心の平穏
俺が王都に来て三ヶ月が経つ。
そして俺の絶賛気絶生活は終わることはない。
今日も銀の乙女亭の女将、オリヴィアとの稽古をしているのだが……
稽古の度にどこかしらの骨が折れている気がする。
フィオナがいて本当に助かった。俺が骨を折る度、毎度のように回復をしてくれている。
今まで骨を折ったことがある人間の大会があったら、俺は世界一なのではないだろうか?
ブォンッ!
今日も目の前に刃引きした鉄剣が迫っていた。
慣れたものでこの光景が稽古の終わりを告げている。
そうして俺の意識は彼方へと飛んでいく……
ゴスゥッ
「…………」
「ここまで! って聞こえてないか。それにしても今日は二十合は打ち合うことが出来たね。ふふふ、こんな逸材初めて見たよ。鍛え甲斐があるってもんだ。フィオナ! 回復は任せたよ!」
フィオナに回復してもらい再び目を覚ます。
これまた慣れたもので回復が終わったらすぐに意識が戻るようになった。
三ヶ月前は数時間目覚めなかったそうだ。
それにしてもあのバーバリアンに勝てる気がしない……
このまま無駄に年月が過ぎて行きそうで怖い。
早く強くなってこの生活から抜け出さないとな。
「ライトさん、そろそろ時間ですよ」
「時間? そうか、忘れてたよ」
稽古で汚れた服を脱ぎ……って、またフィオナが俺の前で着替えようとしている。
「フィオナ…… すまないが、着替える時は俺の見えないところでお願い……」
「そうでしたか」
フィオナは裸を見られることを恥ずかしいとは思わないらしい。羞恥心というものが無いのだ。
やっぱり人間じゃないんだなぁ。
それでも俺がフィオナのことを好きだということは変わらない。
だから余計辛いんだよね……
がっかりしつつも真新しい服に着替え、俺達は町の中央に向かう。
商業区にある噴水広場だ。
今日はグリフに公衆浴場に連れて行ってもらうことになっている。
俺は朝晩の稽古以外は特にやることもないので、ちょいちょいグリフと遊んでいたのだ。
「ライト! こっちだ! 相変わらず時間通りだな。フィオナも一緒か。今日は風呂の他に俺の趣味に付き合って欲しいんだがいいか?」
「あぁ、グリフの頼みなら金以外なんでも聞くさ! でも趣味って何だ? 堅物の衛兵のお前さんのことだ。剣の稽古ならうちの女トロールにお願いしてもいいぞ?」
「オリヴィアさんの稽古はいらん。お前俺を殺す気か!? まぁとりあえず風呂に向かうぞ! お前初めてだよな? すごく気持ちいいぞ!」
ふふ、楽しみだ。
グリフは颯爽と俺達を案内してくれる。
王都には国営の公衆浴場がある。料金は一回千オレンと、とてもリーズナブルだ。
庶民の憩いの場をして愛されている。
グリフは休みの度にここに訪れて仕事の疲れを癒しているそうだ。
公衆浴場に着いたらフィオナとは一旦お別れだ。
「一時の鐘が鳴ったら、入り口で待ち合わせな」
「ライトさん、また後で」
料金を払い、中に入る。ふむ、ここで服を脱ぐのか。
脱衣所で服を脱ぐと…… おぉ! 稽古の成果か腹筋がやばいことになっている!
明るいところで自分の体を見るのも久しぶりだ。
こんな体になっていたとは。
「ライト、お前すごい体してんな…… 隊長にお前のこと紹介してやろうか? 立派な兵士になれるぞ?」
「いやいいよ。稽古が終わったら冒険者になるつもりだからな」
歳の近い友人とはいいものだ。話があって楽しい時間が過ごせる。
村の友人のことを思い出す。みんないい奴らだったな……
「どうした、急にしんみりして?」
「いや、お前と話してると村のみんなのことを思い出してな。グリフ、友達になってくれてありがとな……」
「ライト!」
ガバッ ギュウゥゥゥッ
いきなりグリフが抱きついてきた!?
しまった! こいつは情に厚い熱血漢だ!
だがここで抱きつかれるのはマズイ!
慰めてくれるのは嬉しいが、今は駄目だ!
ほら、隣の親子が見ちゃいけませんってしてるだろ!?
それに当たってるって!
俺のアレにアレが当たってるって!
落ちついた俺達は湯に浸かる前にしっかり体を洗う。
特にアレがくっついたアレはしっかり洗った……
その後湯に浸かる。
チャプンッ
ジワッ……
おぉ、これは初めての感覚。指先までもが暖かい……
未知の快感に包まれる。お湯に浸かるというだけの行為なのだが、ここまで心地よいとは。
癖になりそうだ。
「ふふ、気に入ったみたいだな。また一緒にいこうな!」
「グリフ、ずるいぞ! もっと早く誘えよ! 絶対に行くからな!」
ふふ、楽しいな。
たまには心の平穏も必要だ。
毎日、死と隣り合わせの稽古だからな。
しっかり楽しんでいくことにしよう。
一時の鐘が鳴り、俺達は風呂を出た。
フィオナもちょうど出てきたところだ。
「んふふ、気持ち良かったです」
「…………」
「…………」
ニコニコ笑っている。
銀色の髪は洗ったばかりだからか、すごく艶々していた。
かわいい……
喜びの感情が芽生えたって言ってたから、風呂がよほど嬉しかったってことなのか?
グリフもフィオナに見惚れている。
もちろん俺もだ。
「ライト、お前が羨ましいよ。こんな美人と一緒だなんて……」
「でもな、グリフが思ってる関係ではないんだよ、残念ながら……」
「ん? まぁいい。じゃあ次行くか」
「次か。お前の趣味に付き合うんだよな。何なんだ?」
「笑うなよ……」
「笑う? はは、そんなことするかよ。ほら、言ってみろ!」
グリフは恥ずかしそうな顔をしてから口を開く。
なんだよ、はっきり言えって。
少しするとグリフはさらに恥ずかしそうに……
「ダンスだ……」
「…………」
ふ…… あはは…… あはははは!
俺の笑い声が街中に響き渡る!
「あはははは! ダンスってお前、その顔で! その顔でダンスはないだろ! あはははは!」
「ちょっ!? お前笑うんじゃねぇよ! あー、やだやだ。ダンスの魅力も分からん田舎者は! 笑った罰だ、お前にも踊ってもらうからな! 本当は見学だけさせようと思ったんだけど気が変わったわ!」
俺は笑いを止められないながらもグリフに謝る。
俺がダンス? 絶対無理だろ。
それにしてもなんでダンスなんだよ。
「いや悪かった! ぷぷっ、でも俺は嫌だよ、人前で踊るのなんか。それにダンスなんてお貴族様の嗜みだろうが。どうしてダンスなんだよ?」
「いやな、ここ何年かで貴族のダンス大会が一般にも開放されてな。それを見た庶民に火が付いたって訳だ。俺と同年代でもやってるやつは多いぞ。とにかく俺が通ってるダンス教室に行くぞ!」
プリプリ怒るグリフに連れられダンス教室に到着した。
結構大きい建物だな。生徒も多いようだ。
年齢は幅広いな。老若男女問わずってところか。
グリフが受付を済ませている。
話しているのは初老の女性だ。
「先生こんにちは! 今日は見学者を連れて来たのですが可能なら練習させてもいいですか? 金は俺が出しますので!」
「あら、嬉しいですね。お金は大丈夫ですよ。体験入学ということにしておきましょう。初めまして。私はこのエスキシェヒルダンス教室の講師をしているアマンダと申します。よろしければ踊っていかれませんか? 初回はお代はいただきません。楽しいですよ」
すっごく上品なご婦人が話しかけてきた。
立ち姿だけでも美しさを感じる。
すごいな…… ダンスを馬鹿にしてた。
「グリフ、あの人すごくないか? 歩く動作一つとっても美しい…… 隙が無いというか、うちの女将ゴリラにも通じるものがあるな」
「ゴリラ? よく分らんが、あの人も達人ってことだな。三十年間、貴族の子供相手にダンスを教えていたっていうからな。引退してからはダンスの普及のため、一般に教室を開放したすごい人だよ」
講習が始まる時間になり、ここでグリフと別れた。
初級は一階、中級は二階、上級は三階で練習だそうだ。
俺とフィオナは体験授業として初級クラスで踊ることになった。
アマンダ先生が教えてくれるようだな。
「みなさん、初めまして。今日の講師を務めますアマンダと申します。失敗しても恥ずかしいことなんてないんですよ。ダンスは楽しむのが一番ですから。今日はワルツというダンスを練習してみましょう。色々とステップがあるのですが、少し数を減らしてそれを繰り返し練習してみましょう。男性は右手をパートナーの背に当て左手は軽く伸ばし繋いでおいてください」
俺はフィオナと先生に言われた通り抱き合うように手を繋ぐ。
久しぶりに近い…… やっぱかわいいな。
「初めはナチュラルターン。1、2、3でゆっくり右に回りましょう」
1、2、3で右回り……
タイミングが難しいな。フィオナと歩調が合わない。
「そのままスピンターン、右にゆっくり回りましょう1、2、3」
1、2、3で右回り……
ギュッ
いたた。足を踏まれた。
「リバースターン456、3歩進んで左に回ります。四歩目は大きく、五歩目は小さく、六歩目で両膝をつける。はい、1、2、3」
なんか俺の足がわちゃわちゃしてる。
意識して456……
「そのままリバースターン。左に回りましょう。1、2、3」
少し慣れてきたか……
左回りに1、2、3……
「最後はホイスクで終わります。男性は一歩前、女性は一歩後ろに、二歩目は二人ともサイドにステップ。足でZを描く感じね。最後にプロムナードポジション、男性の右胸に女性の左胸を付ける。広がらないよう注意して。はい1、2、3」
ムニュッ
フィオナの胸の感触が……
いかんいかん。ダンスの練習中だ。
おかしなことを考えてはいかん。
「みなさん中々お上手ですよ。今日はこの動きを繰り返してみましょう」
先生の1、2、3のリズムの中、フィオナとダンスを繰り返す。
ナチュラルターン。
スピンターン。
リバースターン456。
リバースターン。
ホイスク……
これは…… 楽しい!
次第とフィオナと息が合ってきた。
最初は不安で足元を見ていたが、今は彼女と歩調がぴったり合っている。
教えられた動きをリズムに乗って踊っているだけなのだが、フィオナの筋肉の動きが伝わり、次にどう動くかが分かる。
ホイスクの最後は顔を背けるのだが思わずフィオナの顔を見てしまった。
「んふふ……」
笑ってた……
反則だろ。かわい過ぎる。
そんなことを思っているとフィオナは目を閉じる。
え? キス待ち? なんで今?
久しぶりで動揺してしまったが据え膳食わぬはなんとやらだ。
チュッ
軽く口付けを交わしてみた。
こっちを見てる人もいる。恥ずかしい……
「んふふ……」
フィオナがいつもの笑い声を出す。
そこで先生が皆に伝える。
「はい! 授業はお終い! 皆さん良く出来ました!」
終わりか。楽しかったな。
グリフはずるい。俺の知らない楽しいことをいっぱい知っている。
今度また遊んでもらおう。
それにしても何故フィオナは俺にキスを求めてきたのか?
彼女とキスをするのは三回目だ。
一回目は魂の契約の時。
二回目は邪神を倒した時。
だが今回は前の二回とは全く状況が違う。
も、もしかして……
「ライトさん、では帰りましょう」
「あ、あぁ……」
とフィオナはいつも通り無表情に戻る。
これは期待しても良いと思うべきだろうか?
いや、過度な期待はすまい。相手は人間ではないのだ。
下手に気持ちを伝えてあっさり断られたら辛いしな。
フィオナと二人、銀の乙女亭に帰ることに。
歩きながら思う。ダンス塾では大きな収穫があった。
もちろん楽しかったってのが一番だけどさ。
でも俺が強くなるヒントが隠されているような気がした。
幸い昼は時間が空いている。
フィオナに付き合ってもらおう。
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