…… グウィネが理髪店で使っているのと一緒のものだ。一通り洗い終わると泡を流す。
すると濡れた髪が纏まって、奴隷の入れ墨が露わになる。呪いと一緒だな。これがある限りチシャは奴隷としての呪縛から逃れることが出来ない。
なんとか取り除く方法はないのだろうか?
「ふあぁぁ…… 気持ちよかった……」
「次はトリートメントをします。後ろを向いてください」
薬液までもらってきたのか。とことん温泉を楽しむ気だったんだな。
ゴワゴワしたチシャの髪が潤いを取り戻してきた。チシャの頭を撫でる度に髪が指に絡んできたからな。
「自分の髪を触ってみて下さい」
「え……? なにこれ!? ツルツルする! 自分の髪じゃないみたい!」
「ふふ、よかった。最後に体を洗います。こっちに来てください」
石鹸をタオルに擦りつけ、泡立てる。そしてチシャの体を洗い始めた。
「あはは! フィオナ、くすぐったいよ!」
「我慢しなさい。もう少しで終わります」
その光景はまるで本当の母子のようだ。それにしてもフィオナってこんな面倒見のいい子だったか?
俺の世話はいらないぐらい焼いていたが、俺以外にここまで構うってことは今までなかった。
もしかしたら新しい感情が芽生える兆候なんだろうか?
「綺麗になりました。それじゃお風呂に入りましょうか」
「うん!」
チシャを抱きかかえてフィオナは湯船に浸かる。初めて経験する湯船にチシャは少し緊張しているようだ。腰まで浸かった時にフィオナにぎゅっと抱きついた。
「熱いですか?」
「う、うん。少し」
【
―――ジュワッ
フィオナが氷魔法を発動する。
氷の柱が現れて、そしてすぐに溶けてしまった。お湯の温度を下げたんだな。
俺も体を洗い終わったので湯船に浸かる。
少しぬるいが、子供には適温だろうな。
「ライ…… フィオナ…… 気持ちいいよ……」
温泉に慣れてきたみたいだな。チシャの目はトロンとしてきた。
気に入ってくれたようだ。俺も嬉しいよ。
それにしてもフィオナに抱かれたその姿は母に甘える幼子のようで微笑ましい。
「どうしました? 眠いのですか?」
「ん……」
フィオナがチシャの頭を撫でると……
おぉ、チシャはフィオナの胸に顔を埋めてそのまま眠ってしまった。なんて微笑ましい光景だろうか。
「はは、寝ちゃったね。のぼせると体に毒だ。上げてあげるか」
「そうですね。ライトさん、後で二人で入りませんか?」
いいね。でもその前にチシャをベッドに連れていかないと。チシャを抱きかかえたままフィオナに体を拭いてもらう。
シャツを着せないといけないのだけど、起こすのもかわいそうだ。乾いたタオルを巻いてベッドに連れていった。
「じゃあ、俺達はもう一風呂いきま…… ん……!?」
―――チュッ
フィオナが唐突にキスをしてくる。深めなやつ。
いや、不味くないか? チシャが起きたらどうする?
「ん…… ライトさん、あっちへ……」
キスから解放されると隣の部屋に連れていかれた。そういや二部屋あったな。
チシャが寝ている部屋を出て、もう一つの部屋に入る。
今度は俺からキスをしてフィオナをベッドに押し倒す。
「静かに出来るよね?」
「はい……」
フィオナは声が漏れないよう片手で口を押さえる。
もう片方の手でシーツをぎゅっと掴む。
俺が興奮してしまうわ!
少々加虐的な思考に支配されてしまい、いつもより激しめにしてしまった。
少しだけフィオナの声が漏れてしまい、ちょっと焦った。
「ひどいです…… あんなことするなんて……」
息を荒げながらフィオナが抱きついてくる。
いや、興奮させるフィオナが悪いんだぞ。
「ごめんな。でもフィオナも良さそうだったから」
「でも…… 次は優しくしてください……」
そう言って俺の耳を噛んでくる。今度は出来る限り優しくした。
再び温泉に浸かったのは頃には時計の針が天辺を回っていた。
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