銀の乙女

 冒険者はギルドに所属し、熟練度、実績、総合的な戦闘能力によってランク分けされる。

 S、A、B、C、D、Eといった感じだ。

 銀の乙女は数少ないAランクのパーティであり、要人警護、上級以上の魔物の討伐、政府から隠密の依頼をもこなす王都では知らぬ者がいないほどのパーティだったそうだ。


 そのリーダーであるオリヴィアは銀のフルプレートで身を包み、銀の大剣をもって数々の依頼をこなしたそうだ。 

 確かに【銀】は合っているが、決して【乙女】ではない。


 銀の乙女に所属するローランドはその巨躯な体格から想像も出来ない程の明晰な進言により、難易度の高い依頼を成功に導いた。

 絶対嘘だろ。見た目は完全に脳筋だ。

 その活躍とオリヴィアの雄姿から人々は彼女を銀の乙女と呼んだようだ。


 そして今俺は銀の乙女感ゼロのオリヴィアと強面スキンヘッドの旦那ローランドに囲まれている。

 最初にこのアマゾネスを銀の乙女って言ったやつ出てこい! 

 もう違う宿にしますとは言えない……


「おやおやかわいいお客さんだね! 新人の冒険者かい? そんな細い腕じゃまともな依頼をこなせないよ! うちに泊まってしっかり食べておいき! 元Aランク冒険者の手料理を食べれば私ぐらい強くなれるかもよ!」


 ガハガハ笑いながらオリヴィアは俺の背中をバンバン叩く。

 後で回復が必要だな。超痛かった……


「最近は客の入りが少なくってね! 色々サービスもやってるんだけど、どうも今一つでさ! もし泊ってくれるならサービス特典を二倍にするよ!」


 サービス? まぁ恐い見た目はともかく、料理が美味いと評判の宿ではある。

 一品おかずが増えるとかなら嬉しいのだが。

 それにしても客の入りが少ないのか。

 ここは大通りに面しており、集客率も高いように思う。

 何かあるな……


「ちなみにサービスの内容は何ですか?」


 俺の問いかけにオリヴィアはニッコリ笑いながら……

 

「朝晩の二回、私から稽古が受けられるよ! どうだい!? 怪我の心配いらないよ! 刃引きした鉄剣を使うからさ!」

「…………」


 どうだい!?じゃねぇよ! 

 それはサービスではない! 

 客の入りが少ないのはそれが理由だ! 


 駄目だ。この人達、脳筋過ぎる…… 

 怪我の心配は無いとか意味が分からん。

 違うところにしたほうがいいよな。

 勇気を出して断るとするか。


「違うところに泊まりま……」

「ここでしばらくお世話になります」


 フィオナさん!? 今なんて!?

 元Aランクの稽古だぞ! 

 しかも刃引きした鉄剣だぞ! 

 刃引きしたから安全だと思ってる脳筋どもだぞ! 

 どう考えても鈍器だろうが! 

 あの太い腕で繰り出す一撃を食らったら…… 


 俺の心配を他所にフィオナはどんどん話を進めていく。


「二百万オレンで出来るだけ泊めてください。大部屋でお願いします」

「二百万オレン!? これは上客だね! 少し色をつけてあげるよ! 今日から半年ってとこだね!」


「ちょっとフィオナ、こっち来て……」

「どうしたんですか?」


 フィオナを連れ出し、どういうつもりか問いただす。

 こいつは俺を殺す気なのだろうか……?


「どういうつもりだよ! 死ぬ! 確実に死ぬ! なんで金出してまであんな化け物に稽古つけてもらわなくちゃならんのだっ!」

「ライトさん、貴方は強くなりました。総合的な強さなら私に近いでしょう。でも圧倒的に貴方に足りないものがあるのに気付いていますか?」


 そりゃ少しは強くなったって実感はある。

 加護は使えるし、祝福だって貰った。

 身体強化術も使えるし。マナの剣、マナの矢だって使える。

 その俺に足りないもの?


「ライトさんの強さは神様からの贈り物に依存するものです。身体強化術も貴方の体に適正があったのでしょう。その力を使えばあの夫婦にも勝てます、絶対に。

 でもその力が無かったら? 地力だけであの二人に勝てますか?」


 ぐぬぬ…… 返す言葉が見つからない。

 悔しいがその通りだ。

 この力が無かったら俺は一般人に毛が生えた程度でしかない。


「もしも力が拮抗している相手と戦うことがあったとします。この場合、より努力したものが勝つ。絶対にです。

 だからこそライトさんは地力を上げるためここで努力する必要があるんです。

 アモンを倒そうとするなら異界の英雄の高みに至るまで力をつけることが最低ラインでしょう」


 英雄の高みか。

 そうだよな、俺が相手にしようとしている仇はそういうレベルの強さなんだ。

 みんなの無念を晴らすためにここまできたんじゃないか。

 正直契約者として世界をどうするとかはどうでもいい。

 父さん、母さん、村の友人達、みんなを手にかけたあいつは絶対に許さない。

 そのためにここでの稽古が必要ならやってやろうじゃないか。


 俺はフィオナの言葉を聞いて覚悟を決めた。


「分かったよ。ここに泊まろう。強くなるためにここまで来たんだからな。でもギルドはどうする?」

「大丈夫ですよ。登録が遅れたってギルドは逃げません。少なくともあの人から一本取れるようになってからいけばいいと思いますよ」


 あのアマゾネスから一本か…… 

 一体何年かかるやら。

 とりあえず半年分は前払いしちゃったから、それまでに何とか出来ればいいか。


 受付を済ませ、オリヴィアが部屋に案内してくれた。


「ここがあんたらの部屋だよ! 自分の家だと思ってくつろいでおくれ! もうすぐ夕食が出来るからね! 荷物を置いたら降りておいで!」


 そんな怒鳴らんでも聞こえてるわい。

 部屋を見ると…… 

 大部屋で、しかもダブルベッド。

 フィオナと寝るのは慣れたもんだが、もう少しプライベートが欲しい。


 でも今日から半年だが屋根があり、フカフカのベッドで寝られると思うと少しワクワクしてしまう。

 この三ヶ月テントでのサバイバル生活だったからな。


 荷物を降ろし、装備していた革鎧を外す。

 はー、楽ちん。フィオナも着替えている。

 下着も洗濯するのかスッポンポンだ。








 この場合、俺はどうすればいいのだろうか……


「フィオナさん…… 君に言っても理解してもらえないかもしれないけど、着替える時に人前で裸になるのはどうかと……」

「何故ですか?」


 フィオナは相変わらずの無表情。

 何故ですか?じゃないよ。

 やっぱり彼女は人間じゃないんだなぁ。

 羞恥心というものがないのだ。

 

 一人でゴソゴソする時間も無い、プライベートな空間も無い俺にとってこのシチュエーションは逆に辛い。

 やはり無理を言ってでも個室にするべきだったか。共同生活って難しい……


 悶々としつつ食堂に向かう。

 夕食は猪肉の香草焼き、兎の煮込み、野菜たっぷりのコンソメスープに黒パンだった。

 美味かった…… 

 食事に関してはこの宿にして正解だ。

 作ってくれた人はかなりアレだが。


「どうだい!? 美味しいだろ! 実はあたしゃ戦うことより料理の方が好きでね! お代わりが欲しかったら言っとくれ!」


 くっ! 初日からこのアマゾネスに胃袋を掴まれるとは思わなかった。

 このクオリティであれば満室になっていてもおかしくないのに…… 

 あ、そうか。あのいらないサービスのせいか。

 この宿に泊まっているのは俺達と特典内容を知らない行商人が三名。

 計五人の犠牲者しかいないのだ。


「どうするね!? 今夜から稽古つけとくかい?」

「いや今日は……」 

「お願いします」


 俺の意見は無視かよ…… 

 分かったよ! やってやろうじゃないか!



 オリヴィアに連れられ宿の裏庭に向かう。

 洗濯物が干してある。その横にまるで鉄塊のような大剣があった。

 アレを使うのか。オリヴィアはそれを片手でひょいっと持ち上げる。

 化け物が…… あの大剣、五十キロはあるんじゃないのか?


「あんたのお連れさん魔法使いだろ? 回復魔法は使えるかい?」


 このセリフってこれから無茶な攻撃仕掛けてくる布石だよな…… 

 使えないって言ったら少しは手加減してくれるだろうか? 

 俺が答える前にフィオナが口を出す。


「大丈夫です。死んでいなければ問題はありません。彼を殺さない程度に全力でお願いします」


 そう言うと思ったよ。

 ある程度覚悟が決まってると人間そう驚かなくなるもんだな。

 俺も稽古用のダガーを二本借りて、オリヴィアと対峙する。

 オリヴィアは大きく息を吐いてから……


「私の考えだけど稽古は痛みを伴うべきだと思う。大丈夫、殺さない程度には手加減出来る。私の剣は流派とか型とかはないからそのつもりでね。所詮剣ってのは人切り包丁。どんな達人だって首を落とされりゃ死ぬんだ。より早く、より正確に、渾身の一撃を放つ。それが出来たら最後に立ってるのはアンタさ」


 彼女はそう言うと大剣を後ろにして構える。

 横薙ぎが来るのが丸わかりだが、敢えてその構えをしているのだろう。  

 自分の一撃に絶対の自信を持っているんだな。

 俺もダガーを両手に構える。


「ライトさん、分かってると思いますが、地力だけで戦うんですよ」


 分かってるよ、鬼コーチめ。

 絶対怪我するから回復頼むぞ……


 どう動くべきか。

 俺の武器はリーチが短いから相手の懐に入る必要がある。

 ホブゴブリンとの闘いで使ったパリイであの大剣を捌けるだろうか? 

 このまま睨みあっていても埒が明かん。

 俺は覚悟を決めて前に出る。



 ブォンッ!



 予想通りの横薙ぎが来た。

 どのような攻撃が来るか事前に分かっていれば対処のしようがある。

 タイミングよく剣の腹を下からの上へ捌く!



 ―――バキッ



 大剣は上へと軌道を変えた。

 直撃は免れ、オリヴィアの背後に近いポジションを取ることが出来た。

 が、俺の腕はボッキリ折れていた……


「~~~っ!」


 激しい痛みが走る! 

 声にならない悲鳴を上げる! 吐き気もしてきた。

 だが稽古という名の戦いは終わっていない。

 次の攻撃に移らねば。

 捌きに使った腕が左手でよかった。

 利き腕はまだ生きている。

 オリヴィアの首目掛け刺突を放つ!



 ガキィン



 金属音が鳴り響く。防がれた! 

 彼女は振り向くことなく幅広の大剣を使って急所をガードしていた。



「ひっ!」



 情けない声が出た。次の攻撃が来る! 

 振り向き様に下段から上段にかけての薙ぎ払いだ。

 避けられない…… フィオナ、回復は頼んだ! 

 でもせっかくだ。一撃当てられるか? 

 剣が直撃する瞬間を狙ってダガーを使い剣の軌道を変えてみる。



 バキィンッ



 折れた…… 

 剣の軌道を逸らせることには成功したが俺は武器を失った。

 オリヴィアは止めの一撃を放つ…… 



 ブォンッ ゴスッ



 目の前には大剣が迫っていた。

 ありがとう、剣の腹を使ってくれてるみたいだな。

 これなら死ななくて済むか……



 目の前が真っ白になり、俺の意識は虚空へと消え去った……



◇◆◇



 オリヴィアは稽古を終え、明日の朝食の支度をしている。

 その見た目とは裏腹に料理は上手く、家事全般をそつなくこなす。 

 戦闘能力並みに女子力も高いのだ。

 彼女はウキウキしながらもジャガイモの皮を剥いていく。


「どうした? ずいぶんご機嫌だな?」


 夫のローランドが彼女に問いかける。

 今週分の食材の発注を終え、今日の彼の仕事は終わったようだ。


「さっきライトって子の稽古をつけてきたのさ。中々の上玉だよ」

「ほぅ。お前が相手を褒めるなんて珍しい。武器は何だ?」


「短剣だよ。二刀流の」

「色モンだな。そんなの基本見掛け倒しだぞ。双剣使いで強い奴なんて見たことが無いぞ」


「だと思うだろ。あんた私の二つ名覚えてるかい?」

「二太刀いらずだろ。まさか……」


「そのまさかだよ。私にガードを含めると四回も剣を振るわせた。今までそんな相手いたかい?」

「なるほどな…… お前が楽しそうな理由が分かったよ。どうした? また冒険者に戻りたくなったか? お前さえよければ宿屋をたたんで復帰してもいいんだぞ?」


「はは、バカなことをお言いでないよ。あたしゃ今のままで満足さ。でもライトって子の稽古は続けてあげたいね」

「おぉ、怖。お前に稽古つけられる身にもなれよ。明日にも逃げ出すんじゃないか?」


「それなら心配いらないさ。私を口説き落としたアンタと同じ目をしてたからね」

「恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ! あ、そういえば行商人の三人、宿泊キャンセルだってよ。キャンセル料はいただいたが。やっぱあのサービス止めねぇか…… 一般人にはきつすぎるだろ」



 意外と仲睦まじい二人の夜は更けていく……



◇◆◇



「ん……」


 ここはどこだ……

 いつの間にベッドで横になっていたのか。

 目が覚めると夜になっていた。

 記憶が無いところをみると、あのアマゾネスにボコられ気絶していたってとこか。



 ズキッ



 う…… 頭が痛い。

 よくあの鉄塊でぶん殴られて生きていたもんだ。

 思い出すだけでも鳥肌が立つ。


 よし逃げるか。命あっての物種だ。

 強くなるとは決めたものの、明日俺の命があるか分からん。

 ここで死ぬ訳にもいかないし……


「んむぅ…… すー…… すー……」


 ベッドから抜け出そうとするとフィオナが突っ伏して寝ているのに気付いた。

 杖は持ったままだ。

 そうか。俺が寝ている間、回復魔法をかけていてくれたんだな。

 ありがとな。


 彼女は俺のことを一番に考えてくれて行動してくれている。

 それが自分の存在意義と言ってしまえばそれまでなのだが。

 ここに泊まることになったのもフィオナが俺を鍛えてくれるため。


 ごめんな、逃げ出そうとか考えたりして。

 気持ちよさそうに眠るフィオナを見て自分を奮い立たせる。


「ふん…… やってやるよ……」

 

 明日から稽古の日々が始まるのか。

 がんばろう。

 しばらくギルドはお預けだな。

 俺はまた深い眠りに落ちて行く。

 一応フィオナもベッドの中に潜り込ませた……

   

 




 

 ドンドンッ! ドンドンッ!

  


「うわっ! な、なんだ!?」


 部屋の中に轟音が鳴り響く!

 次に聞こえてきたのは大声だ!

 こ、この声は……


「朝だよー! 飯食ったら稽古始めるよー!」

「ひぃっ!?」


 オリヴィアだ!

 駄目だ! 昨日はがんばるって決心したのに! 

 あの声を聞いたら逃げ出す気まんまんになってしまった!


 窓から飛び降りて全力で逃げるか…… 

 ベッドから抜け出そうとするとフィオナが寝ぼけながら抱きついてくる!


「んふふ…… ライトさん……」


 笑ってる。かわいい…… 

 トラベラーも夢を見るのか? 

 いやいやそうじゃなくてだな! 

 このままここにいては命の危機が! 

 離せ! 俺は逃げるぞ! 



 ギュゥゥゥッ フワッ……


 

 するとフィオナは更にがっちり抱きついてくる。

 彼女の髪が俺の顔にかかって……

 あ、いい匂い…… もうダメ……



 バタンッ!



 業を煮やした女魔王が部屋に入ってきた。

 お客様のプライベートを尊重してくれよ……


「こらー! 遅いよ! 朝から乳繰り合ってるんじゃないよ、全く! 飯が冷めちまうからさっさと降りておいで! 食べたらすぐに稽古だよ!」


 オリヴィアは俺の首根っこを掴まえて一階の食堂に連行する。

 しっかりと朝食を摂った後、気絶するまで稽古をつけられた。



 朝晩の二回、死を覚悟しなければならない程の過酷な生活が始まった……


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